| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † 剥がれる仮面 †
 
 
 
 
 「明日は快晴、絶好の撮影日和」
 
 夕食後リビングのTVのニュースで天気予報を見て僕は明日の天気を確認する。
 「れ?撮影会に参加すんの?」
 案の定英二が問うてきた。
 「撮影会じゃなくてちょっと車で遠出して山の方に撮影に行けたらいいなあなんて考えていたんだよ」
 「へえ〜、そうなんだ」
 「明日の日曜日、英二は何か用事あるの?」
 「うんにゃ、特にないよ」
 「じゃあ一緒に行く? T山の近くにかやぶき屋根の集落があって観光名所みたくなってるんだ。美味しい草餅があるお茶屋さんもあるんだってさ」
 「えっ!行く行く!かやぶき屋根見たいし美味しい草餅食べたいし!不二の撮影の邪魔はしないからさ、連れてってよ」
 「OK!」
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 
 というわけで僕らは今、山の麓の集落の中を歩いている。
 
 これは僕にとっての試練。
 自分自身への試験。
 
 ちょっと誘いをかければ英二がついてくることくらい僕には予測がついた。
 そしてあえて二人だけで外出をする。
 これは僕にとっての試練。
 再び「親友」という仮面を被った僕が英二と外出して(僕にとってはデートのようなものだ)どこまで理性が保てるかという試験。
 
 初夏で天気もいい所為かそのかやぶき屋根の集落は僕のような撮影目当ての人や道端でイーゼルを立てて絵を描いている人やピクニック気分の家族連れや観光バスでの団体客まで来ていて結構賑わっていた。
 「見て英二、この郵便ポスト」
 「うわっ円柱じゃん!昔こんなのがあったってのは聞いてたけどはじめて見たよ」
 「せっかくだから撮影しとこう」
 僕が愛用のライカを昭和初期のポストに向けて撮影を始めると英二は後ろで黙って見ている。
 「酸素が濃いね」
 「オゾン層が綺麗だね」
 「何だよソレ」
 「あはははは」
 かやぶき屋根の集落はポストだけでなく集落すべてが昔のままだった。
 まるで時間が止まってしまったかのような空間。
 日頃都会の雑踏で生活している僕らにはとても癒しになる。
 「たまにはこんなのもいいね」
 「何が?」
 「僕らって日頃都会の波にもまれてるから」
 「現実を忘れそうだね。というか子供に返った感じ」
 そう言われて僕はハッと英二を見た。
 英二は静かな目で遠くの山を見つめていた。
 その姿が少年時代の英二の姿と一瞬ダブった。
 いつも動き回っていて生傷が絶えなかった英二。
 いつも明るくてクラスやテニス部のムードメーカーになっていた英二。
 笑いの中心には常に英二がいて、
 英二がいるだけでその場が明るくなる。
 
 僕はそんな太陽みたいな君に惹かれた。
 
 
 
 
 
 
 「・・・じ、不二っ!」
 「え?」
 「え、じゃないよ。ボーっとしてどうしたんだよ」
 「あ、昔を思い返していた」
 「昔?」
 「中学の頃のこと、10年経つのってあっという間だなと思った」
 「そうだよな、卒業アルバムとか見たら今って皆おっさんになってるじゃん」
 「おっさんって・・・・・・」
 「手塚はあんま変わんないんだけどさ」
 「それは年相応じゃなくて顔相応の年になったんだよ」
 「それって何気に暴言じゃない?」
 「聞こえてないから大丈夫だよ」
 「そーゆー問題かっ!」
 
 
 10年の年月なんてあっという間
 当時の仲間達はそれぞれの道に進んでしまっている
 僕もあの頃と比べて変わっているだろうし
 君もずいぶんと変わっている
 けど
 君はあの頃と同じように今僕の隣で笑っている。
 
 
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 心地よい田舎風景を堪能して僕らは帰宅した。
 マンションの駐車場に着いた時、助手席の英二はすっかり熟睡していた。
 英二も日頃の疲れが無事取れたのか幸せそうな寝顔で起こすのが勿体無いと思った。
 けどそんなこと言ってられない。
 「英二、英二、着いたよ」
 「・・・・・・・・・」
 「英二ってば!」
 肩を揺さぶっても深く寝入っている英二はなかなか起きようとしない。
 僕は溜息をついてそんな英二の寝顔を眺める。
 こうして見てみると英二は実年齢より若く見える。
 まだまだ張りのある頬にぷっくりとした唇。
 自然と手が伸びる
 
 
 何やってんだ僕はっ!
 慌てて英二の頬に触れた右手を引っ込める。
 しかし英二は気付かずに眠ったまま
 もしかして今なら・・・・・・
 僕の脳裏をよぎる浅ましい欲望
 「英二、起きないの?」
 僕は英二の唇にそっと人差し指をあてる。
 艶のいい薄紅色をした柔らかな唇
 まるで魔力を持っているかのように
 引き寄せられてしまう。
 
 英二の頬にそっと両手を添える
 そして
 僕は
 ゆっくりと顔を近づける
 
 
 自分の唇に英二の体温をやわらかく感じる
 軽く重ねただけなのに
 そして僕が一方的に唇を押し当てただけなのに
 唇に感じる英二はとてもあたたかくて
 歓喜で僕の体に電流が走った。
 
 素敵だった
 
 
 そして同時に湧き上がったのは
 
 自己嫌悪
 
 
 
 
 僕にキスをされたのにまだ英二は気付かず眠っている。
 
 だめだ
 このままだと
 僕は自分を抑えられない
 
 
 剥がれる仮面
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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