| 13℃  Act.1 
 
 
 
 
 
 
 11月も半ばを過ぎると頬に当たる風も冷たく感じ、朝の水道水も触れるのがだんだんとおっくうにさえなってくる。「今日も身だしなみOKって……あれ?」
 出掛ける前に鏡を見る。
 いつもは全然気にならない右頬のすっかり薄くなっている傷が今日は赤くなっている気がした。
 かといって痛みがあるわけでもなく腫れ上がっているわけでもない。
 きっと急に寒くなった所為だと無理矢理理由をこじつけて家を出た。
 
 『 本日の気温 13℃ 』
 
 ショッピングビルの壁面の電光掲示板の数字を見ると余計に背中がゾクっとする。
 (これから冬に入るんだなあ…)
 見上げた空はどんよりと曇っていて吹き付ける木枯らしが冬の訪れを告げていた。
 
 「菊丸君、お待たせ。急に寒くなっちゃったから着て行く服に迷っちゃって…」
 振り返った先に居るのはショートヘアが活気の良さを引き立たせた女子大生だった。
 
 
 
 
 
 手塚とあんなことがあってから1年が経った。
 俺は相変らず学業にテニスにバイトに明け暮れる普通の大学生をやっていて…変ったことは誘われた合コンで都内の女子大生と意気投合してしまって付き合うようになったということ。
 けどいつも埋まらない何かがあるような気持ちを抱えている。
 確かに彼女は気さくで一緒に居て楽しいし気に入らないことなんてない。
 けど…何かが足らない。
 それが何なのかが判らない。
 
 「あれ?頬どうしたの?」
 彼女がじっと俺の右頬を見詰めた。
 「前からあったよ。気付かなかった?」
 「いや、うっすらと切り傷があるのは知ってたけど今日はそれが赤くなってるから…大丈夫?」
 「痛みはないから大丈夫だよ。それより映画の時間始まっちゃうよ」
 俺は彼女の手を引いて映画館へ入った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 突然の衝撃はそのデート帰りの電車内でのことだった。
 何気に目に入った芸能週刊誌の車内吊り広告。
 
 『人気アイドルAYA(17)プロテニス手塚国光(21)と青山デート!』
 
 一瞬体中の血が引き背筋が凍る思いがした。
 最近手塚は本格派なテニスのTVゲームソフトのCMに人気アイドルAYAと共演していた。
 CM自体はAYAがへったくそな素振りを手塚に指導されているがTVゲームのコントローラーを持った途端最強になってゲーム対決では手塚を負かすといういかにもスポーツゲームの典型的なもの。
 今までスポーツメーカーのCMやポスターばかりだったのでゲームのCMに登場した時には正直驚いて「手塚がTVゲーム。ありえん」と大学で桃と笑っていたもんだ。
 だかそのアイドルと噂されるなんて……
 あからさまに品もクソもない週刊誌の見出しに胸が気持ち悪くなってくる。
 「菊丸君……」
 俺の変化に気付いた彼女が心配そうにそっと俺を窺った。
 「…ごめん、何でもない」
 「昔一緒にテニスやってたんでしょ。かつての仲間がこんな風に扱われたら辛いよね…」
 広告に書かれた手塚の名前に気付いた彼女が節目がちに言った。
 こうやって気遣ってくれる優しさが有り難かったけど俺はこの時ずっと押し込めていた自分の本心に気付いてしまった。
 彼女といくらデートしても埋まらなかった俺の何か。
 それは心の底から本当に愛するという事。
 昔姉ちゃんの少女漫画を読んでたら好きな人を見たら胸がトキメクってのがあった。
 きっとそれだ。
 
 一年前に手塚に偉そうな事言っておいて今更何だよ、こんな気持ちって…
 アイドルのAYAに本気で怒っている自分が情けない。
 
 今まで気にならなかった右頬の傷が一瞬疼いた気がした。
 
 
 
 
 
 
 
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