| 13℃  Act.3 
 
 
 
 
 
 
 11月28日俺はかわむら寿司へ向かった。扉を開けるとカウンターには懐かしいタカさんの笑顔が迎えてくれた。
 「手塚と大石はもう来てるよ。奥の座席だから」
 そして奥を覗くと俺に気付いた大石が軽く手を振ってくれた。
 横には相変らずの仏頂面の手塚。けど何故だか去年より纏っている空気が変った気がする。
 それはプロとして世界に立つもののオーラ。やはり何かを極めている人は一般人とは何かが違う。
 そしてそのオーラにますます惹かれる自分に気付く。
 「ごめん、俺が最後だね」
 靴を脱いで座敷に上がると大石が「いいや」と言った。
 「乾にも声を掛けたら来てくれる事になった。久しぶりだから大勢の方がいいしな。さすがにフランスの不二は無理だけど」
 「今つくばエキスプレスでこちらに向かっているらしいよ」
 タカさんが俺の前にお茶を置きながら言った。
 筑波大学に進学した乾は何やら怪しい生物実験をしているらしい。以前東京に帰って来た時に会ったけど何やら専門用語ばっかりの会話で何の実験だかよく判らなかった。
 どうせ乾の事だからろくでもない実験ばっかりやっているのだろう。
 
 
 
 
 乾がやって来てささやかな同窓会が始まって1時間近く経った頃、乾が小声で言った。
 「カウンター席の入り口近くにいる黒いセーターの男に気が付いたか?」
 振り返って乾に指摘された場所を見ると言われたとおりの黒いセーターの男と目が合った。
 男はすぐに視線を外したが俺には判った。あれはきっと芸能記者だ。
 「格好は地味だけどあれは何かを嗅ぎ回っている記者の眼だよね」
 父親が新聞社で社会事件を担当している所為で同類である記者の雰囲気は何となく判る。
 「おそらく芸能記者で俺を追っているのだろう。皆、済まない、巻き込んでしまって」
 手塚が静かに言った。それに対して乾が言う。
 「手塚はあのアイドルとは何もないのだろう。だったら堂々としていればいいではないか」
 「ああ。しかし仕事が終わって一緒に食事をしただけであんな大事にされるとは思いもしなかった」
 「相手がAYAだから仕方がないよ」
 大石も宥める様に言う。そう、あれは相手が国民的人気アイドルのAYAだったからスキャンダルにされただけ、手塚が食事をしていた相手が一般人だったら一介のスポーツ選手がここまで話題になることもなかっただろう。
 「これに懲りてもう二度とアイドルには手を出さないことだな」
 「乾、言っておくが俺は手を出した覚えはないぞ。誤解を招くような事を言うな」
 「冗談に決まっているだろう。だいたい手塚とアイドルの組み合わせなんて想像できるか?」
 「ぷはははははっ!!!」
 乾の指摘がツボに嵌ったので思わず笑ってしまう。手塚もそんな俺達を困った表情で苦笑いして見ていた。
 かつての手塚ならそんな表情は決してしなかっただろう。
 それは大人になって少し丸くなった証拠。
 そして俺しか知らない去年見た手塚。
 しかし今はこうやってかつての仲間達と食べて飲んで笑い合っているこの瞬間がとても心地よい。
 気が付けば黒いセーターの男はいつの間にか居なくなっていた。
 手塚を追っていたらまたAYAが捕まえられるかもしれないと賭けてみたが食事の相手がかつての青学の仲間で男ばっかりだったので収穫がなかったので早々と切り上げたのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「今日は有難う、俺たちは地下鉄の乗り場があっちだからここでサヨナラだな」
 「久々に有意義な時間を過ごすことが出来た。今度は不二も居たらいいな」
 かわむら寿司の店先で大石と乾は俺たちとは反対の方向へ去ってしまった。
 
 残された俺と手塚は同じ地下鉄の乗り場へ歩いていた。
 「ねえ手塚」
 「何だ」
 前を向いたまま歩きながら手塚を呼ぶと手塚も俺に習ってそのまま答える。
 「あのさ…これからちょっと時間あるかな?」
 「ああ、構わないが」
 「その…あの…今日ってさ、実は俺の誕生日なんだ」
 「お祝いか?」
 「ううん、お祝いなんていらない。でも…手塚と居たい」
 
 一瞬手塚の足が止まったが直ぐに何もなかったように再び歩き出した。
 「今日も冷えるな。すっかり酔いも冷めてしまった。早くホテルに戻って飲みなおしだな」
 
 それからは二人ともただ無言だった。
 無言で歩き続けて、地下鉄でも無言で……
 でも不思議と空気は重くなかった。
 時折ちらりと垣間見た手塚の表情が強張っていたけどそれはこれから起こる事に対して少なくとも緊張していると判ったから。
 
 
 手塚が宿泊しているホテルに戻ってソファーに腰掛ける。
 「今お茶をいれるからな。少し待っていろ」
 クシャンッ!
 急に暖かい部屋に入った所為か鼻がムズムズしてくしゃみが出る。
 「寒いのか?」
 手塚が俺の横に腰掛ける。
 「そりゃ寒いよ、冬だし」
 すると手塚はテーブルの上の新聞の天気予報欄をチラリと見て言った。
 「今日の東京の気温は13℃だそうだ。これから真冬になって氷点下になったらどうするんだ」
 「いいよ。着込んでカイロを持ち歩くから」
 「温めてくれとは言ってくれないのか?」
 ふわりと腕が伸びてきて抱きしめられる。
 
 「ちょ、ちょっと手塚、いきなり何だよ!」
 「俺はこういう目的で菊丸がここに来たと解釈したのだが違ったのか?」
 やはり手塚には適わない。
 「そ、そーだよ!悪いか!」
 「有り難いな。それは俺がテニスを一番にしたと認めてもらったいうことか?」
 「…そうじゃないよ」
 「なら何だ?」
 「AYAに嫉妬した」
 「……」
 途端抱きしめている手塚の腕の力が強くなった。
 「芸能ニュースを見てショックだった。AYAと手塚は何もないと解っていても。手塚をAYAに取られた気分だった。手塚は俺のものじゃないのに……去年あんなことを言ったのは俺の方なのに…すごく手塚を好きになっているって今頃になって気付いた」
 「最高の口説き文句だな。事実無根をでっちあげられるのも悪くはないな」
 手塚が僅かに俺の身体を離し、正面から見据える。俺は黙って目を閉じた。
 触れるだけのバードキス。
 「こちらへ来い」
 差し出された手に掴まるとシングルルームとは言え高級ホテルらしい大きく寝心地の良さそうなベッドに案内された。
 
 
 
 仰向けに寝転がると手塚が慎重な面持ちで眼鏡を外してサイドテーブルに置いた。
 (手塚、すっごく緊張している・・・)
 つい顔がにやにやしてしまう。
 「何を笑っているのだ」
 「いや、なんも」
 不審そうにする手塚を抱き寄せてキスをねだる仕草をする。
 すると何度も角度を変えて重ねられてそのやわらかい感触にうっとりする。
 間近で見る伏し目がちの整った手塚の顔に心臓が高鳴る。
 今この時が幸せで、気持ちがふわふわと浮き立つようだ。
 手塚が俺の唇をちらりと舐めて口を開けろと催促する。
 少しだけ口を開けるとねじ込むようにして深く口付けられた。
 息が苦しくなるほど濃厚で長いキス。
 身体にも痕がつくようにきつく、沢山。
 それでもしたいと思ってする行為はとても気持ち良い。
 去年の様に乱暴にされるのとは違う。
 掻き抱くようにして、胸の飾りも吸われた。男だというのに声が漏れそうになるほど感じてしまう。
 身体のラインを辿る様に触られたり、臍に愛撫されたりするたびに、身体がひくひくと反応する。
 激しいけれど全身を丁寧に愛撫された。
 「お前、めちゃくちゃ、すっごく俺の事好きだろ」
 そう聞きたくなるほど、身体中、一杯。
 「何を今更」
 無造作に手をかけて抱えあげた足の付け根にも、ちゅっと小さな音を立てて痕を残してくる。
 下半身への愛撫はやはり気恥ずかしいが、与えられる快楽に素直に溺れよう。
 恥ずかしい自分を見せても、手塚は自分を嫌いになったりしないのだから。
 「んん…!あ…」
 性器をぬるりと舐め上げられると、声が漏れた。
 しつこいくらいのそこへの刺激に頭が痺れる様だ。
 熱くてたまらない。吐き出すように荒い息をつき、感じるままに喘ぐ。
 窄みにも舌を這わされ、中にまでぐにぐにと舌が入ってくる。
 唾液でぬるぬるにされ、舌と指で柔らかくされる頃には
 身も心もトロトロに解かされた。
 
 「痛かったら言えよ」
 「ふぁ、ああっ!」
 手塚が入ってきただけで、中を擦られる気持ちよさに射精しそうになる。
 「い、痛くない…大丈夫だから…」
 「辛かったら言えよ」
 手塚が腰をぐっと押し付けてきた。
 「うわっ」
 急に奥まで入ってこられた拍子に手塚の背にまわしていた指が食い込んだ。
 「つっ…」
 背中に爪を立てられ思わず呻いた手塚の声にハッとして手を離してしまった。
 「構わん。俺の背中にしがみつけ、でないとお前が辛いだろう」
 「あっ…あ、あうっ!!」
 ぎちぎちに広げられて押し入って来られているのだ、動くたびに中の感じるところ全部
 擦れて、どうにかなりそうだ。
 口の端から唾液が垂れる。
 泣くつもりもないのに、涙が流れた。
 叫ぶように喘いで。
 気が遠くなるような快楽と、充足感の中で、全てを
 吐き出した。
 
 薄れていく意識の中で、手塚が一度だけ「英二」と名前を呼んだ声が聞こえた。
 
 
 それは俺にとって最高の誕生日プレゼントだった。
 
 
 
 
 
 fin
 
 
 
 
 
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