〜 ten years after 〜 10年後の日常

† dinner 4 †



「ダメダメダメッ!!!」
「何でダメなの?」
「大石も越前も“お客さん”だから駄目だよ!」
「ここに来る青学卒業生は“客”じゃないよ」


今日は大石と越前と乾を夕食に招待した。
ちょっとしたホームパーティー。手塚も佐伯も誘ってみたけど都合がつかなかった。
大石はこの春青学の宮崎医学部を卒業して都内の病院で研修医として頑張っている。
研修医とは大変なもので俺は大石が卒業して東京に戻ってからなかなか会えずに先月の桃の結婚式の二次会でようやく再会出来た。
けど二次会では結局主役の桃とばかり話し込んでしまって大石とあまり世間話ができなかった。というわけで都合をみつけて俺は夕食に招待した。そうしたら不二が「じゃあ大石だけじゃなくて来れそうな人呼んでホームパーティーやろうよ」と言ったので何人かに声をかけたら越前と乾が来れる事になった。
のに不二ったら何を勘違いしたのか大石と越前に手塚や乾みたく「クマのエプロンを着て夕食を作らそう」なんて企んでいた。不二曰く「ここの家の敷居を初めてまたぐ奴はまずクマのエプロンで食事を作れ」なのだ。勝手に家訓を作るなよ!!!
最近俺は栄養士をやっているすぐ上の姉ちゃんから色々と料理や栄養バランスを伝授させてもらっているので不二の戯言は無視して夕食を作り始めた。
そして8割がた出来上がった頃大石がやってきた。





* * * * * * * * * *




英二が大石を夕食に招待した。
高校卒業後宮崎の医学部へ進学した為に本校に進学した僕らと離れ離れになってしまった。
テニス部の連中は英二との「黄金ペア」が出来なくなると心配していたけど中学時代に手塚が関東Jr選抜総監督を務めた氷帝の榊先生に「菊丸は誰とでもペアを組める天性のダブルスプレーヤーの素質を持っている」と助言した通り大学テニス部では誰とペアを組んでも上手くやっていた。そういや公式戦におけるパートナーは桃が多かったかな。
久しぶりに大石と再会した英二は心底嬉しそうに近況を語っている。
僕は大石と英二を交互に眺めて少し複雑な気分になる。
『黄金ペア』彼らを称する言葉。
青学の無敵のダブルスと呼ばれ全国に名を馳せたこともあった。
結局立海大のダブルスペア(誰だっけ?あの変装ばっかりする奴)には最後まで勝つことが出来なかったけど青学と試合をする他校のダブルスの選手は徹底的にこの二人を調べつくしたという伝説まで残っている。(特に観月)
そして彼らは私生活でも仲が良くてお互い何を考えているか判るツーカーな仲だった。
だからこそ複雑な気持ちになる。
大石に僕のような男色の趣味がまるっきりないことは判りきった事だけどそれでも僕の心の奥底には自分でも嫌になるくらいどす黒いどろどろとした気持ちが湧き上がってくるのだ。
だから少し意地悪をしてみた。
大石だけじゃなくてその他大勢も呼んでささやかなホームパーティー形式にするのだ。
越前が来れるのは大きな収穫。英二は越前の事をまるでネコでも扱うかのように可愛がっていたから。
何故だろう、英二が大石と仲良くしているのをみると複雑な気持ちになるのに越前と仲良くしているのをみると微笑ましくなってくる。
“黄金ペア”という通称がここまで偉大だったというのを思い知らされる。


「不二も変わってないね」
不意に大石から言われた。
「そう?」
「あー、不二は外見はそんなに変わっていないよ。中身は変わったけど」
「どんな風に?」
「休みの日は朝からスーパーのチラシで特売をチェックしているし出張先で泊まったホテルから必ずタオルを持って帰るし久々に会った手塚にはここに来させて食事を作らせるしおまけに手塚にあのクマのエプロンまで着させるし・・・」
「ちょっと英二!自分だってホームセンターの広告は隅々チェックしてるし割引シールの貼られた惣菜を狙って閉店前のスーパーに行くじゃない!」
「おいおい不二に英二、やめろよ。まるで主婦の会話だ」
「なんかすっかりオバサンの生活になっちゃったね」
僕達のやりとりに大石は苦笑しながら首をすくめた。その時玄関のチャイムが鳴った。
「あ、越前と乾が来たみたいだ」





* * * * * * * * * *




面子が揃い食事会が始まった。
「へぇ〜、凄い。これ全部菊丸先輩が作ったんスか?」
越前が並べられている料理をながめて越前が目を輝かせながら言った。
「そうだよ〜ん。これみんな俺が作ったの」
「じゃあ不二先輩は何もしなかったんだ」
「越前!僕は料理は作ってないけどこのテーブルセッティングや花やら飾ったりしたんだけどなんか文句あるの」
「えっ、いや文句とかそういうわけじゃなくて俺はいつも寮の食事だからいいなあなんて・・・」
「たまに乾に変なもの食わされたりしてるんだ」
「・・・まあそうですけど」
「越前、変なものとはどういうことだ。俺はきちんと栄養バランスを考えているのだが」
「まあまあ、じゃあこのエキゾチックなテーブルクロスは不二の趣味というわけなんだな」
話がだんだん険悪な方へ向いて来たのを大石が無理矢理軌道修正する。ここらへん大石は学生時代と全然変わっていない。
「これはタイで買ってきたクロスなんだ。ここらへんに置いてある小物もタイで買ってきたものばかりだよ」
「そうなんだ。男二人で住んでいる家の割に妙に小奇麗だなって思ったんすよ」
「時々英二のお姉さんが英二に食事を教えに来てくれるからね。あまり汚くしていると怒られちゃうし」
「英二のお姉さんは料理関係の人?」
「病院で栄養士やってるんだ。乾の栄養だけ考えた変な料理よりまともだよ」
「乾さんも菊丸先輩のお姉さんに教わったらいいんじゃないすか?」
「越前!」







久々に会ったかつての仲間たちとこうやって食卓を囲むのは楽しい事だ。
英二は久々に構う事(!?)ができる越前相手にはしゃいでいる。
越前の近況を聞いて乾との二人三脚の話を聞いているとなんだか微笑ましい。
「ねえねえそういや手塚とはもう対戦したの?」
「いや、まだっすよ。でも今度菓子メーカー主催の大会があるんでそれに俺も手塚先輩も申し込んだから上手くいけば対戦できるんじゃないですかね」
「う〜ん、越前にも手塚にも頑張って欲しいからどっちを応援すればいいかなんて迷ってしまうなあ」
「どちらも応援しなかったらいいんですよ」
「あー、越前何だよう冷めた言い方!どっちも応援してやる!」
「乾、やっぱ越前に手塚対策とかやっているんだ」
「まあな、俺は大学が違っても手塚のデータは細かく取ってきたからな」
「凄いんだよ乾って、青学の試合になるとどこからともなく現れるんだもん」
「ふ〜ん、じゃあ手塚のデータはバッチリなんだ」
「100%完璧ではないな、それに解らないことだってある」
「解らない事って?」
「20歳を過ぎてから微妙にテニススタイルが変わっている。今までに見られなかった柔軟性、どことなく不二や英二のスタイルに似た部分を垣間見た時があった。それに会って話をしたこともたまにあったのだが人間的に丸みが出てきた。大学で何かあったのか?」
乾が僕と英二を見て言った。
僕と英二は互いに顔を見合わせて黙って首をかしげる。手塚に何かがあったなんて聞いたことないし思い当たる節もない。でもよくよく考えてみればカラオケに一緒に行ったりだとか普通の大学生なら当たり前のことだけど手塚がやると違和感があるようなことをあれこれ思い出してきた。
「そういや成人式が済んでからなんか僕らが遊びに誘うと手塚も来るようになった」
「でも手塚を変えてしまうような事件があったなんて聞いたことないよ」
「そのことなんだが・・・」
突然今まで黙っていた大石が口を開いた。
「大石は何か知っているのか?」
「・・・ああ」
「何があったのかよかったら聞かせてくれないか」






「大学時代に手塚のお祖父さんがお亡くなりになったことを覚えているか?」
「ああ、昼休みに手塚の家から携帯に電話があって手塚が午後の講義をすべて休んで病院に向かったんだっけ」
「あの後何日か休んだよね。試合のあるシーズンじゃなくてよかったって言ってたっけ?」
英二は向かいに座っている乾と越前に向かってたずねた。無理だよこの二人は知らないって。
「俺は大学は青学じゃないから知らないが」
「俺も知りません。いつの話ですか?」
「1回生か2回生くらいかな、越前はまだ高等部だったよね。でもなんで大石が知っているんだ?」
「俺の叔父の病院にずっと入院していたんだ。けどM病院が薬物療法をやっているので転院させたんだ。M病院に移ってからお祖父さんはだんだん良くなったと聞いて安心したんだ。けどM病院が使用していた薬は実はまだ認可されていないものだったんだ」
「ひどい病院だね」
「違うよ。いくら効き目のある薬でも認可されるまでにかなりの時間がかかるんだ。M病院は認可されていないと知っていても患者の為に使用したんだ。いつ降りるかわからない認可を待っていたら患者は死んでしまう」
「M病院側は患者を救うために法を犯したってこと?」
「そういうこと。そしてどこでどうばれてしまったのか内部告発なのかは分からないけどM病院が認可されていない薬剤を使用していたことで警察のメスが入って結局M病院は病院長、薬剤局長、事務長等の役職がすべて入れ替わって規模も小さくしてそれで今はMクリニックと名称を変えているんだ。それで手塚のお祖父さんは薬物療法を受けれなくなって治りかけていた病気が再発して結局亡くなってしまったんだ」
「なんか難しい話っすね。病気を治す為には法を犯さなくてはいけなくて、でも法に従えば死んでしまうなんて」
「ああ、世の中は納得のいかないことばかりなんだ。特に医学や薬学の世界は実力だけでは駄目なこともあって医学会のお偉い先生を敵に回すと学会で袋叩きにあってしまうとか癌に効くワクチンを開発しても開発者がどこかの偉い先生に気に入られていない所為でそのワクチンが世間に認められなかったりとかが実際にあるからね」
「ひどい世界だな」
「ああ、だから真面目な手塚にとっては相当ショックだったみたいだ」
「だろうね。自分のお祖父さんを助けるためには法を犯さないといけないなんて頭の堅い手塚には許せない事態だけどその反面お祖父さんを助けたいと思う心もある」
「そういや手塚はお祖父さんが亡くなってしばらく学校を休んだ後、なんだか様子がおかしかった。単にお祖父さんが亡くなったから悲しいんだろうなあとそっとしておいたけどその裏でそんな大変なことがあったんだ」
「しばらく経って手塚からのメールに『物事を柔軟に考える必要の重大さがだんだん解ってきた気がする。これから自分も混沌とした世の中に対応できるように柔軟性を身に付けようと思う』と書かれていたんだ」
「そうなんだ、手塚は手塚なりに苦しかったんだろうね」
「不二や英二には黙っていたけど俺は『それなら不二や英二に遊びに誘われたら一緒に行ってみるのが手っ取り早い』って返事したんだ」
「そういや4回生の時の手塚って“普通の大学生”してたよね。今までカテキョーとか固いバイトしかしてなかったのにいきなりコンビニでバイトしてたし。俺が『何でコンビニでバイトしてるの』って訊ねたら『社会勉強だ』って言っていた」
「そういやテニスの試合後の打ち上げでカラオケに行ったときも人気バンドGのヒットソング歌ったし合コンに誘ってみたら来た時があったよね」
「ああ、あの時は俺もびっくりしたよ。メンバーで急に身内に不幸があって参加できなくなって欠員が出たんで不二が一か八かで手塚に声を掛けてみたら来たんだよ」
「英二が幹事で僕に『誰でもいいから今晩来れる奴見つけて』って泣きつくもんだから駄目もとで目の前にいた手塚に声掛けたらOKだったんで僕もびっくりしたよ。でもやっぱり手塚はまだまだ表情も態度も固かったよね」
「へえ、それは俺も見たかったな。で、手塚は合コンの席でどんな様子だったんだ」
乾がポケットから小型の手帳とペンを取り出してきた。
「乾、まだデータノートやってんだ」
「当たり前だ。俺からデータを取ったら俺じゃなくなる」
「そうだにゃ。でもノートが手帳になってるじゃん」
「学生じゃなくなったからな。社会人だとノートじゃなくて手帳の方が便利なんだ。特に今のような外出中や移動中はな」
「でも仕事の時はでっかくて分厚いノートを使ってるんすよ。俺の事隅々まで観察している記録が書かれてるみたいなんですが絶対中身を見せてくれないんすよ」
「当たり前だ、あれは越前に関する重要データを記録してあるんだ」
「でも手塚の合コンの様子のデータなんか取ってどうするんだ?」
「面白そうだから記録に残しておこうと思ってね」
「手塚は切れ長の目で綺麗な顔立ちだからそりゃ相手の女の子達はうっとりと眺めていたよ。女の子の視線が手塚と不二に集まるもんだから俺面白くなかったよ」
「合コンに手塚先輩と不二先輩を連れて行ったら菊丸先輩は勝算ないですよね」
「それがさ、手塚はあのとおりだから女の子と会話が続かないの。不二ったら居酒屋の店員捕まえて地酒の説明ばっか聞いてるし。おまけに俺たちの隣のテーブルのグループが偶然立海大の飲み会でさ、幸村が宴会部長やっていてあいつ手塚の事ずーっと睨んでやんの」
「自分はテニス部の部長だけでなく宴会部長もできるけど手塚には宴会部長は無理だろって馬鹿にしていたんじゃないの。なんかそんな感じだったよ」
「難病を克服した人ってある意味強いですよね」
「でも手塚に宴会部長ってのは・・・・・・」
「無理無理無理!!!!」
「英二、そこまで力まなくても・・・」


手塚が大学に入ってから人間的に丸みが出てきて昔に比べてなんだかいい感じになってきたとは思っていたしそういうきっかけになることが何かあったのだろうなということはうすうす感じていた。けどきっかけになる原因がお祖父さんの死だということは思いも付かなかった。
僕は少々複雑な気持ちになる。

「俺が大学に入った時には中等部と比べて随分雰囲気が変わっていたのでびっくりしました。けどテニスの時はずっと昔のままでしたけどね。手塚先輩、なんだか人間的にいい感じになっていたんでその亡くなったお祖父さんが身を持って手塚先輩に柔軟性を教えたんじゃないですかね」
「そうだな、そう考えるのがいいかもしれないな。越前、いいこと言うじゃないか」
越前の前向きな意見で少々湿っていた場に風が通った。
「今度は手塚が来れる時にこういう食事会をやりたいものだな」
乾が眼鏡を片手で持ち上げながら僕を見て言った。
「そうだね、今度は手塚の来れる日にやろうよ。ねえ英二、英二!?」
「英二・・・」
「菊丸先輩・・・」
さっきからなんだかおとなしいなあと思っていた英二はいつの間にか座ったまま眠っていた。
「“魔王”の所為じゃないですか?さっきからずっと飲んでましたし」
「日頃焼酎なんて飲まないのに飲みなれていない事するからだよ」
僕は英二を見て苦笑いをした。
大石が持ってきた九州の幻の芋焼酎“魔王”を英二は『これなら俺でも飲める』ってずっと飲んでいた。日頃焼酎を飲まない英二だから酒の回りも早いのだろう。すっかり寝息をたてて眠っている。
「英二、寝るならこんなところで寝ないで自分の部屋に戻ろうよ」
僕は英二の肩を軽く叩いて起こした。
「うにゃっ、俺寝てた?」
「飲みなれない焼酎飲むからだよ。さ、寝るなら自分の部屋で寝ようよ。立てる?」
「うん・・・ごめん、何か頭ボーっとする。ちょっとだけ寝てくる」
そう言って英二は立ち上がりかけたけど足に力が入らないみたいでその場に崩れ落ちた。
「英二!」
大石が素早く駆け寄ってきた。すかさず英二の右腕を掴んで自分の肩にまわさせる。
「不二、英二の左側を支えてくれ、二人がかりで部屋に運ぼう」
「分かった」
僕と大石に支えられて英二はなんとか歩き出す。本当に困った酔っ払いだよ。






* * * * * * * * * *




頭がふらふらして目の前の景色が回っている。
まるで宙に浮かんでいるような感覚。
大石が持ってきてくれた九州の幻の芋焼酎が甘くて結構口当たりが良かったのでついぐいぐい飲んでしまった。よくよく考えると俺って焼酎駄目なんだった。でもこの芋焼酎は焼酎の苦手な俺でもいける絶品なものだった。さすが幻の焼酎って言われるだけあるよ。
その代価は後になって回ってきた。
皆が楽しそうにしゃべっているのに俺には睡魔が襲い掛かり瞼が重くなって頭もどこか意識が半分飛んでしまっていく。
眠い・・・・・・


気が付いたら不二と大石に抱えられていた。
そういや不二に「寝るなら自分の部屋で寝ろ」って言われたんだっけ。
ああそうかそれで酔っ払った俺を不二と大石が抱えて運んでくれているんだ。
その時だった。足に力が入らなくなり体が宙に浮いた。
「痛たたたたっ!」
どこか遠くで聞こえる大石の声。
ああそうか俺がコケた瞬間俺の腕が大石の首に絡まって必然的に大石の首を締め付けたらしい。
なんか周囲の出来事がまるで壁ひとつ挟んだ別世界に感じる。
「英二起きなよ、起きなきゃお尻ペンペンするよ!」
不二の声と同時に尻に痛みが走った。
「あーいてぇ!不二、何すんだよ!」
俺はすっかり目が覚めて起き上がった。しかしあわてて起き上がった所為で軽い眩暈を起こしてしまって不二に体を支えられる。
「大石、もう大丈夫だから君はもうテーブルに戻っててよ。後は僕がなんとかするから」
「不二、でも・・・」
「お客さんに手間取らせたくないんでね」
「そうか、すまない」
俺は不二に支えられながらもなんとか自室にたどり着きベッドに倒れるように転がった。
「ちょっと英二、上着は脱いだ方がいいんじゃない」
ベッドに横になった途端再び襲ってくる睡魔に勝てずに不二の忠告も遠くに聞こえる。
「英二ってば!」
不二は俺の頬をピタピタと叩いているけどもう頭も体も自分の指令どおりには動かなくってされるがままになっていた。
「英二ってば!またお尻ペンペンするよ!」
「んー・・・」
何かどうでも良くなってきて俺は生返事しかできなくなった。
不二は面白がっているのか俺の鼻をつまんだり瞼をつまんで無理矢理目を開かせてみたりしている。俺で遊ぶなよ!
けど俺は酔っている所為か不二の悪戯ももうどうでもよくってそのまま横になっていた。
相変らず頬をピタピタと叩いている不二。それも俺にとってはなんだか心地よいものになっていった。
「英二、起きないならほっぺにちゅーしちゃうぞ」
何か不二が遠くでこんな事を言った。そしてその直後に右頬に生暖かいものを感じた。
頬に当たる生暖かくて柔らかいもの、そしてチクッとほんの僅かだけど感じた小さな痛み。
重い瞼を無理矢理こじ開けて右を向いたら至近距離に不二の顔があった。

何、今の・・・・・・

しかし俺は睡魔には勝てずにそのまま意識を手放してしまった。







* * * * * * * * * *






何で俺は服を着たまま寝てたんだ・・・

朝起きて自分の状態に一瞬疑問が生じたがすぐさま酔っ払って眠ってしまった事を思い出した。
大石と不二に運んでもらったんだっけ。
そこで俺は撃沈してしまう直前に不二にされた事を思い出した。
不二、「ちゅーしちゃうぞ」って俺の頬にホントにちゅーしてた・・・
触れられた頬にそっと手を当ててみる。
何故だろう不二の冗談だって解り切った事なのに妙にどきっとした。
不二の唇が軽く触れてそしてちゅっと吸い上げて・・・その時の軽い痛みが何故だかとても心地よくて心臓がどきりと鳴った。
不二ってキスが上手いんだ。
考えれば考える程ドキドキしてきた。
俺、なんで不二にこんなにドキドキしてんだろう。そういや不二ってキスが上手そうだ。きっと上手で官能的なキスをいつもあの子にしているのかもしれない。
駄目駄目駄目っ!不二は友達なんだから俺が変な事考えちゃ駄目だよ。
そうだ俺は不二にドキドキしているんじゃなくて上手なキスにドキドキしているんだ。あんな上手いキスをされたらした奴が誰であろうとドキドキしてしまうよ。
とにかくこの頭の中でぐちゃぐちゃになっている変な感情を振り払う為に俺は顔を洗おうと洗面所へ向かった。

洗面所の鏡で自分の姿を見て一気に俺は目が覚めるのと同時に怒りが湧いてきた。
俺の額にマジックで「肉」って書かれてあったのだ。

「不二ぃぃぃぃぃ〜!!!!!!!!!」







続き>>

パラレル小説部屋へ




お聴きの曲はヤマハ(株)から提供されたものです。
Copyright(C) YAMAHA CORPORATION. All rights reserved.