| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † ユレルオモイ †
 
 
 
 
 目が覚めたら窓の外がオレンジ色で驚いた。
 それもその筈だ
 時計を見たら夕方だった。
 何時間寝ていたんだ?俺
 
 結局真夜中に実家に戻ってそのまま寝てしまって今に至る。
 色々あって疲れた。
 本当に色々あった・・・・・・。
 とりあえず風呂にでも入ろう。
 
 起き上がって床に敷いてる布団をそのままにしようかどうしようかと思ったが結局そのままにする事にした。
 改めて部屋をぐるりと見渡す。
 数年前まですぐ上の兄と使っていた部屋なのになんだか別の部屋にいる感覚がした。
 すぐ上の兄は大阪で働いているし俺も家を出ているので今のこの部屋はかつての活気が全くない。二段ベッドも机も今は置いていない。あるのは本棚だけ。俺と兄が置いていった本がそのまま置かれている。
 たまに実家に戻るけどなんだか今は不二と暮らしているあの家のほうが自分の居場所のような気がする。
 
 不二・・・・・・
 
 不意に抱きしめられてキスされて押し倒された記憶が甦ってきた。
 『英二の事がずっと好きだったんだ』
 
 至近距離で見た不二の顔
 真剣な表情で、それでいて切なそうで・・・
 おそらく冗談じゃなくて本気なんだろう
 
 でも、俺は・・・・・・
 
 
 何も考えられない。
 
 
 
 俺は頭を振った。
 頭の中の不二を振り払うかのように。
 
 とにかく風呂に入ろう。
 
 
 
 
 一階に下りるとリビングで美香姉とヒサ兄がTVを見ていた。
 美香姉はシフトでたまたま今日が休みだったらしいけどヒサ兄はわざわざ会社を休んでくれたらしい。
 「お、やっと起きたか」
 「おはよう、じゃなくて“おそよう”ね」
 「気分はどうだ?」
 なんだかんだ言っても兄姉は優しい。
 「ん、大丈夫。風呂に入ってくる」
 
 
 
 
 風呂に入るとある程度サッパリした。
 頭の中で消化不良を起こしていた色々な事が洗い流された感覚。
 実際はすべてを洗い流したわけじゃないけどそれでも風呂場にあったオレンジの香りがする石鹸が俺のもやもやした気分を落ち着かせてくれた。
 風呂上りに久々に大人数で夕食を摂った後ヒサ兄は自分の家に帰って行った。
 明日は病院に行って傷の手当てをしてもらって午後に警察に行って事情聴取されて携帯を返してもらう。早くに休んだ方が良いだろう。
 と、思っても夕方まで寝ていた所為で早くには寝付けなかった。
 俺は本棚に近づいて何か読もうと思ってふと最下段に置かれてある卒業アルバムが目に付いた。
 中等部のものを取り出してみる。
 体育祭、文化祭、修学旅行・・・当時の行事の写真がとても懐かしい。
 部活動の頁はテニス部は手塚がサーブを打つのにトスを上げている写真が大きく載せられていてまるでテニス雑誌の写真並に格好いい。でも今と顔が変わってないな・・・というか今が顔相応の歳になったってことか。
 俺と大石の黄金ペアの写真も載せられている。俺も大石も若いね。自分で言うのもなんだけどかわいいや。本当に部活で汗流して青春してますって感じ。
 タカさんがバーニングショットしている写真や乾がリターンをしている写真もある。懐かしいや。
 そして不二の写真。
 華麗につばめ返しを決めている。
 やっぱり若い。
 というかまだまだ子供。
 いや、子供と大人の間の中途半端な時期。
 見慣れている筈なのに今初めてキレイだと思った。
 確かに不二はキレイだ。
 美形でいつも女の子にモテモテで・・・・・・
 
 ふと中等部3年の頃を思い出した。
 何かの当番でクラスで一番の美人の女の子と一緒だった。
 するとその子が顔を真っ赤にさせてモジモジしながら
 「あ、あのね・・・菊丸君」
 「にゃに?」
 女の子の態度からこれはコクってくるのか!とドキドキした。
 だって3−6で一番の美人だけど学年でも5本の指に入るくらいの美人だったから
 「あ、あの・・・菊丸君って不二君と仲いいんでしょ?不二君って彼女いるのかな?」
 俺は「またか」と思った。慣れてることだ。
 部活が同じで3年になって初めてクラスも同じになった不二は“親友”というくらい仲良くなった。
 お互いの家に行き来したりもしたし周囲からも仲良しさんに見えたのだろう。
 その所為か俺は「不二君に渡してほしい」とラブレターの配達人にされたり「不二君の本命って誰?」と詰め寄られたりした。
 一度不二に抗議したら不二はいつものマイペースな調子で「僕だって女の子に『菊丸君って彼女いるの』って質問攻めにされたりして大変なんだよ」って言われた。
 あの頃俺好きな女の子がいたんだっけ。
 2年の時に同じクラスで、でも3年になって親の仕事の都合でイギリスに行ってしまって・・・でも青学の高等部には帰国子女の受け入れ枠があるから絶対青学に戻ってくるって言ってた。日本にいる間に告白できなくて戻ってきたら絶対に告ろうって決めてたけど結局彼女は青学には戻ってこなかった。いや、日本に戻ってきたのかどうかもわからない。
 中等部3年の時はその子のことが忘れられなくてちょくちょく告白してきた女の子には『テニスで精一杯だ』って断っていた。
 ある時クラスの女の子が俺に言ってきた。
 「私の友達がさ、不二君に告ったんだよね。そしたら『他に好きな人がいるからゴメン』って言われたんだって。菊丸君なら不二君の好きな人くらい知ってるよね。誰なのか教えてよ」
 寝耳に水だった。不二に好きな人がいたなんて・・・・・・
 だから不二に聞いてみた。そしたら
 「好きな人?ああ、女の子からの申し込みを断るのに使った口実だよ。こういう風に言ったら諦めてくれるかなって思ってさ」
 と言った。そこで「何でモテるくせに彼女作らないんだよ」って聞いてみたらかったるそうに言った。
 「ん〜、なんか面倒だし・・・『私とテニスのどちらが大切なの?』なんて言われたらうっとおしいし・・・女の子とデートするのって気を使うけど英二たちと遊ぶのって気を使わないからやっぱり楽な方を選んでしまうよね」
 
 
 
 
 
 
 『ずっと好きだった。中等部3年の時初めて同じクラスになった時から・・・ごめん嘘ついていて』
 
 
 ひょっとして「不二の好きな人」って俺のこと・・・・・・?
 
 
 再び夜中の出来事が甦る。
 
 以前俺が大泣きしてしまった夜に抱きしめられたのも
 焼酎を飲んで酔った時に頬にちゅうをされたのも
 
 きっと意図的にやったことだったんだ。
 
 
 頬にちゅうされた時「不二ってキスが上手いんだ」って思ったけど本当に上手だった。
 男にキスされて気持ち悪い筈なのにキスされている間は抵抗できなかった。
 やさしく、それでいて官能的でとろけるようなキス。
 怪我の痛みがなかったらあのまま流されていたかもしれない。
 
 いや、ダメだ!
 
 不二は男じゃないか
 俺はホモじゃない
 俺は不二が好きだけど“友達”としての好き
 そうだ不二と俺は友達なんだ。
 
 思考を現実に引き戻す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 実家で静養と言ってもあんまり落ち着かない。
 家事は姉や母親がやってくれる分、体は楽なんだけど心がどうも落ち着かない。
 TVを見ていても雑誌を読んでいても落ち着かない。
 だから久々に庭掃除とかしてみたらじーちゃんに「怪我してるのに!」て怒られた。
 実家にいたら家族が怪我をした俺のことを気を使ってくれて「何もしなくていいからゆっくり休め」って言ってくれるけど、何もしないと余計なことばかり考えてしまう。
 周囲は「銃弾が頬を掠ったのだからショックだったでしょう」と言うけれど俺にとっては銃弾よりも不二に押し倒された事の方がショックだった。
 いや、押し倒されたというよりもずっと俺のことを恋愛対象で見ていたということにだ。
 だったら何故大学時代に不二は俺に付き合って合コンにばっか行っていたんだろう?
 何故土山さんと付き合ったりしたのだろう?
 そしてこの前ガス自殺を図った専門学校生のこと・・・・・・
 不二の考えている事が解らない。
 
 
 
 
 
 
 
 警察から返してもらった携帯電話の電源を入れてメールチェックすると結構来ていた。
 かつての仲間からのお見舞いメールだった。
 あれだけ立て篭もり現場を全国ニュースで流されて新聞に怪我人として俺の名前が出されてしまったから皆知ってたんだ。
 乾と越前の連名でのお見舞いメール
 手塚の“手紙の書き方辞典”に出てきそうな堅そうなお見舞い文
 タカさんからの温かい励まし文
 大石の「俺の病院へ来い」と何気に宣伝メール(商売上手だな)
 佐伯からは「元気になったらボジョレ・ヌーボーを飲みに来い」だった。
 
 佐伯・・・
 
 そういや佐伯は不二がホモなのを知っていた。
 あの口調からしてかなり以前から知っているみたいだった。
 佐伯は不二の気持ちまで知っているのだろうか
 
 
 俺は一度佐伯に相談してみようとメールをしかけたけどどう説明したらいいかわからなくてメールを送るのを止めた。
 
 
 
 どうすればいいのかわからない。
 
 大石なんかに相談したら真面目なあいつのことだから俺以上にパニックになるかもしれない。
 
 
 
 
 
 結局頭の中でぐるぐるしているうちに週末が来て俺は今まで通り出社する為に家に戻った。
 
 
 
 
 
 
 
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