〜 ten years after 〜 10年後の日常

† ツヨガリ †




次に目が覚めたらもう夜の9時だった。
気が付けば寝汗をかいたらしくパジャマがぐっしょりと濡れていた。
おかげで熱はひいたみたいで妙に頭がすっきりしているけど汗が染み込んだパジャマが肌に張り付く感触がいまいち気持ち悪くて着替える為に起き上がった。

バスルームの前に置いてあるタオルを取りに行こうとして自室を出たとき、リビングからTVの音と共に談笑が聞こえてきた。





「何だ佐伯、まだいたの?」
「不二っ大丈夫か?俺が帰ってきても気付かずずっと寝てたから心配したぞ」
「おや、眠り姫が起きなすったか。大分と顔色良くなったじゃん」
「すごく楽になったよ。もう熱も下がったみたいだよ」
「よかったじゃん、やっぱ佐伯に来てもらってよかったよ」
「佐伯のまずいおかゆを食べて冷や汗かいて熱が下がったんだよ」
「まずくて悪かったな!」
「佐伯ぃ〜、一体何作ったんだ?」
「普通のおかゆだよ!!でもまあ何はともあれ不二が元気になったんだからいいじゃないか。じゃあ俺帰るわ」
佐伯はさっさとソファから立ち上がると側に置いてあった薄手のジャケットに袖を通した。
きっとフランスで買ったジャケットなんだろう。
どことなく上品で、でもカジュアルっぽくて、
誰に対しても人当たりが良くて好印象を与える佐伯に似合っていると思った。
「佐伯、今度は不二が元気な時においでよ」
「そうだな。そうするよ」
佐伯は英二ににっこりと微笑んでから僕に近寄ってきた。
「じゃあな不二、頑張れよ」
軽く僕の右肩に手を乗せて含み笑いをしながら言った台詞はきっと昼間に暴き出した僕の本心のことを言っているのだろう。

なんかムカツク・・・・・・






* * * * * * * * * *

嵐は去った。
僕は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し一気に胃に流し込む。
大量の汗をかいて水分を欲しがっていた僕の体に染み込んでいく。

「不二、熱下がってよかったな。やっぱ佐伯に来て貰って正解だったよ」
「何で佐伯を呼んだんだよ」
僕はペットボトルを握り締めたまま英二を振り返った。
「佐伯が来たいって言うし・・・それに不二が本音で喋れるのって佐伯だけじゃん、そういう気を使わないでもいい奴が側に居た方が不二にとってもいいし・・・」
僕はペットボトルを危うく落とすところだった。
佐伯が僕にとって気を使わずに済む唯一だって!
「幼馴染みだからお互いに知りもしないでいいような余計なことまで知っているだけだよ。大学4年間ずっと一緒だったしゼミまで一緒になってしまったしね」
「そうそう、そういう奴っていざとなったら頼りになるんだよな。だから今日みたいに不二が病気の時は本音を出せる佐伯が居た方がいいわけ。だいたい不二って日頃は人に合わせてにこにこしてるけどさっきみたく『料理がまずい』なんて言えるのって佐伯だけじゃん」
「・・・・・・・・・」
僕は二の次が言えなかった。
英二がそんな風に見ていたなんて。
言われてみれば確かに僕は佐伯にだけは言いたい放題言っている。
あいつは僕の本性を知っているから。
そして僕もあいつの本性を知っているから。
ただの「類は友を呼ぶ」だと自分では思っていたのだが英二にとって僕らはお互いに気を使わないでいられる幼馴染みに映っているらしい。
そしてこの「類友」な二人が実は恋敵の関係にあることや、その恋する相手が他ならぬ英二だということも当の本人である英二は何も知らないんだ。
おめでたいと言えばおめでたいけど本音を言えばこのまま気付かないままでいてほしい。
「・・・・・・ありがとう、英二」
「え?」
「英二が僕のことそこまで思っていてくれたなんて、でもこんな熱出してみっともない格好を平然と晒せて空港まで迎えに来て欲しいと甘えたのは英二だからだよ。僕は佐伯だけじゃなく英二にも感謝している」
「不二・・・」
「ありがとう、英二」








* * * * * * * * * *


ベッドに仰向けになってぼんやりと白い天井を見上げる。
白は浄化作用や落ち着かせる色だと聞いたことがあるがまさに今の僕を浄化してほしいと思ってしまう。
英二に感謝の言葉を言ったのが危うく告白になりそうになった。
今日の僕はどうかしている。
人の所為にはしたくないのだが、佐伯の所為にしたくなる。
結局あの後僕は「まだ頭がフラフラするから」とそそくさと自室に入ってしまった。
でも英二は純粋だからきっとごく普通の病人の看病のお礼だと受け止めてくれるはず。
同性を好きになってしまったこの僕の汚れた想いには気付かないだろう。




とにかく今日はこのまま寝てしまおう。
そして
明日から再び「親友」という仮面を僕は被る。






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