手塚の腕が伸びてきて頬の傷跡を人差し指の腹ですうっと撫でられる。
そこで俺は手塚が左利きだったことを思い出す。
傷
Act.3
「・・・これは・・・コート内で顔面からすっころんでできた傷だから」
声が震える。
手塚との試合終了後、頬から血を流す俺を無理矢理部室に引き摺って行き手当てをしてくれた。
そして応急処置をしてくれた後、いきなり告白された。
以前から手塚が俺を他の部員とは違う目で見ていたことはうすうす勘付いていた。
だからこそ手塚から告白されても動転せずに落ち着く事ができた。
手塚は俺なんかに縛られちゃいけないと。
「知っているさ、俺が手当をしたからな。けど転んだ怪我の前に俺がボールで付けた傷があっただろう」
「…お前、もしかしてわざと?」
「いや、わざとではない。あれは偶然の事故だ。思ったよりも回転がかかりすぎてしまったのだ。試合の最中は勝利しか考えていなかったからな」
「…やっぱりな」
「だがな、試合が終わってお前の傷の手当てをした時に俺のボールの切り傷があるのを見て嬉しくもなる複雑な気持ちになった」
「どういうことだよ、それ」
「好きな相手に自分が付けた傷がある。それは傷を見る度に俺のことを思い出すということだろう?」
手塚の言った事がもろ図星だったので俺はがっくりときて一気に体の力が抜けた。
そうだよ、俺は鏡を見る度に手塚のことを思い出してしまっていた。
こうなることが予測できたから俺は傷の上に新たに別の傷をつけてカモフラージュしようとしたんだ。
けど皮肉な事に上に付けた傷は思ったより早く治って手塚の傷だけはいつまでも残った。
聞いたことがある。念の篭った傷はなかなか消えないと。
「先週20歳になったんだ・・・」
手塚がぽつりと呟いた。
「もう子供じゃない。自分の意思で、自分の行動に責任が取れる」
「だからそれがどうしたの?」
「お前はあの時“自分達はまだまだ子供だから”と言っただろう」
瞬間、しまった!と思った。
「俺たちはもう大人だ、だから改めて俺のことを考えてほしい」
俺は手塚には不釣合いだと思っていた。だから友情以外の感情は持たないように自分を抑え付けていた。
なのにこいつは大人になるのを待って追いかけてきた。
結局のところ俺は手塚に好かれる運命だったのだろうか…
もうこいつもプロになったんだし俺も自分を抑え付けないで流されてもいいのだろうか。
俺は手塚に押し倒された格好のまま静かに目を閉じた。
それを肯定ととったのか次々と降って来るキスの嵐。
額にキス、瞼にキス、鼻に、頬に、そして唇に……
首筋に唇を這わされ着ているシャツの一番上のボタンに手を掛けられた瞬間俺は我に返った。
「…ってかお前俺がちょっとおとなしくしてたら何なんだよ!調子に乗りやがって!」
手塚の肩を手の平で押し返す。
「嫌なら本気で抵抗しろ」
そう言う手塚はじっと自分を見ている。
睨んでいるのではない。
(ものすっげー見てるよなぁ…)
好き好き光線と言うべき視線で。
そんなに見るなよ、というくらいまじまじと。
ちょっと困るくらい食い入るように。
肩を押す手にそんなに力が篭っていないのを指摘されているんだ。
俺は観念した。
「こ、こーゆーコトすんならちとムードとか場所ってのを弁えろっつーの。発情期かお前は?猫や犬の交尾と一緒じゃねーんだよ」
俺の言っている意味を理解したのか手塚は俺の上から離れるとなんと俺を一気に横抱きに抱え上げた。
「お、おいっ何すんだよ!」
そのまま部屋の端に置かれてあるセミダブルのベッドに横たわらされた。
そして改めて覆い被さられる。
俺は抵抗しなかった。
先程とはうって変わったような優しい抱擁にうっとりとなる。
俺のシャツのボタンを外す手が僅かに震えていて「なんだ手塚もキンチョーしてんじゃん」なんて微笑ましくもなったりする。
「なあ手塚…」
「何だ?」
「本当に俺でいいのか?」
そう訊ねた途端手塚はムッとしたような表情をしたが(元々表情がない奴なのでよくわからないけど)凛としたように言った。
「何年待ったと思っているのだ」
ああそうだ、こいつは成人するまで待ってたんだ。
手塚の優しいキスが顔じゅうに降ってくる。
「でもさ、お前結構有名人じゃん。こんなとこ見つかったらヤバイんじゃないの?」
「構わない」
「毎朝ワイドショーで芸能ニュース見てるけど結構ああいうのってえげつないじゃん。お前テニスするのに支障が出たらどうすんだよ」
一瞬手塚の動きが止まった。
だが、何かを振り切ったように軽く頭を横に振って、そして俺の唇に吸い付くようにキスをした。
それは強く…とても上手いなんて言えるもんじゃないけれどそこが手塚らしいと感じるキスだった。
そして唇を僅かに離して俺の顔をじっと見下ろした。
「…それでも……お前が、手に入るならば………」
信じられない。
手塚がこんな事を言うなんて。
俺は自由になっている右手を上げた。
そして
おもいっきり手塚の横っ面を張り倒した。
続く
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