〜 ten years after 〜 10年後の日常

† とっておきのおはなし †



「どうしたの海堂?久しぶりじゃん」
英二が告げた懐かしい後輩の名前につい反応して英二を見つめる。
あの寡黙な後輩が電話してくるなんて珍しいことだ。
きっと青学の後輩の身に何かが起こったんだ。
僕は瞬時に察した。


「・・・結婚するの?え!妊娠!」

英二の言葉に驚いて英二を見つめる。
英二はそんな僕に気付いてくれて海堂に「ちょっとゴメン」と一旦携帯を離した。
「桃が結婚するんだって」
「桃が?ひょっとしてずっと付き合ってた橘の妹?」
「うん、杏ちゃんが妊娠しちゃったんだって。だから所謂『できちゃった結婚』で、式は身内だけでするらしくて二次会でかつての仲間を集めているんだって。幹事が荒井でサブが池田。で、海堂も手伝う羽目になったらしくて俺に先輩代表のスピーチしろって言ってきた」
「いいじゃん英二、スピーチやったら?君は桃のことずいぶんと可愛がってたじゃない」
「ええ〜、出来ないよ。それに何言ったらいいか判らんないし・・・」
英二は心底困った表情をしている。僕は英二の手に握られていた携帯を取り上げた。
「もしもし海堂?久しぶり、不二だよ。」
「ふ、不二先輩!菊丸先輩と一緒にいたんですね」
「桃が橘の妹を孕ませたんだって。桃もしくじったね、まだ23なのに人生の墓場に入るなんて。まあ桃たちが幸せならいいんだけど」
「・・・・・・桃城はそれで幸せです。本当に彼女のこと大切にしていますから。」
僕は驚いた。海堂が桃を庇うようなことを言うなんて。
学生時代ライバル同士の二人は些細な事ですぐにぶつかりその度に大石が止めに入っていたものだった。
熱い二人はまさに一触即発状態を保ちながらもお互いを高め合い自分のプレイスタイルに磨きをかけていった。そして僕らが引退した後新部長になった海堂は「鬼部長」として恐れられ、そのフォローに副部長の桃が走り回ったとのことだった。その次の年は越前が「冷めた部長」として恐れられ、そのフォローに副部長の加藤カチローが走り回ったそうだ。
どうやら青学テニス部の部長は鬼で無表情でそのフォローに人当たりの良い副部長が回っているという図式が出来上がってしまったようだ。
僕が入部した時の大和部長はそうでもなかったんだけどな・・・
時代は回り、人も変わっていく。
不変なものなんてないんだ。
電話の向こうの海堂も社会人になって変わったのだろう。
いつまでも学生気分じゃ社会の荒波に乗ることはできない。
そしてあれだけ反発していた桃のことも理解している。
目の前にいる英二もどこか変わっているのだろうか?
確かにスーツ姿の英二はどこから見ても立派な社会人だ。
そしてふと考える。
僕も変われたのかな・・・?
10年前と比べれば確かに勉学した知識も増えて身をもって経験した社会的知識も増えている。
けれどそれはあくまでも表面的なこと。
内面の僕はどうだろう。

「海堂、英二には僕がちゃんとスピーチさせるから大丈夫だよ」
「ちょ、ちょと不二!何言ってんだよ!」
慌てて抗議をする英二を僕は制する。
「文章は僕も一緒に考えるよ」
「・・・おっし!じゃあ何言うかは不二が考えてくれよな」
「何言ってんのさ、『僕が』考えるじゃなくて『僕も』考えるんだよ」
「あのー、先輩方・・・・・・」
「あ、ごめんね海堂。とにかく僕が責任持って英二にスピーチさせるから安心していいよ。それに君も色々とお手伝い大変だね」
「あ、いえ・・・そんなことないっス」




* * * * * * * * * *


「ただ今ご紹介にあずかりました菊丸と申します。
桃城君、杏さんご結婚おめでとうございます。
本日はおめでたい席にお招き頂き、また先輩代表としてスピーチする機会を頂き大変うれしく思っています………なんか固くねー?」
「スピーチ例文集に載っているのなんてこんなのばかりだよ。でも別にいいんじゃないの?青学の面子ばっかりじゃないんだから」
「それもそうだにゃ〜」
「・・・お取り込み中のところ悪いんだけど二人とも夕食できたわよ」
「サンキュー美香姉!」
「ありがとうございます」
土曜日の午後栄養士をやっている英二のすぐ上のお姉さんの美香さんがやってきて夕食を作ってくれた。
前日に英二がレシピについていろいろ電話で質問してたらお姉さんが「実際に行って説明した方が早い」と来ることになったのだ。
「ところで・・・」
美香さんはエプロンを外して英二に手渡した。
「このエプロンはあんたの趣味?」
「不二の悪趣味だよ!」
「誰が悪趣味だよ!」
「買って来たの不二じゃん!」
「手塚の罰ゲーム用だよ」
「ひょっとして手塚君に着せたの?」
「着せたよ」
「・・・・・・・・・」
「姉ちゃん何黙ってるの」
「鬼部長って呼ばれてた人でしょ?」
「鬼だけど不二は魔王だから手塚より強いの」
「ちょっと英二、僕のことそういう風に見てたんだ」
「あはははは、不二君って結構怖いんだ」
「そんなことないですよ・・・」

英二のお姉さんの料理はさすがにプロの栄養士だけあって見た目にもバランスがとれたものだった。
そして味付けは英二と全く同じだった。
いや、英二がお姉さんと同じ味付けなんだろう。
さすが姉弟だ。
「ところでスピーチの方はどうなの?」
「う〜ん、マニュアル通りにやれば簡単なんだけどそれだと何か味気ないよなあ、なんかもうちょっとオリジナリティーがいるかな」
「桃城君ってよくゲームしに遊びに来てた後輩君でしょ。あんたすごく可愛がってたじゃない」
「そうだよ。けどゲームしすぎてコントローラーが指にあたるところにタコができてラケット持つのが辛い時があったとか暴露をスピーチに盛り込むことできないじゃん。橘兄貴だっているし」
「女性の立場からだと自分の結婚相手の友達とかがどんなこと言うのかって気になるものですか?」
僕はふと英二のお姉さんに聞いてみた。せっかくここにもうひとりいるのだから知恵を借りるのも悪くない。
「そういやこの前職場の先輩の二次会に行ってきたんだけど先輩の旦那の職場の上司って人がスピーチでベタ誉めでね。でもあまりにもベタベタに誉めると返って白々しくって最後にはなんだか興ざめだったわ」
「そっか、誉めすぎても駄目だし加減が難しいよなあ」


そして僕達は二次会までの数週間の間「ああでもないこうでもない」と頭を悩ませることになる。




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