〜 ten years after 〜 10年後の日常
† To Love You More †
店に入ると受付に荒井がいた。
「不二先輩、菊丸先輩、お久しぶりです。菊丸先輩スピーチをよろしくお願いします」
荒井はすっと立ち上がってご丁寧に挨拶をしてきた。
「まかしといてんvvばっちりスピーチしちゃるから」
「スピーチの内容は殆ど僕が考えたんだけどな・・・」
「不二ったら!!!!」
「あはははは」
「青学の先輩方は殆ど集まっていますよ。さあどうぞ」
僕たちが店内の奥へ行くと乾・越前・大石・タカさん、それに佐伯と手塚がいた。
「やあみんな久しぶり」
「不二、英二、二人とも元気そうだな」
「元気だよん。大石こそ研修医で大変そうだね」
たちまちその場が同窓会会場になった。
今年宮崎にある青学医学部を卒業した大石は都内の病院で整形外科医を目指して現在研修医として働いている。高等部時代に大学進路を医学部にすると聞いたときに大石はすまなそうな顔をしていた。何たって東京の青学本校には医学部はない。何故か宮崎に医学部と医学部付属病院があるのだから同じ青学にいても離れ離れになるのだ。
『ごめん英二、大学ではペア組めない』
大石の言葉がよみがえる。
けど英二はにこにこ笑ってこう言った。
『俺は大丈夫だから、大石と組めなくてもまだ手塚と不二と一緒だから。大石はスポーツ医師になって手塚みたいに怪我をした選手の治療やリハビリをするのが将来の夢なんだろ?一人で宮崎に行く大石のほうが大変じゃないか、俺の心配より自分の心配をしろよ』
自分の決めた道に向かって着々と歩いている大石は活き活きしている。
乾がトレーナーとして越前をサポートしているようにいずれは大石も医者として手塚をサポートするのだろうか。
近況を和気藹々と話しているうちにふっと会場の照明が消えた。
と同時にファンファーレのBGM、スポットライトが照らされて入り口から桃と橘の妹が仲良く腕を組んで入ってきた。
お似合いのカップルだと瞬時に思った。と同時に自分はこの店内に入ってから大石やタカさん等普段なかなか会えないかつての青学メンバーとばかり喋っていたけどこの二次会には橘兄は来ているのだろうか?家族だから式だけ参加して帰ったのかもしれない。僕は照明がおとされた暗い店内を見回した。
いた。
橘妹の友達の女の子の集団の脇に橘兄とかつての不動峰のメンバーが座っていた。やはり結束力強いや不動峰って。
ある意味こんなフレンチの店で青学と不動峰が雁首そろえて並んでいる図も変だと思う。時代劇風の言い方なら例えば江戸の町の火消しの不動峰組のかしらの可愛い妹をライバルの火消し青学組のかしら(手塚)の舎弟(?)であるいわば旗持ち役な桃に嫁に出すのだ。言い換えれば不動峰と青学が手を組んだことになる。
僕は相変らず固い表情をして桃達を見守る視線で眺めている手塚の横顔ををそっと見て町火消しのかしら姿をしているところを想像してみた。
似合いすぎ・・・
そんな余計なことを考えている間に海堂が僕たちのテーブルに近づいてきて打ち合わせするからと英二を連れて行ってしまった。
もうすぐ英二のスピーチだ。
僕は鞄から一眼レフを取り出して撮影の許可を得る為に受付の荒井たちのところへ向かった。
受付では進行スケジュールを書いたメモを見ながら打ち合わせをしている海堂と英二のうしろで荒井、池田、林の三人組が煙草をふかしながら司会のふたりのなれそめ話を聞いていた。
「やあここは喫煙コーナーかな?」
「不二先輩!」
「僕も一本吸わせてもらうよ」
僕は赤いマルボロのボックスから1本抜き取ると横から荒井が「どうぞ」と火を出してきた。
「先輩はマルボロなんですね」
「不二先輩に似合ってます」
「大学では吸ってませんでしたよね。勤めだしてからですか?」
「いや、19歳のころからだよ。と言っても僕は誕生日が遅いからなんだけど2回生の時からだから20歳からでも通じるかな?でも学内では吸ってなかったからね」
「そうだったんですか・・・」
「それよりもカメラ持ってきたんだけど撮影してもいいかな?もうすぐ英二のスピーチだし」
「撮るなら俺を撮らずに桃たちを撮れよ!」
言うや否や前で海堂と打ち合わせしていた英二が反論してきた。
「あはははは、じゃあ『英二も』撮るよ」
そうこうしている間に二次会は桃の勤め先の上司のスピーチがはじまった。海堂に聞いてみるとこの後が橘妹の友人代表でその次が英二だとのこと。
いよいよ本番だ。
英二は僕の隣でスピーチ用のメモを握って黙って前方でスピーチしている桃の上司の男性をじっと見ている。
今の英二すごく緊張している。
心臓がバクバクしているのだろう。英二の表情を見ていたら英二の鼓動が隣の僕まで伝わってくる勢いだ。そんな時だった。僕たちの後ろで荒井たちがヒソヒソなにやら言っていた。
「でもよう、あの女の腹の子ってホントに桃の子なんだろうな」
「どーゆー意味だよそれ」
「だってあの女って桃と正式に付き合ったのが高等部入ってからのことだけど桃と喧嘩する度に別の男のところへ行っていたもんな。まあ手近なところであそこにいる神尾とか伊武とかで大学の頃なんか一時期立海大の切原のところへも行っていたらしいぞ」
「ひょえー、立海の切原まで」
「切原もよく相手する暇があったものだな。試合だの選抜メンバーに選ばれたりだので相当時間に余裕がないハズなのにな」
「あいつの家が神奈川でも東京よりだからじゃないのか、小田急に乗ればすぐに東京に出てこれるらしいし」
「しかし荒井もよくそんな情報知っているなー」
「実はあいつらが喧嘩する度に桃に居酒屋に連れ込まれて愚痴ばっか聞かされてたんだ。あいつ見かけによらず泣き上戸なんだ。愚痴聞かされるこっちはたまんねーってば」
小声で喋っていたのだがそれは隣に居る英二にも聞こえたのだろう。ハッとして一瞬後ろを振り返ったけどすぐに何事も無かったようにまた前を向いた。
「・・・君たち、いくら小声でもそんなことをここでは言うべきことじゃないよ」
僕は堪りかねて周囲に気付かれぬよう彼らに諭した。
「すみません」
彼らは直ぐに素直に謝って黙ってしまった。
だいたいお祝いの席で内々の話といえどこのようなことは言うべきことではない。それに意外な事実を聞いた所為で英二がスピーチ前に動揺するのではないかと思うと英二が心配で気が気でなくなってしまう。
「荒井、今のは本当の事なの?」
英二が静かに振り返って小声で言った。
バカ!英二も何で荒井達の話に参戦してんだよ!
「英二っ!」
けど英二は僕の前に右手を差し出して「ちょっと待った」というポーズをとった。
「え!?まあ桃の奴が言ってたんで本当だと思うんですけど・・・」
「じゃあ桃は対抗して他の女の子のとこへは行ったりしたの?」
「いや、あいつはあの女ひと筋なんで・・・桃ってああ見えて一途な奴なんです。だから俺も正直桃のことが心配で・・・」
「じゃあ桃は杏ちゃんしか知らないんだ。そりゃ荒井も心配だよね」
「はあ・・・」
それっきり英二は黙ってしまった。
* * * * * * * * * *
「・・・・・・・・・簡単ではございましたが、これで私からお二人への御結婚の御祝いの言葉とかえさせていただきます。」
英二のスピーチが無難に終わった。僕たちが一生懸考えたお祝いの言葉。
「最後に杏ちゃんにお願いがあります。」
え?
英二何を言うの?
杏ちゃんにお願いだなんて文章は作った憶えもないし確か数時間前に最後の練習をした際にもなかったハズ。
だとしたら今速攻で英二が考えたのだろうか?
英二は真剣な顔をして橘の妹を見つめている。
「桃ってホント単純で喧嘩っ早くてバカな奴だけど、けど本当はめちゃくちゃいい奴で杏ちゃんのことをひと筋に大切に思っている。桃は昔から人情があって憎めない奴なんだ。だから…」
まるで思いつめたみたく英二は一気に喋った。
「だから…」
「だから杏ちゃんも桃のことはどこまでも信じて付いて行ってそして桃のことを守ってやってほしいんだ。本当に桃は杏ちゃんのことが大好きで大切だから、だから杏ちゃんも…先輩として、いや青学OBを代表としてこれだけは頼みます。どうか桃のことよろしく頼みます。」
そして英二は橘の妹に向かって深々と頭を下げた。
本当に心からお願いしているのが会場内の誰しもに伝わる。
桃のことを心底心配している先輩。
英二は急遽お祝いのスピーチを付け足したのだ。
それは荒井達の話を聞いたから。
いつでも一途な桃が居た堪れなくなったのだろう。
英二の最後の言葉と頭を深く下げた態度は僕の心を打った。
感動的だった。
* * * * * * * * * *
「菊丸さん、先程のスピーチ素敵だったわ」
一通りのイベントが終わって会食をしていると橘の妹の友人らしき女性が英二に近づいてきた。明るく健康そうな女性。顔はキレイというより可愛いという部類で英二が好みそうなタイプだ。
「あ、どうも・・・」
「はじめまして、私は杏の同級生で不動峰中女子テニス部部長をやっていた魚住です。私もダブルスだったので菊丸さんの試合はずっと拝見させていただいていました。アクロバットプレイはいつ見ても感激していましたわ」
「あ、それはどうもありがとう・・・」
「菊丸さんはお仕事は何なさっているの?」
「え、銀行員です」
「あら御堅いお仕事なんですね」
「はあ・・・」
「お仕事大変ですよね」
「ええまあ・・・」
魚住というオンナは積極的に英二に喋りかけている。下心ミエミエなんだよ・・・なんかムカツクなあこのオンナ。
でも英二の方は必要最小限しか答えず会話のキャッチボールがまるで成り立っていない。
おかしい・・・
大学時代合コンで盛り上げ役だった英二にしてはおかし過ぎる・・・
個人的に知っているオンナなんだろうか?
まるで避けているみたいな態度。
「あ、ごめんね。ちょっと桃に挨拶してくるから。実はココに来てまだ桃と話してないんだ。なんだか桃の奴も忙しそうで、今空いたみたいだから行ってくるよ」
英二は魚住さんを振り切って桃のところに駆け寄った。
魚住さんはなんだかあっけに取られている。
そして英二の隣にいた僕と目が合った。
「え〜と、不二さんですね。トリプルカウンターの天才と言われた・・・」
「あ、ごめん桃の撮影しなきゃいけないんだ」
僕は一眼レフを取り出して魚住さんに丁重に(一応)お断りをしてその場を去った。
あのオンナなんかムカツク。男なら誰でもいいのだろうか。だいたい『天才と言われた』じゃなくて『天才』なんだよ。僕のこと履き違えてるんじゃないよ。
視界の隅で佐伯が僕を見てニヤリと笑ったのが見えた。
しかし英二はこの日色々な女性から言い寄られていたけどそれらをすべてかわしていた。
やっぱりおかしい・・・
大学時代合コン大好きで女の子は本命だろうが友人だろうがいつも仲良くやっていたのに・・・
人を避ける英二ははじめて見た。
一体どうしたというのだろう?
人を避けていると言えばもう一人そんな人物に気が付いた。
越前リョーマ。
もともと人との接触を好む奴じゃないけれど決して自分から意図的に避けることはしなかった。なのに僕には分かってしまった。
越前は手塚を避けている。
続き>>
パラレル小説部屋へ
お聴きの曲はヤマハ(株)から提供されたものです。
Copyright(C) YAMAHA
CORPORATION. All rights reserved.
|