| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † tightrope †
 
 
 
 
 俺は今一生のうちでごく一部の人しか経験できないような奇特な状況下にいる。
 
 自分が勤める銀行に強盗!
 
 しかも立てこもり!
 
 おまけに俺、人質になってるよ!!!
 
 
 不思議と恐怖はなかった。
 周囲に同じ従業員達がいたから。
 1人じゃなかったから。
 でも人数が多いとうざいのかまず客を解放してしばらくしてから女性を解放した。
 俺たち男ばっかで入り口から一番遠い店舗の隅で壁際で床に座らされていた。
 犯人は4人。
 皆拳銃を持っているけどあれって絶対モデルガンだと思う。
 
 途中でどこかのNPOの人が食事と毛布を差し入れてくれた。
 渡されたおにぎりを食べながらふと不二はちゃんと晩飯食ってるかどうか気になった。
 確か明日からタイに3週間の出張だ。
 朝早くの飛行機に乗るから定時で帰って早めに寝るって言ってたけど俺がこんなんじゃ不二の事だから寝ずにニュースを見ていると思う。
 時計を見たらもうすぐ10時だ。
 『俺のことはいいからお前早く寝ろ』って連絡したいけど携帯を犯人グループに取り上げられたので連絡しようがない。
 日頃何気に携帯を使っているけどないと困るものだと思い知らされた。
 
 
 退屈だ。
 周囲の人と喋ると怒られるしかといってテレビとかラジオとか娯楽もないので俺は壁に持たれたまま座っていつの間にかうたた寝していた。
 そしてそんなに長い時間たっていないと思うけどしばらくして大きな物音がいきなりして目が覚めた。
 「警察の強行突入だ!」
 誰かが叫んだ。
 その時だった、
 俺たちの見張り役をやっている犯人グループの1人が警察が突入してきた入り口を向いたその隙に犯人に一番近くに居た従業員が座っていたパイプ椅子で犯人を殴りつけて犯人が怯んだ隙に拳銃を蹴り上げて遠くにやってしまっておまけに犯人の鳩尾にとどめを喰らわして犯人の1人を倒してしまったのだ。
 なんという勇気だろう。
 ダルタニアン
 何故だかわからないけど咄嗟に三銃士の主人公を思い出した。
 その勇敢な人は先日俺に今度本気でテニスをやろうと言ったT支店の支店長だった。T支店長は俺のように研修ではなくてたまたま用事があって本店に来ていて事件に巻き込まれたのだ。
 「裏口だ!」
 見れば裏口に警官数名がいて手招きしている。
 残りの犯人グループは正面入り口から突入した警察(機動隊なのかな?)と応戦中で逃げるなら今のうちだ。
 俺達は裏口に向かった。
 
 
 
 「お前ら姑息な真似しやがって」
 犯人の声が聞こえた。
 そして犯人がT支店長を狙って銃を構えたのが視界に入った。
 
 
 バァァーーーーーーーーンッ・・・・・・!
 
 
 無意識のうちに体が動いていた。
 俺の動体視力はまだまだ健在かも。
 犯人が引き金を引く瞬間俺の足は地を蹴ってT支店長を体ごと突き飛ばしていた。
 勢いあまって左肩を床に強打させてしまった。
 左肩に走る激痛。
 そして同時に右頬に感じるかまいたちに遭ったような空を切った感じのわずかな痛み。
 
 
 バァァーーーーーーーーンッ・・・・・・!
 
 
 二発目の銃声は警官がT支店長を撃った犯人の手首を撃ったものだった。
 持っていた拳銃が弾き飛ばされ宙を舞う。
 そしてその隙に周囲の警官たちに取り押さえられた。
 
 「う・・・・・・」
 くぐもった呻き声で体を起こせば俺の前でT支店長が頭を抱えて倒れていた。
 俺が勢い良く突き飛ばした所為で机に頭をぶつけたらしい。
 「すみませんっ、T支店長!大丈夫ですか!?」
 俺は体を起こして近づいた。
 「菊丸君、君の方こそ大丈夫じゃないだろう」
 研修中俺を指導してくれている本店の営業課長が近づいてきた。
 「「「うわーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」」」
 入り口の方で突然沸き起こった大歓声。振り返ればどうやら警察が犯人全員を取り押さえたみたいだった。
 「菊丸君、右頬・・・・・・」
 営業課長に言われて右頬を触ってみた。
 ねっとりとした生暖かい感触に離した手を見てみると手の平が鮮血で真っ赤に染まっていた。
 「ええっ!」
 T支店長を突き飛ばした時に感じた右頬をかすめた僅かな痛み、あれってひょっとして・・・
 「・・・流れ弾が掠った???」
 「流れ弾じゃなくて銃弾そのものが掠ったみたいだが・・・」
 「えええーーーっっっ!!!」
 慌てて右頬をハンカチで押さえた。銃弾が掠ったと認識した途端右頬がヒリヒリと痛んできた。
 俺、銃弾食らっちゃったよ・・・。
 モデルガンじゃなかったんだ・・・。
 まるで刑事ドラマの世界だ。
 銃で怪我したらええと・・・たしか「その手の病院」ってとこに行かなきゃいけないんだ。
 「その手の病院」だったら銃で怪我しても警察に通報される事はない。
 ドラマで銃で怪我した人が病院に運ばれて「警察にばれるとやばいぞ」「いや、ここはその手の病院だから大丈夫だ」と言っているやつ。
 って俺の場合一応巻き込まれた被害者だから普通の病院でいいじゃんか!
 混乱した状況で混乱した頭で物事を考えるとロクデモない。
 病院で栄養士やっていてあちこちの病院の裏事情に詳しい美香姉が以前「そういや○○病院って“その手の病院”だって。病院長と警視庁のお偉い人とどこかの親分さんと区のお偉い人が水面下で手を組んで銃弾で怪我して運ばれた患者がいても警察には通報せずに目を瞑るのですって、ドラマでやってるのって以外と事実なのね」なんて言っていた所為だ。
 
 「二人とも救急車に乗って下さい」
 俺とT支店長は救急車に乗せられて病院に直行することになった。
 
 
 
 
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 
 
 
 
 俺の頬は鋭利な刃物で切ったみたいで血が結構流れたけど傷口は思ったより早く塞がるだろうとのことだった。
 それよりも思いっきり床にぶつけた左半身の方が痛かった。
 こちらは単なる打撲だから数日で治まるだろう。
 T支店長も小さなコブが出来ていたけどレントゲンでも特に異常は見られず数日で治まるだろうとの診断でホッとした。
 
 時計を見たらもうすでに日付が変わっていた。
 終電もうないだろうな・・・
 タクシー呼ぼうかな?
 そう考えていたら治療室に一番上の兄と美香姉が入ってきた。
 「ヒサ兄!美香姉も!どしたの!?」
 「どしたのじゃない!お前を迎えに来たんだ」
 「菊丸君、無事で良かった」
 美香姉の後ろから俺の勤めるS支店の支店長まで入ってきた。
 「支店長!なんでここに・・・」
 「自分の部下が事件に巻き込まれているのに家でのんびりしている訳にもいかんだろう」
 「でもこんな遅い時間に・・・」
 「T支店の支店長を助けたそうだな、よくやった。さっきT支店長の様子を見てきたけど菊丸君のことを命の恩人だと言っていた。S支店に君のような行員がいてくれて本当によかった」
 「・・・そう言ってもらえるとありがたいです」
 「大変な目に遭ったし怪我をもしたことだから本店の常務から特別休暇が出た。今週いっぱいはゆっくり休みなさい。そして来週からS支店に通常通り勤務だ。本店は今後色々と大変だから一旦本店研修は打ち切りだ」
 「ありがとうございます」
 会社の配慮は有り難かった。このまま明日も出勤となるとかなり辛い。
 「英二、しばらく実家に戻ってゆっくりしなさい。不二君もいないことだし。さあヒサ兄の車で帰りましょう」
 美香姉に言われてようやく気付いた。
 「不二!?」
 「不二君ずっと私と本店の前で立て篭もり現場を見守ってたのよ。すごく心配してた。怪我したって聞かされたとき連絡くれた警官に『一般市民を護れないんですか!』って詰め寄ってたの。不二君本当に英二のこと家族みたいに大切に思ってくれているのね」
 「不二はどこ?」
 「ここに来たがっていたけど明日からタイに出張なんでしょう。だから帰ってもらったの、電車が動いている間にね。ヒサ兄も来てくれたから大丈夫だし不二君が出張でいない間は英二は実家で静養させるからと言ったら安心した顔で帰っていったわ」
 「そうか、さっきまで不二もいたんだ。朝早い飛行機に乗るって言ってたのに・・・心配かけちゃったな」
 「英二、不二君って本当にいい人ね」
 美香姉が優しく微笑んだ。
 そうだ、不二はいつでも友達思いでいい奴だ。
 今すぐ無事である事の報告をしたいけど夜中なのでそうもいかない。
 伝えたい事があるのに三週間も会えないなんて・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 
 
 
 
 「英二、無事でいて・・・」
 
 僕の祈りは通じたのだろうか?
 銃声が聞こえたけど死者はいないということだった。
 ただ数名怪我した従業員がいるとのこと。
 その中に英二の名があった。
 
 英二が銃弾で怪我をしたと聞かされたとき本当に目の前が真っ白になった。
 「英二が怪我!何で!警察は一体何やってるんですか!一般市民を護れないんですか!」
 無意識に警官に詰め寄っていた。
 「やめて不二君!」
 またまた美香さんに助けられた。
 今まで押さえていた英二への気持ちが一気に爆発しそうで自分でも怖い。
 「美香さん、僕実は明日からタイに三週間ほど出張するんです。怪我している英二を看ることができないんです。美香さんにお願いしてもいいですか」
 「ええっ!明日から海外出張なの!準備とかもうしたの?ここにいる場合じゃないじゃない。わかったわ、英二の怪我がどんなのかまだ分からないけどしばらくうちで引き取るから。実家にいるとなると不二君も安心でしょ。もうすぐ上の兄が車でくるから英二を連れて帰るわ」
 「ありがとうございます」
 「ありがとうって言いたいのは私の方よ」
 そして僕は一番上のお兄さんがやって来て美香さんを預けてから電車で家に戻った。
 命に別状はないとわかっていても英二が心配だ。
 僕も病院に駆けつけたいけれど出張の最終準備も必要で・・・
 英二が本当に血の通った家族ならこんなTVで全国報道された事件なのだから出張をドタキャンすることもできたかもしれないけど会社にとっては英二は同居人といえど所詮赤の他人だからそういうわけにもいかない。
 英二の無事をこの目で確認出来なかったのがとても悔しい。
 でも実家で静養するのだから安心だ。
 実家で美香さんと両親がいるところで安全に英二が生活するから大丈夫だ。
 ベッドに入っても神経が高ぶってなかなか眠れないのを「英二は大丈夫だ」と言い聞かせて無理矢理落ち着かせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 どれくらいしただろうか、うとうとし始めた時に玄関の方でガチャリという物音が聞こえた。
 「ガタンッ」
 小さな物音だったけどはっきりと玄関から聞こえた。
 泥棒?
 鍵をこじあけるピッキングとかいうやつだろうか?
 暗闇の中僕は起き上がった。
 そういや防犯グッズというものは置いていない。
 仕方がないので僕の“武器”とも言えるラケットを握ってそっと玄関に近づいた。
 
 暗闇の中そっと玄関に近づくとなんとドアを数cmあけて隙間から手を伸ばしてチェーンロックを外そうとしている奴がいた。
 そうか、ドアの鍵を開けられてもチェーンロックをかけているから中に入れないんだ。
 とりあえずこの不法侵入者をなんとかしなくてはいけない。
 「何をやっているんだ!」
 僕は玄関の明かりを付けてラケットを振りかざして不法侵入者に向かって叫んだ。
 「うわっ・・・!」
 「英二っ!」
 照らされた明かりの中、ドアの隙間から見えた姿は右頬にガーゼを貼った英二だった。
 「英二・・・どうして・・・・・・」
 僕は急いでドアのチェーンロックを開けて英二を家の中に入れた。
 「ごめん、起こしちゃったかな。実家に戻るにもとりあえず着替えを持って行こうと思ってここに寄ったんだ。不二が寝てるから起こしちゃ悪いから鍵を開けてそっと入ろうと思ったけどドアのチェーンロックのことをすっかり忘れていたよ。俺って馬鹿」
 苦笑いする英二の右頬の白いガーゼが痛々しいそうだけど比較的元気そうに見えた。
 英二の姿を確認したいという僕の気持ちが天に届いたのだろうか。
 「無事でよかった・・・」
 「ちょ、ちょっと不二!」
 気が付けば英二を抱きしめていた。
 温かい。
 英二は生きて帰ってくれたんだ。
 「銃声が聞こえたとき居ても立ってもいられなくなった。英二に何かあったらどうしようかと思った」
 「・・・ごめん不二、心配させて」
 「銃弾で怪我したって聞いて頭が真っ白になった。英二がいなくなったらどうしようかと思った」
 
 僕は英二をよりいっそう強く抱きしめた。
 
 もう止められない。
 
 我慢できない。
 
 「英二、ゴメン・・・」
 「えっ」
 
 何か言いかけた英二の唇を僕は自分の唇で塞いだ。
 そのまま軽く吸い上げて何度も何度も啄ばんだ。
 英二の唇は思っていた以上に柔らかかった。
 以前爆睡している英二にキスしたときは軽く重ねただけだった。
 でも今は味わうキス。
 
 「ふっ、不二!!!」
 唇を離した途端英二は驚いた顔で口を手の平で押さえた。
 「英二が好きなんだ」
 「えっ?」
 「ずっと好きだった。中等部3年の時初めて同じクラスになった時から・・・ごめん嘘ついていて。僕はホモだけど英二のことは友達で特別な感情持っていないって言ったけど本当は英二しか見ていなかったんだ。一時期はあきらめて友達としていようと言い聞かせたけどやっぱりダメだった。銀行強盗の事件に巻き込まれて英二の命が危ないかもって思ったらもうどうにも押さえられなくなってしまった」
 「・・・・・・・・・」
 「英二ゴメン、本当は誰よりも君を愛しているんだ」
 もう抑えられない。
 僕は驚いた顔で呆然としている英二を床に押し倒した。
 「!!!!」
 「英二を愛しているんだ」
 「ちょっと不二!」
 僕は英二の首筋にキスをしながらネクタイ緩めて首から抜き取りカッターシャツのボタンを外していった。
 「不二ってば!」
 頭上から英二の抗議が聞こえるけどもう止められない。
 英二を僕のものにしたい。
 前のボタンをすべて外して露わになった英二の胸の飾りを吸い上げた。
 「うわっ・・・」
 そのまま舌先で転がし空いている手で片方の飾りをつまみあげた。
 「くっ・・・ふ、不二・・・やめろって・・・・・・」
 抵抗して暴れようとした英二の腕を掴んで上着をすべて脱がせようとした。
 「いっ、痛い!!!」
 英二が左肩を押さえて苦痛な表情をした。
 見ると上着を脱がせて露わになった英二の上半身の左肩から腕にかけて包帯が巻かれていた。
 「・・・左肩打撲したんだ」
 手塚――――
 左肩を押さえてうずくまる英二を見て10年前、手塚が跡部との試合の最中に左肩の古傷が再発して苦痛の表情をしてコート上でうずくまった光景を思い出した。
 喜怒哀楽を表に出さない手塚の苦しそうな表情を初めて見た。
 口に出さないけど相当の激痛だったらしい。
 そして英二も今、手塚と同じ表情をしている。
 「ゴメン英二。僕どうかしてた」
 何てことだ怪我人を無理矢理モノにしようとしてたなんて・・・・・・
 僕は脱がした上着を再び英二に着せてやろうとしたけど「いい」と英二に拒否された。
 「下で美香姉とヒサ兄が車で待ってるからここに長居できないんだ。とりあえず着替え数着持ったらすぐに行くから」
 英二は僕を見ずにシャツのボタンをかけ始めた。
 「英二本当にゴメン、無理強いしたのは悪かったと反省する。でも僕の気持ちには偽りないから。英二がホモじゃないのは分かってる。だから受け入れてくれとは言わない。ただ英二のことをずっと好きだってことだけをわかってほしい」
 英二は黙ったままネクタイを結んでいる。
 僕の顔を見ようともしない。
 
 
 
 「不二・・・俺、人質になったり発砲されたり警察に事情聴取されたりして今頭の中ぐちゃぐちゃで何も考えられないんだ」
 
 そう言って英二は自室に入っていった。
 
 
 
 
 とうとうやってしまった。
 もう引き返せない。
 
 
 
 
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