例えばその時の二人の間にどんな想いがあったのかと問われると俺はまず何も考えていないと答えるしきっとアイツ(手塚)もそう答えるだろう。
あの時の俺たちにはただ同じ目標へ向かう為の勝利しか考えていなかった。
こんなことを言えば『大袈裟』だと笑われるのが関の山だが俺の右頬には紛れもなくその証拠がしっかりと刻まれている。
念の篭った傷はなかなか消えない―――――。
傷
Act.1
「そういや菊丸先輩っていつもほっぺたにバンソコ貼ってますね。何でですか?」
「お前が入って来る前の校内ランキング戦の時に手塚部長と対戦したもんだから菊丸先輩もムキになってがむしゃらにボールに飛びついてコートに顔面から突っ込んですっころんで怪我したんだけどすぐに手当てすりゃいーのに試合終了まで我慢して結局傷の治りがおそくなっちまったらしいぜ」
遠くでおチビと桃の会話が聞こえてくる。
そうだよ、これはあの時の傷。
でもね、桃。君は、いや、誰も知らないけどすっころんだ傷はとうに治ってるよ。
すっころんだ傷はね。
あれはわざとすっころんだのだから。
その下にあった切り傷を隠す為に。
ほら、木を隠すには森だったか林だったかっていう諺だってあるじゃない。
俺はそれを実施しただけ。
その下にあった切り傷は手塚に付けられたもの。
極端に回転のかかったボールが俺の頬を掠めて飛んでいった際に摩擦でできたもの。それはかまいたちの様に一瞬の出来事であまりの切れ味のよさに痛みは殆どなかった。ボールでこんな事ができるなんて、それは切り傷じゃなくてまるで斬り傷だ。でも手塚だから不思議と違和感はなかった。しかしそれは癪だった。
まるでターゲットにされた獲物につけられた印みたいだ。
だから俺は傷で傷を隠すことにした。
これは顔面からすっころんでつけた傷。
自分で自分に言い聞かせる。
けどすっころんだ傷は治ってもその下の切り傷はなかなか治らなかった。
聞いたことがある。
念の篭った傷はなかなか消えない―――――。
手塚が俺に抱いている気持は薄々感じていた。けど試合の時の二人の間にどんな想いがあったのかと問われると俺はまず何も考えていないと答えるしきっとアイツ(手塚)もそう答えるだろう。
ただの校内ランキング戦。私情を挟んではいけない勝負の場。
あの時の俺たちにはただ同じ目標へ向かう為の勝利しか考えていなかった。
**********
「菊丸くーん、もう時間だよ、お疲れ」
大学生になった俺は相変らず青学にいる。
タカさんは板前になる為に大学に進学しなかったし乾は外部の大学に進学して不二はいきなりフランスに留学したし大石は宮崎にある青学医学部に進学したから本校に進学した俺とは離れてしまったし手塚は高校2年の時にプロになってイギリスに渡ってしまった。
俺ひとりになってしまったけどそれでもテニスは続けていてこの春には桃と海堂が上がってきた。
そして日頃の俺は学業にテニスにバイトに励むごく普通の大学生をやっている。
今日もバイト。ちなみに都心の高級ホテルでベッドメイキングだの客室清掃をやっている。仕事は大変だけど初めて入ったスウィートルームに感激したり、廊下で有名俳優と擦れ違ったりした時もあって結構楽しんでいる。それに俺たちバイト指導してくれる主任さんが結構いいオヤジさんなのだ。
「それじゃあお先です。お疲れ様でしたー!」
人の良い主任に挨拶をして帰り支度をする。すると後ろから声を掛けられた。
「そういや菊丸君はテニスやってるんだったよな」
「そうですけど」
「なんかそこそこ有名なテニスの選手が来日して今ここに宿泊しているらしいよ。君なら偶然擦れ違うことが出来たらすぐに判るんじゃないかい」
「へえ〜、来日選手ですか。じゃあ今開催している国際大会の出場選手ですよ。会えたらいいな、楽しみだな〜」
次々と浮かんでは消える外国の有名選手を思い浮かべながら俺は帰路についたがそれは以外にも早く次の日のバイトの時にそのプレイヤーと廊下で鉢合わせてしまうことになった。
世界ランキング20位の手塚国光と。
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