R35−LOVE 01
「スポーツキャスターだと!?」
案の定、電話の向こうで俺の昔馴染みが驚いた口調で言った。
彼は元々感情を表に出さないタイプだが、俺が今後の人生を彼に打ち明けるとさすがにキャスターという芸能活動というような選択肢は彼のデータには存在しなかったらしく、その口調はいつもより高めの声色だった。
「うん、俺が引退表明した途端色々なところからコーチのオファーが来たんだけどね、何か一箇所だけ芸能プロダクションの社長自らわざわざイギリスまでやってきてスポーツキャスターにならないか?だってさ。あ、でも心配しないで、前々から約束していた立海大でのコーチも兼務するから。つーかコーチの合間にキャスターするってことで交渉成立したから」
「……確かに精市のルックスならそこいらの俳優より売れるかもな」
「社長にも同じ事言われたよ」
「随分自信があるのだな」
「俺から自信を取ったら何が残るんだい」
「それもそうだ」
「じゃあこっちに戻ってきたら都内に住むつもりなのか?」
「都内に住んだら立海大が遠くなるから横浜にしたよ。横浜なら立海大にも都内にもどちらににも通勤圏内だし行きつけのカフェもあるしね」
俺は手元に置いている絵葉書を改めて見た。
新しく横浜に出来るカフェのオープン案内葉書なのだが、ただのカフェではない。
かつての大事な仲間の2人、ブン太とジャッカルがカフェをオープンしたのだ。
パティシエの丸井、バリスタのジャッカル。お互い得意分野でプロになって共同で自分の夢を実現させるとはなんて素敵な事なんだろう。
行きつけだなんて蓮二には言ったけど実は今までに1回しか言ったことがない。
これから行きつけの店になるのだ。
「精市、引退して会える時間が増えると思ったのだが忙し過ぎてそうもいかなくなりそうだな」
「俺は立海大のコーチだよ、立海大の助教授が何言ってるんだい」
「まだ専任講師だ」
「・・・スポーツキャスターともなると、いわゆる“芸能活動”とも言えることだから色々と気をつけろよ。一見華やかそうで黒い世界だ。俺でよければ何かと相談にのるし出来ることなら何だって手伝うつもりだ。だが、一般人ではどうしようもできないことだってある。その時は・・・・・・弦一郎を頼れ」
「ああ、こういう時に警視庁に知り合いがいるって助かるよな」
蓮二は気を使ってか、一呼吸置いて真田の名前を出したけど、俺はできるだけ平静に答えた。ホント言うと一瞬心臓が高鳴ったのだが蓮二には迷惑をかけたくない。
俺、幸村精市は立海大付属中学卒業後、イギリスに渡ってプロのテニスプレーヤーとして頑張ってきた。
そして20年経った今、このまま現役を続けるのは無理だと判断して引退することになった。
中学を卒業して20年も経てば色々なことがある。かつての仲間達は進学、就職、結婚、子供が出来た奴もいる。
だが、俺はあの時から何も変わっちゃいない。
毎日毎年ただテニスだけをしてテニスでタイトルを取って・・・・・・
だから引退表明をして、色々なテニススクールのコーチのオファーに混じって、芸能プロダクションの社長がやって来た時に耳を傾けてしまったのかもしれない。
以前の俺なら「違う世界だ」と追い返しているだろう。
俺は変わりたかったのだろうか。
それとも刺激が欲しかったのだろうか。
正直自分の人生に確信が持てずに蓮二の前では飄々としたが、はたしてこれでよかったのだろうかと思ってしまう。
もう、後戻りはできない。
歯車は回り始めてしまったのだ。
→02
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