| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † 弱気 †
 
 
 
 
 僕はあのメールを無視すべきだった。
 
 そうすればこんなにも悩むことはなかったのに…………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 携帯電話と体温計を交互に眺めて溜息をつく。
 「どう?」
 英二が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
 頼むからそんなに顔を近づけないでほしい。
 無意識でやっているのがまた英二らしいんだけど体調がすぐれない今は自分を保っていられるか保障はない。
 既に余計な携帯メールの送り主に怒りの返信を送ってしまっている。
 自分でも「らしくない」とへこんでしまう。
 つい「病気の所為」だと責任転嫁してしまう自分も情けなくなってくる。
 
 「げっ!8度9分もあるじゃん!」
 
 
 
 
 
 出張先から帰る飛行機の空調が最悪だった。ブランケットを頼まなかった自分も悪いけどこちらに到着した時にはすっかりと体が冷え切っていて頭がガンガンしていた。
 日曜日だったのを幸いに英二に電話して空港まで車で迎えに来てもらってなんとか家に帰り着くことが出来たんだけど、家に着くや否や届いた余計な携帯メール。
 
 あいつがフランス長期赴任から日本へ帰ってきた!
 
 「英二、佐伯が日本へ戻ってきたみたいだけど勝手にここに乗り込んできたら僕は病気だからって追い返していいよ」
 「ええっ!佐伯が戻ってくるんだ。久しぶりだなぁ〜」
 頼むから僕の目の前でそんなに心底嬉しそうな顔はしないで欲しい。
 「大学卒業してから殆ど会っていないもんな、でも不二酷いじゃん幼馴染みなのに追い返すなんて。やってきたら不二は病気だからまた具合が良くなってからって丁重にお断りすりゃいいじゃん」
 「あいつは僕が後でなんとかするからホントに追い返していいから」
 そう言って僕は布団を顔半分が隠れるくらいまで引き上げて目を瞑る。
 佐伯虎次郎は僕の幼馴染み。小さい頃僕は千葉にいてその時の友達だ。近所に住んでいる謎のお爺さん、通称オジイに幼かった僕たちはテニスの楽しさを教わった。そして東京に引越しした僕はテニスを続けたくて弟の裕太とテニススクールに通うようになったんだ。
 そして中学に入って試合で佐伯と再開した。お互いにテニスを続けていたおかげで再開できたのだけどお陰様で余計なことになった。
 その佐伯は地元の千葉の高校を卒業後なんと僕と同じ青学の大学部の商学部にやってきた。
 青学にやってくるというのは何も聞いていなくて大学部入学式の前日にいきなり「俺も明日から青学商学部だから」というメールをよこしてきた。
 佐伯はテニスの実力はもとより人当たりがよくて面倒見もよくてすぐにほとんどエスカレーター組だった青学テニス部に打ち解けた。そして宮崎にある医学部に進学したが為に東京の本校から離れることになった大石の穴を見事に埋めて副部長として部長の手塚のサポートをこなしたのだった。
 そして卒業後、彼は貿易会社に就職して間も無くフランスに赴任となり僕も日本と海外とを行ったり来たりで会うことがなくなってしまった。
 お互いを繋いでいたのはお互いが持っている海外対応の携帯電話のみ。
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 不二が体調を崩した。
 空港から電話が掛かってきて迎えに来て欲しいという不二の声がとても弱々しくて、俺は慌てて車を空港までとばした。
 ロビーの椅子に深く凭れて浅く眠っている不二の姿は今までに見たことがなくて本当に弱々しい姿だった。だからこそ俺はこれは一大事だと思った。
 車中助手席の不二はずっと眠っていてマンションの駐車場に着いた時起こしていいものかどうか躊躇ってしまったがここで眠るより自分のベッドで寝た方がいいので無理矢理起こした。
 ホント何もかもがはじめて見る不二の姿だったので俺の方が驚いてしまった。
 車内で眠って少しは楽になったのか起きた不二は普通に起き上がって家までスタスタと歩きだした。荷物は俺が持ったけど・・・
 けどそれも不二の気丈な姿だったみたいで家に入るや否や玄関で靴を脱いだ途端しゃがみこんでしまった。
 「わわっ!不二、大丈夫!なわけないよな。俺の肩に捕まって」
 そしたら不二は黙って俺の肩に捕まってなんとか不二の部屋まで送る事ができた。
 けどベッドに横になった不二はぐったりしていたのでこのままじゃいけないので俺がネクタイを緩めてスーツを脱がせて楽なパジャマを着せようとしたら突然起き上がって「自分で着替えるから」と不機嫌そうに言った。
 やっぱ他人に着替えさせられるのって不二のプライドを傷つけたのかもしれない。
 俺が小さく「ごめん」って言ったら、不二の奴無理矢理笑って
 「着替えさせるのって難しいだろ?これくらい何とかできるから体温計を持ってきてほしいな」
 と言ったんだ。ホント不二の奴無理してるよ。
 そして体温計を取りに行って戻ってきたら不二がめずらしく眉間に皺を寄せて(まるで手塚みたいだ)携帯電話の画面を眺めていた。
 
 
 不二の携帯電話にメールをよこしてきたのは不二の幼馴染みの佐伯虎次郎だった。
 フランスで仕事をしていてこの度日本に戻ってきたという内容だったらしいんだけどそのメールが届いてから不二はますます不機嫌になった。
 
 幼馴染みが帰ってくるってのに不二は何を怒っているんだろう・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
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