〜 ten years after 〜 10年後の日常

† pure †



ある日帰ってみると英二がリビングのソファーでぐったりとしていた。
テーブルには会社指示でやっている通信講座の「窓口営業」だの「貸し付けリーダー」だのいかにも銀行員らしいテキストが乱雑に置かれていた。
「どうしたの英二?勉強し過ぎて疲れた?」
「わわっ!不二っ、帰ってたのなら『ただいま』くらい言えよ」
「言ったよ。でも返事がなかったんだよ」
「そっか、ごめん俺ぼ〜っとしてた。あ、ごめん!俺の方が先に帰ったのに晩ゴハン用意するの忘れてた!」
英二は慌てて立ち上がってキッチンへ向かおうとした。僕はそんな英二の肩にそっと手を置いて体を制止させた。
「いいよ、僕がやるから。英二は疲れてるんでしょ。座ってなよ」
「いや別に体は疲れてないから・・・」
「頭が疲れているんでしょ」
「(ー ー; お前ねー・・・・・・」
僕はテーブルに置かれてあるテキストの一冊を取り上げてぱらぱらと中をめくってみた。経済学の基礎的なことは大学の一回生か二回生あたりで単位稼ぎで勉強したことあるけどこのテキストの内容は専門的な事ばかり書かれていて素人の僕にはどうもよく解らない。

「・・・・・・今日差し押さえの現場に行って来たんだ」
英二はソファーに横座りして背凭れに躰を預けるように凭れながらつぶやいた。
僕は英二のテキストをそっとテーブルの上に戻して英二を見た。
「今日俺が訪問する予定の先方サンがさ、急に都合悪くなったんで社内でいろいろと書類整理してたら支店長が支店長の顧客で破産した小さな建設会社の社長さん家に裁判所の人とS銀行の担当者と行くってことで『菊丸、いい経験になるからお前も一緒に来い』なんて言われて支店長と一緒に行ってきたんだよ」
「S銀行も・・・?」
「そう、そこの会社ってS銀行と俺んとこから借り入れしてたの」
「ふ〜ん」
「で、その社長の家が結構大きな家だったんだけどさ、競売にかけられるってことになって家財道具とかも家の人は一切手をつけられなくってさ・・・」
「"差し押さえ"って貼り紙貼ってたの?」
「いや、そんなドラマみたいなことなかったよ。弁護士が用意したらしい何やらいろいろ書類を書いていたよ。債権のこともS銀行の人と支店長がやっててさ。俺はただ見てるだけだったんだ」
「へえ・・・」
「裁判所の人も容赦ないんだよね。社長も諦めきってて部屋の中央で両手挙げて降参のポーズとってたよ」
「・・・・・・・・・」
「それがその社長って大学生の子供が2人いるらしくって、だから二人とももう大学に通えなくなるんだって。大学生っていったらさ、俺とあんま歳変わらないじゃん・・・」
「・・・・・・そうだね」
僕も英二の横に腰を下ろした。
「俺、今日目の前で全財産を無くしていく人の光景を見てしまったよ」

僕はここではじめて理解できた。英二がぐったりしていた訳を。
単に疲れてるとか勉強のし過ぎで頭が痛いなんて単純なものではなくはじめて見る破産の光景に衝撃を受けて精神的にショックを受けていたのだ。
「ごめんね英二」
「何で不二が謝るのさ」
僕はテーブルに置かれたテキストを指差した。
「『勉強し過ぎて頭が疲れた』なんて言っちゃってさ、そんな大変な事見てきたんだね」
「それくらいいいよ別に」

「俺さ、兄弟が多くて両親も共働きだったけど中学から私立の学校に通わせてもらって恵まれた生活をしてきたからさ、あんなの見て凄くショックだった。俺だったらどうしようって思った」
「英二は優しいんだね」
英二は顔だけ僕の方に向けた。
「・・・でもさ、この仕事してたらこの先ずっとこんな処理自分が担当しなくちゃいけなくなるからさ、こんなのでいちいちへこんでいたらプロじゃないんだよな」
「確かにそうだよね。でも英二は今日が初めてなんだから別にいいんじゃないの。誰にだってスタート地点はあるもんだから今日のことは忘れないでこれから頑張っていけばさ。それに英二がいくら同情したってその社長さんは破産が白紙撤回するわけじゃないんだよ。無常な言い方かもしれないけど英二は銀行員なんだから破産した会社とすぐに取り引き停止の処理をするのが銀行側としての仕事だろ。仮に英二が手助けしたとして英二は一生その社長さん一家の面倒見切れるの?出来ないでショ?その社長さんやご家族には気の毒だけど破産した人が立ち直るのは当人たちが頑張らないとどうにもならないんだよ。だから英二は英二の役割を精一杯頑張ってよ」

英二は黙ったまま僕の顔をじっと見ている。
「不二ってやっぱ強いや」
「そう?現実を客観的に見過ぎているだけだけどな」
「違うよ、不二は強い。人間的に。昔からそう思ってたよ。手塚とはまた違う"強さ"があるんだよ。俺は手塚は、手塚には悪いんだけどなんだか人間じゃないような強さがあるように思ってるんだけどさ、あいつどっから見ても完璧だし。でも不二は芯が強い。一見とっつきにくそうだけど喋ってみたら凄く楽しくて親しみが持てて・・・でも芯はとっても強い。俺、実はお前のこと尊敬してたんだぜ」
「・・・・・・・・・」
「不二・・・」
「何?」
「・・・有難う、俺と仲良くしてくれて」


「ええと・・・それ、愛の告白?」
「(ー ー; お前ね〜っっっっっっ!!!!人が真面目に感謝してんのに何茶化してるんだよっっっ!!!!」
「あははははは、ごめんごめん。こんな僕に感謝してくれて有難う」

きゅう〜〜〜〜〜〜〜〜

途端、英二の腹の虫が鳴き出した。
「あ、腹の虫鳴ってるよ」
きっと英二の緊張はほぐれたんだろう。




「英二、今日はファミレスにでも行こうよ」











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