| 13℃  Act.2 
 
 
 
 
 
 
 次の日のワイドショーでアイドルAYAのマネージャーが芸能記者のインタビューに答えていた。
 「手塚選手と青山で食事をしたのは事実ですがその時は私も同席しておりました。ええ、3人で食事をしていたのです」
 「――ではマネージャーさんも一緒だったんですね。何故ですか?」
 「何故って、あの日はテニスのゲームのCMの撮影があって、終了後にお互いの慰労の意味で食事に行っただけです。でも途中で私の携帯に急ぎの用事が入ったので私は先に退席させていただきましたけど。だから手塚選手が気を使ってAYAを駅前のタクシー乗り場まで送って下さったのです」
 「――じゃあAYAちゃんと手塚選手の間には何もないと」
 「あるわけないでしょう!あなた達だって仕事帰りに仕事仲間と飲みに行くことだってあるでしょう。それと一緒よ!」
 
 その光景を見てホッとする自分がいた。
 そりゃ手塚だって男なのだから可愛いアイドルに言い寄られていい気がしないわけではない。
 手塚に限ってそんなことはないと高をくくっていた自分が甘かったのだ。
 手塚は俺のものではない。それは去年俺が言い出したこと。
 なのにいざ手塚が他の女性と噂されると俺は動揺している。
 本当に俺は身勝手な奴だと自己嫌悪に陥る。
 
 そんな中、大石から月末に手塚が仕事の都合で日本に来るからその日に合わせて大石も東京へ来るので一緒にかわむら寿司へ行かないかと誘われた。
 月末の28日しか手塚が時間が取れる時がないとのことでその日になった。
 俺は予定が入っていたけどキャンセルすることにした。
 
 「え、キャンセル?」
 「ごめん」
 俺はただひたすらに彼女に謝った。
 「28日って菊丸君の誕生日だからあれこれ予定立ててたのに……」
 「ごめん」
 28日は俺の誕生日だから大学の講義が終わった後デートしてディナーをして…と予定を立てていたのだ。
 「私と一緒に祝うより優先する事って何なの?」
 「遠くに行った昔の仲間達が東京に帰ってくるんだ。スケジュールの都合で28日しか空いている日がないからその日でないと会えないんだ。だからごめん。君とはいつでも会えるけどあいつらとは滅多に会えないんだ。だから別の日に振り替えして。お願い!」
 俺は神社で拝むように彼女の前で手を合わせた。
 「11月28日だって年に一回しかないのよ!」
 「そりゃそうだけど……」
 「菊丸君のバカっ…」
 いつも明るい彼女が瞳に涙を浮かべて言った。
 「おい待てよ!」
 涙を見られたくないのか踵を返して歩いていく。
 しかしそれを俺は追い掛けることなくただぼんやりと彼女の背中を見ているだけだった。
 
 
 
 
 
 
 
 「何も泣く事ねーじゃん…」
 「そりゃ英二先輩が悪いっすよ」
 次の日のテニス部の練習終了後に桃と入ったファーストフード店で桃に「最近彼女とはどうなんですか?」なんてニヤニヤしながら聞かれたので先日の出来事を話した。
 「何で俺が悪いんだよ」
 「女ってのはクリスマスや誕生日等のイベントに夢を持っていていつもよりリッチなディナーをして夜景の見える展望台でデートして…なんて頭の中でドリーム炸裂させてるんですよ。その夢を英二先輩はぶち壊したんだからそりゃ悲しくもなりますよ」
 「まあ言われてみたらそうだけどさ…けど俺だって久々に大石に会えるんだし手塚なんて今度いつ会えるか分からないんだぜ」
 「そういや彼女ってS女子大でしたよね。青学じゃないからなあ…これが青学のエスカレーター組なら英二先輩が中等部と高等部時代にどれだけ黄金ペアとして名を轟かせたか、手塚先輩がどれだけ凄いプレーヤーなのか理解してくれたかもしれないのに」
 「もういいよ、桃。彼女とはこのまま自然消滅するだろうね。でもいいよ」
 「いいよってそんなにあっさりして!」
 「いや、もういいんだ」
 そう、もういい。
 自分の本心に気付いてしまったから。
 俺は彼女より手塚に会う方を選んでしまった。
 今は無性に手塚に会いたいと思っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
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