| 「飲まないのか?」
 差し出された紅茶に手をつけずにただじっとソファに座っていると不信そうに手塚に訊ねられた。
 「俺、猫舌だからすぐに飲めないんだ」
 「そうか・・・」
 
 
 
 
 傷Act.2 
 
 
 
 
 
 
 バイト時間もそろそろ終わりに近づいてベッドカバーの入ったキャリーをリネン室へ運ぼうとした際に突然声を掛けられた。振り返った先に立っていたのは手塚だった。高校の途中でプロに転向して今やすっかり有名プレイヤーになった手塚に直に会うのはプロになる為にイギリスへ送り出したときに青学のメンバーで空港に見送りに行った以来だったので驚きで一瞬声が出なくなった。
 
 いや、声が出ないのは久しぶりで驚いただけじゃない。
 元々懇意にしていたわけじゃない。こんな2人きりなんてなったことなかった。
 考え過ぎといえばそれで済ませられればいいんだけど何となく空気が重い。
 できれば大勢での同窓会的な再会の方が気が楽だったかもしれない。
 
 「久しぶりに菊丸と話がしたい。俺の部屋は1206号室だ。後で寄ってくれ」
 
 俺の予定も聞かずに一方的に言ってきやがった・・・・・・
 でも、俺も言われるがままにこの部屋に来てしまった。
 いや、きっと大丈夫だ。あの中学2年の時から何年経ったと思ってんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 気が付けば、手塚は自分の右横に座っていた。
 ギョッとして瞬間たじろいたがその前に手塚の腕が伸び、俺の腕を掴む。
 グッと力強く握り締められたかと思うと、そのまま引き寄せられて抱き締められてしまった。
 
 「ッ…!!」
 
 いきなりの予想外だった出来事に、俺は自分の身に一体何が起こったのか、すぐさま理解が出来なかった。
 手塚がつけているのだろう制汗剤の香りがふわりとした。きっと海外製なんだろう日本のと違ってきつめの香りだ。
 
 「ッ…ちょ、おいッ…!!」
 慣れない匂いに包まれて、俺は反射的に手塚の身体を押し退けた。
 
 抱き締められた。
 手塚に抱き締められてしまった。
 有り得ない。想像もした事がない。
 力強い腕の中に、一瞬とはいえ抱き締められてしまった。
 制汗剤の匂いによって現実に引き戻された俺はキッと手塚を睨みつけた。
 
 「ちょと、おい、いきなりなにす…ッ!?」
 
 だが、それもあっという間だった。
 ドンッと、ソファの座席に背中を押し付けられ、その衝撃に俺は顔を顰める。
 しまった
 と、俺は手塚によって身体をソファに押し倒されたその瞬間、何故かそう思ってしまった。
 追い詰められた。
 "逃げろ"と、頭の中で警報が鳴る。
 悪い方の勘が当たってしまった。
 
 
 「……ジッとしてろ」
 
 そんな俺を知ってか知らずか、手塚は俺の耳元に唇を寄せた。
 低くそう言葉を吐き出され、俺は恐怖を感じている自分を知られたくなく、少しでも手塚から離れようと身体を動かす。
 
 
 「…離せよ……第一、ジッとって…何するつもりなんだよ」
 
 「…………」
 
 「おい…離せって…」
 
 「…解ってここに来たんじゃないのか?」
 
 「……な、ふざけんな…ッ!」
 
 「俺がお前の事をこういう風に好きだというのは昔から知っていただろう?」
 
 「あん時・・・断ったじゃん・・・」
 
 「俺は、今でも想っている」
 
 手塚の率直な言葉に、カアッと頭に血が上る。
 冗談じゃない。と、俺は手塚の横をすり抜けようとするが、グイッと物凄い力で腕を掴まれた。
 そして、有無を言わさぬ力で、再び抱き締められてしまった。
 
 
 
 
 
 思い返す。あれは中学2年の終わりだった。
 突然手塚に告白された。
 鬼のテニス部部長で青学中等部の生徒会長様だぜ。
 ありえないっつーの。
 そんな手塚が真剣な眼差しで俺のことを好きだなんて言うもんだから俺もうっかり流されそうになった。
 けど俺が出した答えはNOだった。
 別に手塚に流されてもよかったんだけどさ、ほら手塚って俺と違って上を、もっともっと上を目指す云わば“選ばれた人”じゃん。俺が足元を繋ぎとめたらいけないっつーの。
 てなことで俺は流される前に、俺の理性がまだ手塚のことをただの友達だと認識している間にお断りしたんだ。
 「手塚のことは嫌いじゃないけどさ、ほら、俺今テニスでいっぱいいっぱいだしさ。どっちかって言うと俺はテニスで手塚を目指しているし、その・・・それに俺たちってまだまだ子供じゃん。そーゆうのって考えたことないし・・・」
 
 
 
 そして手塚はプロになって日本を飛び出して世界ランクを確実に上げていって、俺の手の届かない人になった・・・筈だった・・・のに・・・・・・
 
 
 
 
 
 「逃げるな」
 
 「ッ…!!」
 
 至近距離でそう囁かれたかと思うと、唇に熱いものが押し当てられた。
 それが手塚の唇だと気付いたその瞬間、舌で固く閉ざしていた唇を抉じ開けられ、手塚の熱い舌が俺の口腔内へと侵入した。
 俺は手塚の舌を噛み切ろうとしたが、それを上手く手塚は交わし、唇を離す。
 だが、その際に切れてしまったのか、微かに血の味が、互いの口腔内に広がった。
 
 
 
 
 「痛いではないか…」
 
 「……はぁ、はぁ…お前、正気かよ?」
 
 逃げようとして、俺が振り上げた右手。
 それを軽く掴まれて、手塚は、俺の手首をきつく掴んだまま、その掌に口付た。
 
 「な…」
 
 掌に感じた唇の柔らかな感触。
 そしてジッと真っ直ぐに見詰められ、朽葉色のその瞳が俺を射抜く。
 
 「右頬の傷跡、だいぶ薄くなっているがそれは俺が付けたものだろう?」
 
 「なっ・・・・・・!」
 
 その台詞に俺の体は完全に硬直した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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