R35−LOVE 05
「ラブストーリーは突然に」なんて言うけれど「その事件」は突然起きた。
いや、突然起きるから事件なんだろうけど・・・
どうせなら事件じゃなくて本当にラブストーリーだったらよかったのに。
帰国して日本での生活もようやく落ち着いてきた。
俺は週一回だけ夜のニュース番組でのスポーツコーナーの担当をさせてもらい、後は立海大でのコーチに専念した。
もちろんキャスターをする為にボイストレーニングもちゃんと受けているしアナウンスレッスンも受けている。
それは今までの俺の生活にはありえなかったことでとても新鮮な気分を味わえた。
「幸村さんお疲れ様。今日もいい笑顔をありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。お先に失礼します」
本日のキャスターとしての仕事も終えて、さて帰ろうとテレビ局の玄関に向おうとした時、ガードマンに進路を塞がれた。
「すみません、今は玄関が混雑しておりますので少しだけお待ちしていただけますか」
何事かと思い、玄関を見たら有名な国会議員が玄関で車に乗り込むところだった。
「成る程ね」
俺がスポーツキャスターをやっているニュース番組で政治のコーナーでゲスト出演してたっけ。まあVIPのお帰りだから他人を寄せ付けたらだめだよね。
なんて思いながら議員が帰る様子を眺めていたその時だった。
議員めがけてガードマンを押しのけて走り込む男が見えた。
そして、耳を劈くような爆音と供に急に目の前が真っ白になったかと思うと辺り一面煙に包まれた。
咄嗟に俺は床に伏せた。
何故伏せたのか分からないけど本能で今が危険事態だと思ったのだ。
爆破事件?
テロ?
大勢の人の声、悲鳴、走る足音、まるで映画のワンシーンみたいだった。
「大丈夫ですか?」
伏せている肩に手をかけられた。
さっき俺を止めたガードマンだ。
「大丈夫です」
俺が起き上がって玄関を見るとそこは地獄絵巻だった。
床の上に重なるように倒れている血まみれの人々。
爆風で吹き飛んだガラスの破片。
もしこのガードマンが俺を止めていなかったら・・・・・・
俺は背中に悪寒が走るのを感じた。
「で、犯人を見たのだな」
「・・・・・・あのさあ、俺たち目撃者で犯人じゃないんだから、そんな怖そうな顔して睨みつけないでくれる」
「ゆ、幸村さん!」
「終電行っちゃうからチャッチャと事情徴収済ませてよね」
「チャッチャと済むわけないだろう!」
「あのー、幸村さん。近くのホテルを用意しますんで、ちゃんと警察の方に話して下さいよ」
「それに睨んでなんぞおらん」
「あ、そうか、元からそんな顔だったよね。ごめんごめん。でもずっとそんな顔してると嫁さんに逃げられるよ」
「こんな顔で悪かったな。というか今は職務中だ。公私混同はやめろ」
「幸村さんってば!警察と揉めないで下さいよ!」
議員を狙った爆破事件は重傷者は出たものの、かろうじて死者は出なかったが犯人は混乱に紛れて逃げたらしい。
俺は局のスタッフに混じって怪我人を運んでいたら玄関先に次々と警視庁のパトカーが到着した。
そして俺は目撃者としてあのガードマンと別室で警視庁の刑事に事情徴収を受けるハメになった。
その刑事は警視庁刑事部捜査一課管理官(警視正)だということで何だかとても偉そうにしている。つーか、本当に警視庁のエリートで偉いんだけど・・・
本当に偉くなったもんだ、真田弦一郎。
警視庁の人間が真田と分かったので俺もわざと悪態をついている。
俺と真田が旧友だと知らないガードマンはおろおろしてるし同席している番組ディレクターに至っては、はじめて見る俺の悪態姿に脂汗を流してフォローしまくりだ。
「幸村、俺はお前が帰国してからどれだけ忙しい日々を送っているかくらい知っている。早く帰してやりたいのはやまやまなのだが俺だって仕事だから致し方ないのだ」
真田が諦めたように大きな溜息をついた。
「幸村さんのお知り合いの方だったのですか・・・・・・」
「中学時代のテニス部仲間だよ」
途端今まで青い顔をしていたディレクターの顔が安堵に満ちたものになった。
とりあえず俺とガードマンは一瞬の出来事だったのでよく覚えていないけど着ていた服や身長とか特徴になることを総て話した。
「ふう・・・・・・」
俺はディレクターが用意してくれた近くのホテルの風呂に入ってようやく落ち着いた。
まさかこんな形で真田と再会するとは思いもしなかった。
いや、こんな形での再会でよかったかもしれない。
真田は公務中だし、俺も仕事が終わったとは言え、まだ局内にいたからお互い仕事中だと言える。
だから本当に事件の話しかしなかった。
でもあの場で咄嗟に真田に悪態がつけた事には自分でも驚いている。
俺、役者もいけるんじゃないの。
局の玄関はかなり酷く壊されたから明日から大変だろう、というか今の時点でもどの局でも通常番組を変更して夜中なのに事件のライブ中継をしている。
これだけ凄い事件を目の当たりにしておきながらも俺にとっては事件の事よりも真田のことばかり考えてしまっている。
「何か不謹慎だな」
真田は年相応に年齢を重ね、そしてエリート警視正としての貫禄もあった。
そして小学生の娘の父親でもある。
事件当時、刑事に声を掛けられた時から声で真田だと分かった。
向こうも声には出さなかったが、直ぐに俺だと分かったみたいだった。
何でよりによって真田なんだ、刑事は他にもいるだろう!なんて思ったけどこれも何かの因縁だ。そう腹をくくったら自然と口から悪態が出てきた。まるで20年前の部活中みたいに。
そう思うと俺は20年前から全然進化していないことにつくづく思い知らされる。
すっかり変わってしまった真田を前に、学生じゃなくなったけど、変わらない自分は一体何なのだとさえ思う。
俺は浸かっていた湯船から出ると頭から熱いシャワーを被った。
ここは日本だ、いつまでも真田から逃げるわけにはいかない。
次の日の朝、ホテルのカフェで朝食を摂っている俺の前に急に真田が現れた。
夜中に決心したはずの俺の心臓は未だ高鳴って複雑な気持ちになったけどここは落ち着かなければならない。
「よくここが分かったね」
「昨日ディレクターが言っておったではないか」
「真田がわざわざここに来たってことは、電話で済むことじゃないってこと?」
俺は嫌味のように言ってやった。とりあえず帰国した際に横浜の住所と電話番号とメルアドと携帯番号は引越し知らせの葉書を送っておいたので俺の携帯番号は真田も知っている筈だ。
「確かに電話でも済むことかもしれんがたまたまこのホテルの前を通りかかったのでな、幸村がいれば・・・と思ったのだが、本当にいてくれてよかった」
俺は黙ってコーヒーを飲んだ。
「逃亡していた犯人が捕まったのだ。情報提供してくれた幸村にはきちんと報告しておかなくては、と思ってな」
寝ずに捜査していたのだろう、真田の顔は疲労していたが嬉しそうだった。
そういや犯人逃げていたんだっけ。
俺は事件よりも真田が気になっていたからすっかり犯人のことは忘れていた。
でもここは真田に合わせる。 「へえ〜、意外と早く見つかるもんだね」
「お前が犯人の特徴をしっかり見ておいてくれたお陰だ」
「お陰だなんて、俺は偶然見ただけだよ。でもわざわざ来てくれてありがと。俺も犯人が捕まってホッとしたよ」
「しかしこんな形だが俺は幸村に会えてよかった」
「お互い忙しいからな」
「本当はゆっくりと話をしたいのだが、俺はこれから署に戻らなければならない。近々飲みにでも行かないか」
瞬間ドキリとした。
真田から誘われるなんて思ってもみなかった。
「そうだね、また都合のいい日にちと時間をメールするよ」
「これって俺に真田と正面から向き合って気持ちを清算しろって天からの試練なんだろうな」
「まったくもってその通りだ」
俺は立海大に着くや否や昨夜の出来事から今朝のことまですべて蓮二に話した。
こうやって俺のうだうだ話を聞いてくれる人が居てくれるということは本当にありがたいことだとつくづく思う。
特に帰国してからは何かあれば直ぐに蓮二に頼ってしまう癖がついてしまっている。
「そうだね、蓮二の言うとおりだ。俺は自分自身に向き合わなければいけない。ホント俺は蓮二には世話になりっぱなしで苦労かけるよ」
「精市の苦労は中学の頃からかけられっぱなしだ。今更何を言う」
「ホント蓮二が居てくれてよかった。これからもずっと側に居たいな」
「・・・・・・まるで愛の告白みたいだな。俺は精市の苦労は受け止められるが愛は受け止められないぞ」
「おい蓮二!何言ってんだよ!!!俺はお前にはそんなやましい感情は持ってないって!!!」
「それは分かってるさ。それよりも近々合間を見て付属病院にバイタルチェックに行って来い。今の付属病院はなかなか面白いものが見れるぞ」
「何それ?」
「行ってみてのお楽しみだ」
というわけで俺は付属病院に来ている。
俺の健康管理の為だ。
待合室で待っている間に俺は考える。
確かに蓮二は親友だ。恋愛感情はない。ないが今の俺に一番必要な人物だ。
蓮二が居なくなってしまうなんてことがあったら俺はどうにかなりそうだ。
友情と恋愛の情はまた違う。
人とはやはり複雑だ。
色々な情を持っている。
そしてその情に振り回され、がんじがらめになっている。
「幸村さん、お待たせしました。どうぞ」
俺はぐるぐる思いを回らせていたが、看護士の呼び声で現実に戻った。
そして診察室に入って更に目が覚める事態に遭遇することになった。
「幸村君、お久しぶりです」
「柳生・・・」
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