R35−LOVE 02
20年前。
中学最後の全国大会の決勝戦の時だった。
俺は立海側の観客スタンドにどこかで見たことのある老人がいるのに気が付いた。
あれは確か真田のお祖父さん。真田の家で何度か会ったことがある。
厳格な態度で澱みの無い真っ直ぐな強い瞳が印象的で、真田は隔世遺伝だなと瞬時に思った。
その真田のお祖父さんが見掛けない少女を連れている。
確か真田には姉妹はいなかった筈。
年齢は俺達とさほどかわらないみたいだ。おそらく従姉妹か親戚筋なのだろう。お祖父さんの隣に居て違和感が感じない、見るからに淑やかで原宿を歩いている女子みたくチャラチャラしていないし背筋もピンと伸びていて茶華道や日本舞踊をやらせたら似合いそうな女子だった。
「おい、蓮二。あれ…」
俺はすぐ側に居た我がチームの参謀と呼ばれる親友に声をかけてスタンドに居る老人と少女を見ろとアイコンタクトをした。
蓮二は俺の言わんとすることが直ぐ分かったらしくちらりとスタンドを見やった。
「ああ、弦一郎のお祖父さんと・・・ほう、あれが許婚(いいなずけ)の女子か」
蓮二の言葉に俺は驚く。
「許婚って、もの凄い年齢差じゃん。真田の祖父さんも気持ち若いね」
「馬鹿、弦一郎の許婚だ」
「はあ?」
俺の声は完全に裏返っていた。
「精市は知らなかったのか、弦一郎はああ見えて実は婚約をしている」
「ぶはっっっ!!!」
俺は飲みかけだったミネラルウォーターを本気で噴出してしまった。
「げほっげほっっっ!!!」
「大丈夫か、精市」
俺は誤嚥の苦しさに涙目になりながら柳に言った。
「真田は見た目はああだけど実年齢では結婚不可なはずだけど・・・」
「“将来を約束した女子”だと言った方が理解しやすいか」
柳の解説にああそうかと思ったものの真田が婚約していると聞いたその瞬間から俺の胸に何かが突き刺さったような鈍痛が続いている。
何だこの胸の痛みは…
冬に倒れた時に全身を襲った激痛とはまた違う痛み。あの時は体中の節々が痛み、筋肉が自分の命令に反して硬直し、まるで金縛りに遭ったみたいな感覚に陥り無理にでも動かそうとすると雷に打たれたみたいな激痛が走った。
だが今の痛みはまた違う。
「肺に水が入ってしまったのか?」
蓮二の言葉で俺は自分の胸を手で押さえていることに気が付いた。
苦しい・・・
さっきまで何ともなかったのに何だこれは・・・
蓮二の言う肺に水が入った誤嚥の痛みとはまた別の痛みだ。
「幸村、どうかしたのか?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、いつの間にか真田が目の前に立っていた。
「・・・・・・・・・」
「幸村?」
「あ、いや。もう大丈夫だ。ちょっと水を誤嚥してしまってね」
「そうか」
心配そうな表情が安堵のものに変わる。
その時俺は気付いた。
俺はきっと真田のことが好きなのだ。と
「ぷはははははっっっ!」
もう笑うしかない。
「どうしたのだ?」
蓮二と真田が不思議そうにしているが構わない。
この俺が真田を好きだったなんて
それに気付いた時はもう手遅れで叶わぬ想いだったなんて
もう、笑うしかない。
笑わずにはいられない。
なぜ、もっと早くに気付けなかったのだろう・・・
あの時、俺は正直自分の気持ちに戸惑った。
俺が男を、しかも真田を好きになるだと!?
俺は外見が華やかな所為で幼少の頃はよく女に間違えられたことがある。
試合で都内にジャージ姿で遠征に行った時に電車内で男から痴漢されたことだってあるし、制服姿で明らかに男子だと判る筈なのに男から触られたことだってある。
だからなのか・・・・・・
いや、違う。
俺が真田にどうこうされたいなんて気持ちはまるっきしない。
俺が真田をどうこうしたいのだ。
それに気が付いた時、俺は自分が末期だとかなり落ち込んだ。
都合よく、周囲はそんな俺をテニスの試合で負けたからだと解釈してくれたようだが、うちの参謀は誤魔化せなかった。
だから蓮二にだけは正直に打ち明けた。
俺の告白を聞いた蓮二は最初は驚いたような顔をしたが、直ぐに深刻な顔になって、更には深い溜息をついた。
蓮二がこれだけ表情をころころと変えるのは珍しいことなので、そこまで俺の悩みはぶっ飛んでいるものだと思い知らされた。
そしてしばらく考えた挙句、蓮二は言った。
「今回ばかりは俺のデータをしてもどうしようもできない。所謂“恋の病に効く薬はない”ということだ。だが精市が俺に話すことで少しでも楽になるなら俺はいくらでも聞いてやる」
「ありがとう、蓮二」
確かに彼のデータを以ってしてもどうすることもできない。
蓮二は“恋の病に効く薬はない”なんて気の利いたことを言ってくれたけど、本当に言いたかったのは“馬鹿に付ける薬はない”なのだろうなと思った。
それでも彼の精一杯の気遣いは有り難かった。
そんな俺の毎日は、ただただ憂鬱でしかなかった。
部活も引退して違うクラスだったことも幸いして俺と真田は接触する機会がめっきり減った。
真田に会わない日々が続くと、次第に彼が好きだという変な想いを忘れる時も出てきた。
このまま、このどす黒い気持ちが自然消化されてしまえばいい。
いずれ何も想わなくなる日が来る。
時間が解決してくれる。
何時になるか分からないが、いずれそんな日が来るだろうとずっと願っていた。
完璧に他力本願だ。
そんな時、俺に海外留学の話が舞い込んできた。
プロテニスプレーヤーになる為にイギリスに渡る。
俺は直ぐにその話に飛びついた。
テニスにのめり込めば
日本を離れれば
いつか“その日”がやって来るだろう。
→03
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