| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † 想いあふれて †
 
 
 
 
 人は守りにはいると弱くなるものだ。何故なら外側ばかり固めて中身が薄れてしまっていくから
 
 
 
 
 
 
 
 混線していた思考回路が徐々に復旧していく様が自分でも分かる。
 熱くなっていた僕の頭と心がだんだんと落ち着いてくるにつれて自分の周囲の状況を見渡せるまで余裕が出てきた。
 ここは僕の部屋。
 そして
 僕のベッド。
 バスローブを着せられ頭には氷嚢。
 
 何でこんな格好で氷嚢を乗せられて寝ているのか解らなかった。
 ただ白い天井を見上げてぼんやりとここに至るまでの経過を辿ってみる。
 確か風呂場で倒れて・・・・・・
 不覚だ
 思い出せない。
 こうやっているということは英二が運んでくれたのだろう。
 
 
 
 
 「英二?」
 先程から視界の隅に入っている人物がずっと気になっていた。
 僕をここに運び介抱してくれて、そして黙ってベッドの横で床に座って漫画雑誌を読んでいる。
 僕の部屋に居座っているのはきっと僕に何か異変があればすぐに動ける体勢にしていてくれているのだろう。
 「不二、大丈夫か?」
 英二は床に読みかけの漫画雑誌を置いて僕に近寄ってきた。
 「ごめん、迷惑かけちゃった。熱い湯を浴び過ぎてのぼせただけだから心配しなくてもいいよ」
 「ホント熱い湯だったよ。俺シャワーを止める時に火傷するかと思ったよ」
 「ちょっと熱い湯を浴びたくなってね。ごめん」
 「不二、ひょっとして疲れてた?」
 「え?」
 「だってずっと不二に運転を任せっぱなしだったじゃん。おまけに俺って帰りは熟睡してしまってたし・・・疲れてんのに運転させてごめん・・・」
 僕は二の次が言えなかった。
 まさか英二がそんなこと考えてたなんて思ってもいなくて・・・・・・
 
 「・・・・・・運転で疲れたわけじゃないから」
 「でも・・・」
 英二の声がなんか弱々しい、責任を感じているのだろうか。
 「でもも何もないの、そんなに自分のこと責めるならじゃあ今週一週間はずっと英二に食事を作ってもらおうかな?」
 「あ、やるやる!今週は俺が全部食事作るから不二はゆっくり体を安めなよ」
 「じゃあそうさせてもらう。ではまず僕喉が渇いたな〜、水ほしいな」
 「すぐに持ってくるよ!」
 英二は慌てて部屋を飛び出して行った。
 
 
 
 
 「ふぅ・・・・・・」
 鼻から大きく息を吐き出し僕は目を瞑った。
 英二はいつまでもピュアな心を持っていた。
 そのピュアな心に僕は癒される。
 
 生きていて良かった・・・のかな?
 
 
 
 
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 
 
 リビングのソファでうたた寝をしていたら風呂場の方から大きな物音がしてびっくりして目が覚めた。
 あわてて飛び起きて周りを見渡してみたが不二がいない。
 不二が風呂入っているのか?
 でもさっきの音が気になる。
 何だかんだ考えながらも俺の足は風呂場に向かっていた。
 
 やっぱり不二だ。シャワーの音が聞こえる。
 「不二、大きな音がしたけど大丈夫か?」
 俺は風呂場に向かって叫んだ。
 しかし何の反応もなし。
 「ふ〜じっ」
 コンコンと風呂場のドアをノックしてみる。
 またもや反応なし。
 しかしシャワーの音はしている。
 俺はドンドンと大きな音を立ててドアをたたいてみた。
 
 反応なし。
 
 おかしい。
 
 絶対おかしい。
 
 「不二・・・」
 俺はそっとドアを開けて中を覗いて見た。
 
 
 
 ドアを開けるや否やもあっとした熱気と湯気が俺の顔にかかる。
 不二はいなかった。
 「あれ?不二?」
 ドアを開けた所為で湯気が外に逃げだんだんと視界が明るくなる。
 「おい不二ぃっっっ!!!」
 
 不二は風呂場の床に倒れてシャワーを頭からかぶっている状態だった。
 
 
 
 「不二っ、不二っ!!」
 俺は急いでシャワーの栓を閉めた。その時掛かった湯がやけに熱かった。不二、こんな熱い湯を浴びてたらゆでだこになっちゃうよ。
 そして俺は不二の上半身を抱き起こし頬を軽くたたいて起こそうとした。
 しかし不二は何の反応もない。
 そして息をしていないように見えた。
 
 顔面に湯を被っていたわけだから息は出来ないだろう。
 俺の体から力がすう〜っと抜け、不二を抱えたまま俺は風呂場の床にしりもちをついた。床についた部分に水分が染み込んできて沸き起こってきた不快感よりも頭からサーっと血の気が引いていくのが自分でも判った。
 不二が息をしていない。
 
 
 
 
 それからのことはよく覚えていない。
 人間はパニックになると判断力が鈍るというがまさに本当だった。
 後から冷静になって考えればまず不二の脈を計ってから不二に心臓マッサージや人工呼吸という心肺蘇生をしたらよかったんだけど、消防署の講習を受けたことない俺はただ不二を抱えて呼びかけるしかなかった。
 何度も不二って叫んでしばらく経ってようやく救急車を呼べばいいと気が付いたとき不二の体が僅かに動いて不二がゆっくりと目を開いた。
 救急車を呼ぼうかと聞いてみたが不二は頭を横に振って拒否した。
 不二が目を覚ましたことで俺も安心したのか気持ちに余裕が出てきて不二の濡れた体をバスタオルで拭いてやってそれから不二の部屋に行ってバスローブ(海外出張に行った際どこかのホテルからそのまま持って帰ってきたらしい)を持って来て着せてやった。
 不二もとろんとしていたが俺がバスローブを持って来たらゆっくりながらきちんと腕を袖に通して(半分は俺が手伝ったけど)自分で着た。そして俺に掴まりながらもなんとか立ち上がることに成功した。
 俺、パニクっていたけど不二は熱い湯でのぼせて倒れていたらしい。別に脳梗塞とか難しい病気とかで意識不明になって倒れていたわけじゃなかった。
 
 なんとか部屋に運ぶのに成功してさて不二のベッドに寝かそうかとした時支えていた不二の体から力が抜けて倒れそうになった。しかし俺は間一髪で支え直す。
 「不二、あともうちょっとで楽になるからもうちょっとだけ頑張れよな」
 俺は不二の体制を立て直すために不二と向かい合わせの形で不二の腰を抱えて俺に抱きつかせて体を支えることにした。
 「・・・え、いじ」
 小声だがはっきりと俺の耳には聞こえた。不二のか細い声が、
 ちょうど俺に抱きつく形で不二の顔が俺の耳元にあるのだから聞こえたのだと思う。
 「何?」
 その時俺の背中にまわされていた不二の腕に力が入った。
 「・・・・・・ごめん、英二」
 「え?」
 「・・・ごめん」
 再び不二の腕に力が入った。
 不二に抱きしめられているような体制。
 俺は顔だけ不二の方に向けた。けど不二は俺の肩口に顔を埋めていてそれはまるで泣いているみたいだった。
 俺は何も言えず、そして何も出来ず、しばらくそのまま突っ立っていた。
 不二に抱きしめられているというより不二が俺に縋り付いている。
 こんな不二を見たのは初めてだった。
 この前不二が熱を出した時に言っていた言葉がふと頭に浮かんだ。
 
 
 『こんな熱出してみっともない格好を平然と晒せて空港まで迎えに来て欲しいと甘えたのは英二だからだよ。』
 
 
 滅多に感情を表に出さない不二が弱い部分を見せてくれた。
 不二が俺に心を許してくれたと素直に喜ぶべきなのかもしれないけど今の状況ではとても喜ぶなんて不謹慎だ。
 
 
 「不二・・・?」
 いつまでもこの体制のままじゃ不二だって辛いだろうからなんとかベッドに寝かそうと思って不二の体を支え直した。そこで不二の異変に気が付いた。
 不二はスースーと規則正しい寝息を立てながらすっかり眠ってしまっていた。
 
 
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 冷たいミネラルウォーターを飲んでようやく落ち着いた。
 落ち着くのと同時進行して次々と蘇って来る記憶。
 英二に濡れた体をバスタオルで拭いてもらったこと。
 バスローブを持ってきてもらったこと。
 英二の肩を借りて伝い歩きして部屋まで来たこと。
 そして・・・
 なんかどさくさまぎれに英二に抱きついていたような気がする。
 あれは夢だったのだろうか?
 けど、英二に確認するのもなんだか恥ずかしい。
 多分変なことは口走っていなかったと思う。
 
 このまま黙っていたら「のぼせていて頭がぼーっとしていて自分で立っていられなくて英二に抱きついてしまった」で通るかもしれない。
 下手に弁解なんかする方が怪しまれるかもしれない。
 
 
 兎に角僕がこんなに弱々しくなって倒れたり具合が悪くなったりしたら英二に迷惑がかかってしまう。
 同居人の僕がしっかりしていないと英二の生活サイクルまで狂わすことになってしまう。
 弱い僕は今日限り。
 
 僕は強くなる。
 
 英二が安心して日々の生活が送れるように。
 
 
 
 
 
 英二が大切だから英二が何の心配もいらない様に僕は僕自身を大切にする。
 
 
 
 
 
 
 
 
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