| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † 見る前に跳べ! †
 
 
 
 
 
 「英二、すごく肩凝ってるよ」
 不二が俺の肩や首筋をさすった。
 「起きられる?肩と首揉んであげるよ」
 確かに不二が言うように首筋が固まっている感じ、俺は言われるままゆっくりと起き上がった。
 
 「固いね、ガチガチだね」
 「そう?」
 「ちょっと痛いけど我慢してて」
 「うあっ!!!」
 不二の指が首の付け根のある一点を抑えて激痛が走った。
 「肩凝りに効くツボだよ。痛いってことは相当凝っているね」
 別に肩凝り症でもないのに何で俺こんなに肩凝っているんだろう・・・
 日頃凝らない分、凝ったら辛いのかもしれない。
 「うっ・・・・・・」
 不二の指は的確にツボを押していく。
 痛いけどなんだか気持ちがいい。
 だんだんほぐれていく。
 
 
 「英二・・・」
 不意に背後から抱きしめられた。
 前で交差した不二の腕は俺を束縛し耳元に寄せられた不二の唇が僅かに耳を掠る。
 「僕にこうされるの、嫌?」
 「・・・分からない」
 「英二、緊張し過ぎてる。だからこんなに肩も首も凝っているし胃も収縮して食欲もなくなっているんだ」
 「緊張・・・するよ、そりゃ。不二とは今までずっと友達で・・・こんな関係になるなんて思ってもみなかった。ずっと友達だった不二に恥かしい格好見られるなんて緊張するに決まってんじゃないか」
 
 「プリンくらいなら食べれるよねw」
 「ほぇっ???」
 「病気じゃないのに何も食べないってのはよくないよ。プリンくらいなら食べれるでしょ、固形物は今は控えた方がいいかもしれないから栄養ドリンクも飲まなきゃ。僕買ってくるよ」
 いきなり別の話題に変えられて俺は戸惑った。
 怒ったかと思えば肩を揉んでくれたり抱きしめられたりプリン食べるかだの訳が判らない。
 
 「ねえ、キスしてもいいかな・・・?」
 き、きす・・・プリン買いに行くんじゃなかったのか?
 いつの間にか不二は俺の正面にいた。
 もの凄く真剣な顔。
 顎に手を添えられる。
 
 「嫌だったら張り飛ばしていいから・・・」
 心の準備もまだのまま不二の顔が近づいてきて唇を塞がれる。
 覚悟を決めて不二の背に手をまわそうとした時、唇が離された。
 「え・・・?あの、もう終わり?」
 「キスしたじゃん」
 「したけど・・・・・・」
 不二のことだから舌を入れられるのだと思った。
 けど不二がしたのは唇をくっつけるだけの挨拶のようなキス。
 何だか気が抜けた。
 それとも俺、不二に期待してたのかな。
 
 「僕とのキス、嫌だった?」
 俺は首を横に振った。
 嫌じゃなかった。
 むしろドキドキする・・・
 どうしたんだろ、俺。
 
 「英二は僕が嫌なんじゃなくて僕とのSEXが怖くて踏み出せないだけなんだね。いいよ、僕も無理強いしない。だから英二がソノ気になるまで待つからそんなに体がガチガチになるまで緊張しないで」
 そう言うと不二は俺の額にちゅっと軽いキスを落とした。
 「不二・・・・・・」
 「じゃあ僕は買い物に行って来るから」
 「待てよ!」
 無意識に不二の袖口を掴んでいた。
 「そ、その・・・不二はそれでいいのか?俺も男だから解る。好きな人に手を出せないのってすっげー辛い。俺も以前新しく彼女ができる度にそろそろヤッてもいい頃だろうかとかそんなことばかり考えてた。なかなかヤらせてくれないのって我慢するの辛いんだよな・・・」
 「確かに辛いよ。目の前にごちそうがあるのに食べられないのと同じ。でも僕は本当に英二の事を愛しているから。愛する人が嫌がることをしたくないんだ。僕は英二の為なら我慢する事だってできる」
 
 
 
 
 
 
 
 
 不二はさらっと世間話のように言ったけどよくよく考えてみるとすっげー気障な台詞だ。
 でも不思議と不二が言うと嫌味じゃない。
 
 『不二の奴、10年間もよく我慢してるよな』
 
 佐伯の台詞を思い出した。
 不二は俺に対して真剣だ。
 生半可な気持ちじゃない。
 
 そんなことを考えながらベッドの上で膝を抱えて座っていたら。玄関のドアが開く音がした。
 不二が買い物から帰ってきたんだ。
 
 俺は不二が買ってきたプリンを食べて栄養ドリンクを飲んだ。
 なんだか不二に申し訳ない・・・
 でも前に踏み出せないのも事実。
 
 そして時間だけがただ刻々と過ぎていく。
 
 変われない俺・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 夜になってかなり気分も落ち着いてきたけど不二は「念のため」と俺におかゆを差し出した。
 そのくせ不二は俺の目の前で平然とエビフライを食っている。
 俺の大好物なのに・・・
 文句を言ったら
 「英二の分、冷蔵庫にとってあるから明日食べれば」
 とあっさりかわされた。
 俺の目の前でそんなに美味しそうに食うなよ・・・・・・
 お預け食らっている気分。
 お預け・・・?
 
 『英二を抱けないのは目の前にごちそうがあるのに食べれないのと同じ、けど僕は英二の為なら我慢できる』
 
 不二、わざと俺の好物を目の前で食ってんじゃないだろうか・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 風呂からあがって自室でぼんやりしても漫画雑誌を読んでみてもどうも落ち着かない。
 気分がすっきりしない。
 日頃考え事なんかしないからたまに考えるとぐるぐるまわってしまうのだろうか。
 
 見る前に跳べ!
 
 たぶん高等部の頃だったと思うけど課題でこういうタイトルの本を読まされたことを思い出した。
 今では忘れたけど冒頭に英文が書かれてあった。その英文の直訳が、「見たけりゃ、見なさい。でも見たからには、君が好むと好まざるにかかわらず跳ばなきゃならないんだよ」それだったら見るより先に跳んでしまったほうがいいんじゃない、見る前に跳べ。
 その当時の俺は「悩む前に行動起こせばいいじゃん、なんで悩むんだよ。見たけりゃ見ればいいじゃん」だったからこの意味が理解できなかった。
 
 そう、うだうだ考えても俺が動かなければ解決できない。
 結局、跳ばなければ何も見えてこないんだ。
 俺は意を決して不二の部屋に向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「不二・・・・・・」
 不二の部屋をそっと開けると不二は自室のテレビを見ていた。お笑い芸人達がゲームやトークをしている所謂バラエティー番組。不二もこういう番組見るんだ。
 「何?英二」
 「ええと・・・俺もその番組見ていいかな」
 「どうぞ」
 俺は部屋に入って黙って不二の横に座った。
 こういう時バラエティー番組っていいかも
 不二と一緒に笑える
 不二と一緒に楽しめる
 不二と共にするこの空間、時間が心地よい。
 
 番組が終わった。
 時刻は23時。
 「僕、もう寝るけど・・・」
 
 「俺も寝る・・・寝るけど眠らない」
 今言わなきゃ・・・
 
 
 「俺は今日ここで寝る」
 
 
 
 見る前に跳べ!
 今、俺は跳ぶ為に地面を蹴った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 参考文献:「見る前に跳べ」大江健三郎
 
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