〜 ten years after 〜 10年後の日常
† 告白 side-K †
「まずは今日のお昼はごめんね。危うく英二を車で轢くところだった」
「あ、いやいいよ。俺もちゃんと前見て歩いていなかったし」
「英二はなんであんなところにいたの?」
「取引先の事務所がY町に引越ししたんだ。そんで地図を見たら大通りを行くよりも裏道を突っ切った方が近そうだったんでそれであの辺りを歩いていたんだ」
「よりによって英二に見られるとは思っていなかったよ」
不二は普段と何ら変わりようのない口調で淡々と言ったので俺も聞かれたことに対して普通に返答する。まるで学生時代にクラスメートが彼女ができたことを隠していて「実は付き合っていたのがばれてしまいました」って照れながら白状したという雰囲気。
「助手席の子ってこの前不二が渋谷で連れていた親戚の子だろ、女だったんだ」
何となく分かってきた。不二が以前渋谷で連れていた子の事を聞いたときにまるで隠すような態度を取った事。きっと不二が世間に隠して付き合っていた彼女だったんだ。
「本当の事を言うと親戚じゃないんだ。あれは英二に余計な詮索をされたくなくて咄嗟に言った嘘なんだ。それに女じゃないよ。男だよ」
「はあ???男???」
親戚じゃないのはまあいいとして男装した女じゃなくてれっきとした男だって!?!?!?
俺は何だか訳が判らなくなってきた。
何で不二が男とエッチなホテルから出てこなくちゃいけないんだ?
俺に隠れて何か風俗関係の仕事でもはじめたのだろうか?ホテル経営とかマネージメントとか?
そんな俺を不二は正面からじっと見てこともあろうか爆弾発言をした。
「ずっと黙っていたけど僕はホモセクシャルなんだ」
ほもせくしゃる・・・・・・何だそりゃ?
どこの国の言葉だったっけ?と海外によく行く不二を見て一瞬考えてしまった。同時に海外出張が多い所為で2cmくらいの厚みになってしまった不二のパスポートを思い出す。出入国が多い所為で査証(VISAS)の頁が足らなくなって追加頁を貰って無理矢理挟み込んでいるのだ。俺は不二のパスポートを見て初めて査証頁が追加できると言う事を知った。ってこーゆー事を考えている場合じゃない、ホモセクシャルだ。
「・・・ええと、ホモセクシャルってあのホモの事?男が好きとかいうやつ・・・?」
「そうだよ。僕は昔から男相手でないと駄目だったんだ。体質的に女性を好きになることができないんだ」
「でも不二って大学の頃彼女いたじゃん、文学部の土山さん」
たしか俺が幹事をやった合コンで男の数が足りなかったから不二を誘ったんだ。手塚はこーゆーのは苦手らしく何度誘ってみても来ないし、佐伯には千葉に大切な人を残してきたからと断られるし、その点不二は誘うと結構来てくれた。けど不二はモテるくせに何故か彼女がいなくって合コンに誘ってもまるで酒の席を楽しんでいるみたいな雰囲気でいつも手ぶらで帰っていった。
けどこの合コンの時は違った。いつもは飲み食いばかりして女が言い寄ってきたらそれに合わせるかのようにおしゃべりしてそれで終わらせている不二が自ら土山さんの方へ寄って行って話しかけたのだ。後で不二に「めずらしいじゃん」と問い詰めたら「隅の席で輪に入れずにいた土山さんが放って置けなくなった」と言っていた。めずらしい事もあるもので不二は合コン終了後まるで参加者に見せ付けるかのように土山さんを護る様に送って行った。やはり不二を密かに狙っていた女の子が結構いたみたいで何人かはそれを見て溜息をついていた。彼女達には気の毒だけど俺は不二がようやく気に入った女を見つける事が出来たと喜んだ。不二って清楚でおとなしくて真面目な女の子が好みだったというのもこの時初めて知った。
そういやこの合コンで俺も気に入った女の子がいて途中で話が盛り上がって結構意気投合して後日思い切ってメールしたらOKの返事が貰えて舞い上がってしまったんだ。
でも間も無く手塚がユニバーシアードの選手に確実に選考されそうだという話が舞い込んできてそれに感化されたされた不二もユニバーシアードを目指して頑張り始めた。そんな不二を見てりゃ俺も燃えるぜって訳でいつの間にかテニスに没頭して俺も不二もせっかく出来た彼女と自然消滅することになってしまった。
結局ユニバーシアードの方は俺も不二もあと少しってとこで負けてしまって選手に選ばれたのは手塚だけだった。俺も不二も関東学生選抜には選ばれても全国、ましてユニバーシアードなんかにはまだまだだったんだ。けど出し切れる力を出し切ったので悔いはなかった。手塚の応援にユニバーシアードの大会会場まで行ったのも今ではいい思い出だ。
「土山さんは素敵な女性だったよ。その辺の馬鹿女とは全然違うお嬢さんだったよ。土山さんのことは好きだったよ。けどいくらデートしても友情の延長としての“好き”で“愛する事”ができなかったんだ。一度は土山さんなら女性として愛せるかもって思った時期があったけどやっぱり駄目だったんだ」
「・・・・・・・・・」
「びっくりしたでしょ」
「・・・ああ、本やドラマなんかでちょろっと見た事あるけど実際にあるなんて・・・」
「英二、僕の事気持ち悪い?軽蔑した?」
「・・・・・・・・・」
「僕に気を使わなくてもいいよ。はっきり『ホモなんて気持ち悪い』って言ってくれればいいんだ。本当のことなんだから。英二が僕がホモで気持ち悪いと感じるなら僕はここの家を出て行くから遠慮なんかしなくていいんだよ」
「・・・・・・ちょっと待って、そんないっぺんに言われても俺何がなんだか訳が解らなくなってきた。とりあえずコーヒー飲む。不二もいる?」
「ああ」
衝撃だった。まさに不意打ち食らったって感じ。
不二がホモだったなんてこれっぽっちも思った事なくてその上この家を出て行くなんて言われてますます頭が混乱してきた。何から考えたらいいのか解らなくなってきてきっと何の用意もしていない時に地震や台風等の天災に遭ったらこんな気持ちになるのかなあなんて思った。
とりあえず今すぐにやらなくちゃいけないことはコーヒーをいれること。
俺はコーヒーメーカーに豆と水を入れて電源を入れた。
暫らくして部屋にブルーマウンテンの芳ばしい香りが漂い始める。
とりあえず入れたコーヒーを飲んで頭の中を整理してみる。
何も考えずにカップに口をつけた所為で舌を火傷してしまい。日頃自分が猫舌で熱いものはある程度冷ましてから飲み食いしている事を思い出す。
熱いままコーヒーを飲むなんて俺も相当動揺しているみたいだ。
テーブルにコーヒーカップを置いて目の前の不二をちらっと見てみる。
普通にコーヒーを飲んでいる不二は今までとは何ら変わりない。
ホモだったというのは確かにビックリしたけど別に誰かに迷惑かけているという風でもなさそうだし体質的に女がダメなものは仕方ないし世の中には“デブ専”と言われる太い体型の女しか愛せない男だっているだし貧乳好みの男だっているし関西人の大半は納豆が体質的にダメだっていうしそういや不二は乾汁を平気でのんでしまうし・・・あー、頭混乱してきた。
いつもより砂糖を多めに入れたコーヒーを飲んで気分を落ち着かせてみる。こんな時煙草を吸う奴は思いっきり吸うのだろうなあと思うけど生憎俺は煙草は体質的に合わないらしく学生時代にクラスメートに勧められて遊びで吸った事があるけど苦いだけで後で気持ち悪くなって吐いてしまったこともあった。確かに煙草吸う奴ってカッコイイと思うし友達の半数がカッコよさを求めて吸い始めた奴らばっかりで「菊丸は煙草やらないのか、格好悪いよな」なんて言われたこともあったけど体質的に合わないものは仕方がないしそれにテニスをやっているっていう理由もあった。
実は不二が煙草を吸っていたと知ったのも一緒に生活し始めてからのことでまず驚いて次に佐伯に勧められたと聞いて更に驚いた。
不二も佐伯も10代の頃から煙草吸ってたんだ。(不二にそう言ったら「ほぼ20歳だよ」って抗議されたけど)
よくよく考えてみたら俺は不二と青学でずっと一緒だったくせに不二の事を何も知らないのかもしれない。部活がずっと一緒で同じクラスになったことも何回かあったし不二ん家にも何回も遊びに行って泊まった事もあるし不二も俺ん家来たりして俺は不二の家族にすっかり馴染みになってしまったし不二も俺の家族の馴染みになってるから俺の姉ちゃんに晩御飯を作りに来て貰ったりしても何ら違和感なく生活したりしているけど不二の内面の奥の奥まで俺は知り尽くしている訳じゃないんだ。
そう考えると不二は不二であって俺が不二のあらゆる面を知らないというだけなんだということが分かってきた。
けど、けどホモっていうのは・・・・・・
「俺さあ・・・」
俺は意を決心して口を開いた。不二にははっきりと言っておいた方がいい。というか不二には口先だけのことは通用しない。
「俺さあホモって確かに気持ち悪いと思う。男同士でなんてやっぱ考えると気持ち悪い。けど不二がホモなのは許せる。人それぞれ趣味趣向が違うんだから別に不二が男が好きだって構わないと思う。不二は俺にとって大切な友達だから。中学からずっと一緒だった大切な仲間だから。ホモは気持ち悪いけど不二は気持ち悪くない。だからこの家を出て行くなんて言わないでよ。俺は不二とずっと親友でいたい」
不二に上手く伝わったかどうか解らないけど思っている事を言ってみた。不二がホモだろうが何だろうが俺は今まで通り不二と友達でいたい。こんな事で不二と今まで築いてきたものを壊したくはない。
すると俺の顔をじっと見て黙って話を聞いてた不二がそっと目を瞑ったかと思ったらその目尻からすうっとひと筋の涙が零れ落ちるのが見えた。
「・・・不二?」
不二は慌てたように目を擦って流れ落ちた涙を拭った。
不二が涙を流した・・・
ひと筋だけだったけど確かに今のは涙だった。日頃笑みを絶やさずそしてあまり表情を顔に出さない不二が涙を流した。
『喜怒哀楽』の『喜』と『楽』は一緒に住みだして結構見れる機会があったし『怒』はかつて一度だけ見た事があった。
10年前、テニスの試合で聖ルドルフ学院の観月と当たった時に最初わざと負けておいて最後に完膚なきまでに叩きのめしたあの表情はまさに鬼か悪魔のようで観覧席から見ている俺にも不二の怒りのオーラが伝わってきてめちゃくちゃ怖かった。
でも『哀』は見た事がなかった。
「ありがとう英二。僕もずっと英二と親友でいたかった。でも僕がホモだとばれると英二が僕を軽蔑して去っていくのが怖かったんだ。けど英二がずっと友達でいてくれると言ってくれてうれしいよ」
俺が不二を軽蔑して去っていくのが怖かっただなんて・・・
そういや不二は家族や仲間を人一倍大切にするタイプだから俺の事を大切な友達だと思ってくれていたことがなんだかじーんと来た。きっと不二は自分がホモだなんて家族や友達にも言えずに悩んできたのかもしれない。まだ日本では同性愛について認知されていないから。
なんだか不二の涙を見て不二が自分がホモだと隠し通すのに相当辛い思いをしてきたということが分かった。
「俺、仮に不二が犯罪者になってもずっと友達やめないよ」
これは本心だ。やっぱり不二は俺にとって大切な友達で親友でたとえ何があっても不二の事を信じてやりたいと思った。たとえ道を外したとしてもそうなるには何か事情やきっかけがあるわけだしそうなったらそうなったで不二の全てを信じきってやりたいと思った。
でもひとつ確かめたい事がある・・・
不二を信じきると言ってもどうしてもひっかかってしまうこと・・・
「ええと・・・この前俺が大泣きしてしまったことあったじゃん。あん時不二は夜中じゅうずっと傍に居て俺の事・・・・・・」
俺は言っている最中に恥ずかしくなって口篭ってしまった。
俺が以前不二の前で大泣きしてしまったあの夜、不二は俺の事をずっと抱きしめていた。
「やっぱあれって不二にソノ傾向があったからなのか・・・?」
確かにあの時は悲しくて誰かに傍に居てもらわないと辛かった。そんな俺を不二はそっと抱きしめてくれて不二の温かさが身に染みた。
けど、けど不二がホモだってことはまさか隙あらば俺をナニしようかとか企んでいるのでは?なんてつい考えてしまう。男が好きなのは不二の勝手だけど俺は男とナニする趣味はないしまして不二は友達だからそんな対象にされるのは困ってしまう。
「あの時は英二の心の傷の膿を出してしまいたかった。ただそれだけだよ。人は辛い時ほど人の体温を求め、またそういう人は人肌で癒すのが一番効果あるからね。それは男とか女とか子供とか老人とか関係ないよ。自分の辛さを解って癒してくれる人に性別も年齢も関係ないんだ。僕はただ英二に学生の頃のようにもう一度明るく笑って欲しかっただけなんだ。僕はホモだけど英二にそういうやましい気持ちを抱いたわけじゃないから。本当に英二に親友として立ち直って欲しかっただけだから。だから安心して。英二のことは普通の“友達”と思っているから。朝起きた時はエアコンの直射で寒かったからつい英二を湯たんぽ代わりにしてしまったけどね」
「そうなんだ」
不二にはっきりと俺は友達としてしか見ていないと言われてホッとした。
不二に「僕はホモなんだ」と言われて押し倒されでもしたらやっぱり困ってしまう。俺は不二とは今まで通りの関係でいたいんだ。それに友達同士でナニするのもやっぱ変な話だ。
* * * * * * * * * *
「じゃああの専門学校生は不二の恋人なんだ」
ホモの場合“彼氏”と呼んでいいものやらどうかわからないのでとりあえず“恋人”って表現を使ってみる。
「違うよ、僕には恋人はいないんだ」
「でも昼にあんなところから出てきたし前にも渋谷にいたし・・・」
「K町に小さな映画館があって通称“K町劇場”って呼ばれているんだ。昔の映画ばっかり上映されていて結構映画マニアが行くところなんだ。けど映画マニアに混じって僕らのような人間の溜まり場でもあるんだけどね」
K町劇場?知らないなあ。俺は黙って不二の話を聞くことにした。
「ホモで“受け”の立場の方が、ええと“受け”って“ネコ”とか言われたりするけどいわゆる男女間で言う女役になる方なんだ。その受け側が映画館内では席に座らずに壁際に立って映画を見るというホモの間での暗黙のルールがあって“攻め”つまり男役になる方が立っている人に声を掛けてOKが出たらその日限りのデートができるんだ」
「その日限り?」
「そう、後腐れないようにその場限りの関係を求める場所なんだ。純粋な映画ファンには迷惑な話だけどK町劇場、僕らは“劇場”って呼んでいるけどそこはホモの格好の出会いの場所なんだ。劇場を出たら食事に行くのも遊びに行くのもホテルに行くのも自由。ただしその場限りの相手という暗黙のルールがあるから一人の人に縛られたくない奴とかただの性欲処理の相手を見つけるだけな奴にはいい場所なんだ。けどそこで出会ったことが元でステディな関係になるカップルも多いんだけどね」
「・・・・・・なんかホモにはホモの世界があって結構複雑なんだなあ。じゃああの子はその場限りの関係なんだ」
「そうだよ結構“劇場”で出くわすからつい誘ってしまうんだけど恋人にはなろうとは思わないんだ」
「あの子のこと好きじゃないの?」
「結構いい子だと思うよ。けど僕は恋人は作らないって決めているんだ」
「何故?」
「海外に行く事が多いからね。本格的に海外に単身赴任にでもなったりしたらなんだかややこしそうだし、こーゆー時に恋人が女だったら籍を入れちゃって連れて行くって手があるけど日本じゃ男同士は認められていないからね」
なんか複雑だなあ。でも結局不二は優しいんだ。海外に行くと恋人を悲しませることになるしいろいろややこしいことにもなるかもしれないからその場限りの相手を選んでいるのだ。
「その点英二は友達だから海外出張で何日も家を空けていても恋人のように細かく気を使わなくてもいいしサボテンの水やりも頼めるし、ああそうだまるで家族だよ。弟がもうひとり増えたって感じ」
「俺が弟かよ!俺の方が誕生日早いじゃん!」
「だって英二は末っ子だから弟体質じゃない。僕は下に裕太がいるからね」
「俺、裕太君とは似てないと思うけど・・・」
「全然似ていないよ。だから面白いんじゃない」
不二は俺の顔を見てニコニコわらっていやがる。また俺の事おちょくっているよ。
俺も反撃に出る事にした。
「じゃあ“お兄ちゃん”にお願いがあるんだけどな〜」
「何だい?」
「俺そろそろ風呂に入りたいんだけどお湯入れてほしいなあ〜」
「何だよ英二、僕は食器洗いをしなくちゃいけないんだから先に風呂に入る方が湯を入れるべし!」
「あ〜、急に同居人に戻ってる!都合のいいときだけずるい!不二の横暴!」
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