R35−LOVE 06



「柳生、何でここにいるんだ」
「ここのドクターだからです」
速攻で返された。

「都内の病院勤務だと思った・・・」
「以前は都内の総合病院にいましたよ。でも去年こちらに転職したのですよ。ちゃんと報告のエアメール送ったじゃないですか」
「あ、・・・・・・」

そういや柳生からご丁寧に英文の転職報告のエアメールが着ていたのを思い出した。
あの時は俺も調子が悪くてそろそろ引退を考えはじめて色々と思い悩んでいた時だったからすっかり忘れていた。

「ごめん、今思い出した。スポーツ医師になりたいからここに来たんだよね」
「ええ、病人を治療することも大事でやりがいがあるのですが、スポーツ選手を支えることをやってみたいと思いましてね。以前から興味があったのですが、なかなか行動に出来なくて、でもやってみないでこのまま老後を迎えると死ぬ時に絶対に後悔するだろうとから思い切って動いてみました。ここの病院に決めたのは立海大がスポーツが盛んなことで付属病院もそれなりの設備が整っているということと、やはり自分が中高とお世話になった場所ですからね」

柳生の言葉を聞いて俺は少しばかり心が温かくなった。
自分がかつていた場所に戻る。
俺もそうだ。

「こうやって立海大に柳生と蓮二と俺のかつてのレギュラーの3人も戻ってきてるって凄くない!」
「そうですね。やはり帰る場所は立海大だということでしょうね」

俺は幸せ者かもしれない。
仕事関係においてコーチをしている大学には蓮二がいる。病院には柳生がいる。
プライベートにおいては家の近所にはブン太とジャッカルのカフェがある。
今でもずっと仲間であることの喜びが満ち溢れてくる。

「そういやさ、柳生は知ってるんだろ」
「何がですか?」

「仁王は今何してんの?」

途端カルテに書き込んでいた柳生の手が止まった。
そして難しそうな顔をして眼鏡を上げて小さく息をついた。

「・・・幸村君が心配しなくてもまともな仕事をしてちゃんと収入を得ていますよ」

「ふ〜ん、ならいいけど」

きっと柳生は仁王が何をしているかは知っている。
だがきっと口止めでもされているのだろう。
相変らず仁王は掴み所がない奴だ。
そしてそれに合わしているコイツもホントいいコンビだ。


「とりあえず幸村君には今から色々な検査を受けてもらいます。今から放射線科に行ってレントゲンを撮ってもらって下さい。明日は9:00に朝食抜きで来てくださいね」

「ヤバイな、これじゃあ不摂生したらすぐに柳生にばれちゃうじゃん」
「そういうことです」













「ということで、飲みすぎると柳生に怒られるからあんまり飲まないから」
「・・・そうか」

とうとう真田と飲みに来てしまった。
しかも真田が用意したのは個室のある都内の日本料理店。
全くどこまでも真田らしいや。

「あ、でも真田は俺に気にせずにどんどん飲んでよ」
「・・・というか、幸村、お前はそれで飲んでいないと言っているのか?」
俺の前には空いたビール瓶がかなり並んでいる。
元々飲める方だが今日は柳生の言う事を無視してより多く飲んでいるような気がする。
真田と2人っきり。蓮二も誘ってみたけど断られた。
俺は想いの叶わない相手と2人っきりで食事をすることを耐えなければいけない。
「真田とこうやって飲める日が来るなんて思ってもいなかったからさ、今日は祝い酒ってことで多めに見てよ」
「仕方のない奴だな」

俺は違和感を感じた。
俺の知っている真田はこんな事を言うと「たるんどるっ!」って怒鳴る筈だ。

「仕事は大変?」
「まあな、でもやりがいはある」

「真田は警視正だろ、やっぱドラマなんかでよくある現場と組織は考えが違うとかあるの?」
「・・・・・・まあな。でも俺は組織側の人間だが現場がどうとか組織がどうとか言う以前に被害者を救済するのが警察としてやらねばならない先決事項だろう。困っている市民を無視して組織の枠に囚われることは俺はしたくない」
「常に真っ向勝負。真田らしいや。でもいくら真田でも大きな組織だから融通がきかないこともあるだろ」
「その方が多いな」

少し俯き加減で真田は言った。
ドラマであるような世界は本当に起こっているのだろう。
口では語らない態度が真実を語っていた。

「真田、少し丸くなったな」
「そうか。仁王にも言われた」

仁王?
なんでここに仁王が出てくるんだ?

「真田、仁王に会ったの?」
「え、あ・・・ああ。偶然にな」
何故か口篭った。
「仁王は今何してんの?」
「いや、・・・俺も詳しい事はよくわからんが・・・・・・」
「柳生も教えてくれなかった。柳生はともかく真田までとはどういうことだ」
「・・・あいつが、その・・・仁王本人が自分で言うまで黙っていろと言っておるのだ。俺が出会ったのは偶然だ」
「俺と真田が偶然出会ったみたいに何かの事件だったの?」
「まあそんなもんだ」

こんな真田ははじめて見た。
「ホント真田って変わったよな」
きっと社会に揉まれてかなり苦労しているのだろう。
組織に入れば正しい事も正しい事で通らなくなる。
俺も現役時代にスポンサーの機嫌を損ねない為に所属クラブの上層部からかなり不条理なことを言われた。

「今から思うと俺は学生時代にかなり無茶を通していたような気がする。もう少し融通を利かせるとか頭を柔らかくすべきだったと反省している」

俺は頭を殴られたような感覚に陥った。
今、真田は何て言った!?

「酔ってるの、真田」
「・・・かもな」

やはり今日の真田はおかしい。
確かに飲んでいて顔が赤く染まっているが酔いの所為ではなさそうだ。
いや、かなり以前に真田が変わってしまっていて、俺が今まで会っていなかったから気付けなかっただけかもしれない。

「天下の警視庁は真田を変えたか・・・」

俺はニヤニヤしながら言ってやった。

「仁王には父親になったからだと言われた」

途端、目の前が真っ暗になった。

そうだ、真田は父親になったんだ。
ごく普通の温かい家庭の大黒柱だ。

真田・・・
既に俺には届かない世界の人になってしまった。

目の前にいるのに2人の間に壁があるように思えてきた。



「・・・むら、ゆきむらっ!」

呼ばれて我に返った。
「大丈夫か?何だか顔が白いが・・・」

「ごめん、やっぱ飲みすぎたみたい」

やはり真田の現実を知ると俺は苦しくなる。
蓮二、やっぱ俺だめだったよ。

「そんな状態で横浜に帰るのは辛いだろう、よかったら俺の家に泊まらないか?」

余計に気持ち悪くなってきた。

「嫁さんと子供に迷惑だよ」

「それが、数日前から義父の具合が悪くてな、妻は娘を連れて実家に帰っている」

嫁と子供のいない真田の家。
真田がどんな家に住んでいるかは興味がある。
そう思ってしまったのはやはり俺も酔っていた所為かもしれない。










真田の自宅は文京区の環境の良い住宅地の明らかに中古とわかる古い一軒家だった。
しかし内装はリフォームされていて小奇麗な和風の住居になっている。

「都内に住んでるからもっとモダンなのかと思ったけど相変らずだね」
俺は縁側に座って夜空を眺めた。
「都内だからモダンだとは限らん、最初は仕事場に近い方がよいかと考えたのだが・・・」
「千代田区で物件探す方がまぬけだよ」
「その通りだ」
「千代田区と隣接しておきながら御茶ノ水、大塚、水道橋などは都会の雑踏から少し位置を置く静かな環境の住宅地で古い家並みが残っていると聞いたのだ。だからここに決めたのだ」
「小田原の実家も古い日本家屋だしね。真田は縁側がない家でないと落ち着かないんだろ?」
「まあな、就職して数年は寮にいたんだが、落ち着かなかったな」
「・・・だから早く結婚しようと思ったんだ」
「ばっ、馬鹿を言うなっ!俺は社会人として十分家族を養えると判断した上で決めたのだ」
「どうせ真田の家は古臭いから親族の圧力もあったんだろ?法事の度に“やれ結婚はまだか”とか“子供はまだか”とか?」
「よく分かったな。まるで見てきたみたいな言い方だ」
「それドラマの世界じゃん」
「俺はドラマは見ないがそんなことをやってるのか!?それよりお前はどうなのだ?」
真田の言うどうなのだは俺の女関係がどうだと言いたいのだろう。下世話な言い方を好まない真田が言葉足らずなのは俺も理解している。

「日本に戻って来たばかりだ。自分の生活でいっぱいいっぱいだよ。人の面倒まで見てられない。妹が都内にいるからしょっちゅう食事を奢らされるけど。まいったよな、この前なんか妹と飲んでたら遅くなって、仕方ないから泊まらせてもらったんだよ。そしたら次の日にマンションから出たところでいきなりカメラマンに撮影されてさ、『引退してキャスターに転身した幸村精市の熱愛発覚!』とか言いやがるからそのカメラマン捕まえて首根っこ掴んで妹の部屋まで引き摺って『俺の妹だ!』て言ってやった。それでも信用しないから妹の運転免許証を見せたらやっと理解してくれたけど。あの時のカメラマン、ホントがっくり項垂れて帰って行ったよな、笑っちゃうよ」
「まるで芸能人みたいだな」
「俺はあくまでもスポーツ選手だ。引退したけど。何で写真週刊誌のターゲットにされんだろ、分かんないや」
「・・・・・・決めた人が出来たら是非とも教えて欲しいと思ったのだが、周囲がそんな様子じゃ難しいかもな。でも俺でよければ協力するから何でも言ってくれ」

馬鹿かこいつは・・・

瞬時に思ってしまった。
俺が好きなのはお前だっつーの!
また眩暈がしてきた。

「幸村、大丈夫か?まだ辛そうな顔をしているが・・・風呂は明日にして寝るか?」

「そうさせてもらうよ」





和室に布団を二つ並べて俺は真田のパジャマを借りて布団に入った。
横では真田が寝ている。
なんという状況だ。

「真田、起きてる?」

俺は暗がりの中、声を掛けた。

「ああ、どうした。具合でも悪いのか?」

「ううん、さっき真田言ったよね。俺に協力するって」
「ああ、所帯を持ちたいと思っている人でもいるのか?話してくれたら協力はするが」
「じゃあ俺が何を言っても驚かない?」
「俺は常に平常心だ。何事が起こっても動じない強靭な精神を持っている」

「俺、本当は真田が好きなんだ」


沈黙が訪れた。


さすがの真田も声が出ないらしい。

「・・・言っている意味がよく解らないのだが」

「こーゆーことだよ」
俺は素早く真田の布団に潜り込んで圧し掛かった。
暗がりでも僅かな月明かりで真田の顔がぼんやりとわかる。
俺はその唇にそっと自分の唇を重ねた。
ぷにっとした感覚が俺が今真田とキスをしていることを自覚させる。

「何をするかっ!!!」
強い力で肩を押し返された。
暗がりでもその強い瞳が俺を睨み付けているのがわかる。

「キスだよ」
「何故俺にそんなことをする」
「だから言ったじゃない。俺は真田が好きだって。男が男を好きになるのって変?」
「・・・・・・」
「中学3年の夏からずっと好きだったんだ。でも全国大会で真田のじーさんと一緒にいる女の子を見つけて・・・蓮二に真田の許婚だと聞いて・・・俺も訳が分からなくなった。自分に忘れろといつも言い聞かせてきた。諦めようと努力した。時間が経てば、会わなければ忘れられると思った。でも無理だったんだ!」
気が付けば捲くし立てるように言っていた。
言うつもりはなかった。
今まで我慢してきた蓋が外れたのかもしれない。
言っちゃダメだと解っているのに言わずにはいられない自分がいる。
これでは泥沼だ。
泥沼だと解っているのに俺は更に泥沼に足を進めようとしている。
これ以上はダメだと解っているのに・・・


俺を押し返していた真田の腕の力が抜けた。
重力に従って俺は真田に覆いかぶさる。
俺は真田の首筋に唇を這わせる形で顔を埋める。

「・・・・・・俺はずっと気になっていた。中学3年の全国大会が終わって部活を引退してからどことなく幸村が俺によそよそしくなったように感じた。最初は試合で負けた悔しさとかクラスが違うからだと考えていた。そしてお前がプロになってから全く会わなくなってしまった。仲間の集まりでも俺が参加できない時にはお前は来てた。お前が日本に帰国すると必ず蓮二には会っていると聞いた。俺は避けられているのかと考えるようになった。でも理由は解らない。俺は幸村に何か悪いことをしたのだろうか考えた。だがメールの返事はちゃんと返って来る。俺の結婚式にもお前は来なかった。試合があるから仕方ないのだと思った。だが丸井の結婚式にはお前は試合をキャンセルして来たと聞いた。ますます分からなくなった。だから先日偶然テレビ局の事故で会ったお前が以前と変わらない悪態ぶりをしてくれて俺は今までのは俺の考え過ぎだと思った。そしてお前は俺の誘いに付き合ってくれた。俺はやはり考え過ぎだったのだと確信した。だがそれは・・・・・・・・・」

すっかり脱力してしまった真田がうわ言の様に呟く。

「考え過ぎなんかじゃないよ。真田の洞察力は正しい。さすが警視正になれるだけの男だ」

俺は再び真田にキスをした。










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