〜 ten years after 〜 10年後の日常
† どんなときも †
待ってほしいと思ってもその時はやってくるものでこんな時だけ「時の流れ」というものをしみじみと感じてしまう。
英二は「小学生の頃のインフルエンザの予防接種の時に並んで待っている時間がやたらと短く感じた。その時に似ている」なんて言っていた。
僕達は今、桃の結婚式の二次会会場の前に来ている。
結婚のお祝いスピーチとインフルエンザの予防接種と一緒にするなんてそれはいくらなんでも桃たちに失礼だよ・・・
「お、ここだよ不二!うわー『武さん杏さんおめでとう』なんてプレートがあるよ!」
英二は会場の入り口に置かれた洒落たプレートを見てはしゃいでいる。とても数時間前までスピーチが嫌だと駄々をこねていたとは思えない。
久々に気分屋の英二を垣間見た気がした。
「不二、何笑ってんの?」
「え?そう?」
「何か俺の顔見て笑ってた!あー、俺がスピーチするのを面白がっているんだ」
英二が拗ねた顔で僕を睨んでいる。ホントくるくるとよく変わる表情だ。
「何か英二を見ていたら楽しくって」
* * * * * * * * * *
二次会の会場であるフレンチ料理店の最寄駅が新宿だったので僕達は電車で新宿に向かった。どうせ会場でアルコールを飲むだろうから車で行くのはやめておいたほうがいい。
家を出るときに「覚悟を決めた」と言っていた英二の表情は硬くまるでテニスの試合前そのものの表情だった。スピーチが嫌だとか言っていても英二が特に可愛がっていた後輩の祝い事なのだから内心はしっかりと務めようと考えているのだろう。
しかし新宿駅に到着した途端英二はまるで地方から出てきたオノボリサンのように東京都庁の高層庁舎を眺めてただ黙って突っ立っていた。
「どうしたの英二?行くよ」
「あ、うん。なんか都庁見るの久しぶりだったんで・・・」
「そうだよね。僕達東京都民なのにそのシンボルの都庁ってほとんど見ないよね」
「なあ不二、ちょっと時間あるし都庁の方に行ってみない?」
「いいよ」
土曜の夕方の所為か都庁前の道路も閑散としていてぶらぶらと歩くには最適だった。
人がいない所為か都庁は魂の無いただのコンクリート建造物と化していて僕らを見下ろしている。本当に冷たく無機質な存在に見えてくる。
「ここに来ると自分がとてもちっぽけな存在に思わねー?」
「どうしたんだい?急に」
「だってこんな高いビルの間にいると自分って小さいなーと思うじゃん、それに都庁だから偉い人ばっか集まるところだし・・・」
ビル風が吹き抜けて僕のまっすぐなサイドの髪が顔にかかって咄嗟に目を瞑った。
ビル風は嫌い。建物によってよって吹くコースが定められているから。やはり風は気のまま自然のままに吹いている方が心地よい。でも乾あたりなら「風の吹くコースが判っているのだからそこを避けて通ればよい」って言うだろう。嫌なことも見方を変えればいくらでも利用はできるものだ。
「英二、せっかくセットした頭がぐちゃぐちゃだよ」
僕は風に煽られた英二のくせのかかった髪に手を伸ばして元通りになおしてやる。おとなしくされるがままの英二。
「サンキュー、不二」
「今日って越前も来るのかな?」
「乾が連れて来るって行ってたよ。あいつも桃にはすごく懐いていたし」
「そだね。英二と桃と越前の縦トリオっていつも仲良くて楽しそうだったね」
「縦トリオってなんだよう!」
「あはははは、今晩は久々に再会した縦トリオの撮影をバッチリ撮影させてもらうからね」
「げっ、やっぱお前カメラを持ってきたんだ」
「あたりまえじゃないvv」
「ねえ、英二」
「何?」
「越前のようにチビでも頑張っている奴だっているんだよ」
英二が振り返って僕を見つめる。
少し驚いた顔。
「確かにここにいれば自分なんてちっぽけな存在だけど背が高いとか地位が高いとかじゃなくて僕たちは日々の生活で自分なりに頑張っているんだ。英二が頑張っているおかげで年金生活を上手にやりくりできているおばあさんもいれば僕が頑張っているおかげでタイの山奥の村で学校が出来て勉強できるようになった子供もいる。世間には認められていない小さなことだけど僕達が頑張っていることで喜んでくれる人がこの世の中にいるんだよ」
黙ってにっこりと微笑む英二。
英二が後ろ向きなことを言ったのを僕は初めて聞いた。学生時代は何があってもプラス思考で乗り越えて周囲を和ませてくれた。そしてテニスの試合では力の差が歴然だと分かっていてもそれでも神奈川の強豪である王者立海大に立ち向かって行った。
らしくない。
英二らしくない。
でもそんなことを僕に言えるだろうか。「英二らしさ」は僕が決めることじゃない。僕に決められる決定権も権利も無い。
けど、そんな英二は見たくない。
「そろそろ時間だから行こうよ」
英二が踵を返して会場の方へ向かって歩き出した。
僕もあわてて英二の背中を追いかける。
大学入学式の時にお互いのスーツ姿を見て笑いあったのが嘘に思えるくらい今の英二にはスーツがよく似合っている。
そんなことを思いながら英二の背を見ながら歩いていると正面から吹き付けてきた風と共に英二の声が届いた。
「ありがとう、不二」
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