| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † 告白 †
 
 
 
 
 空気が重い。不二から「夕食後に話がある」と言われてきっと昼間の件だと察したけどそれから変に意識してしまって、また二人で会話も無く食事をしている悶々とした空気が俺を圧迫する。
 「あ、あのさあ不二、俺野球が見たい。TVつけるよ」
 「どうぞ、今日はドームで巨人とどこだっけ?」
 「阪神だよ。今高校野球で甲子園を明け渡しているから“死のロード”の最中だよ」
 俺はTVのスイッチを入れる。たちまち部屋に賑やかな歓声と興奮気味のアナウンサーの声が響き渡り今までの重い空気を和らげてくれた。
 けどやっぱり俺の頭の中は昼間の不二のことばかり考えてしまっていて食べている料理の味も分からなければお気に入りの巨人軍の選手がファインプレーしてもなんだか上の空で自分の頭の中を情報が通過しただけに過ぎなかった。
 そうしているうちに食事が終わり同じように目の前の不二も食事を終えて野球放送を見ていた。
 
 「試合の途中だけど大事な話があるからTV切っていい?悪いけど結果はスポーツニュースで見てね」
 「あ、ああ」
 いよいよだ。不二は一体何を話すのだろう。
 再び俺に重い空気が圧し掛かる。
 
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 
 
 「まずは今日のお昼はごめんね。危うく英二を車で轢くところだった」
 「あ、いやいいよ。俺もちゃんと前見て歩いていなかったし」
 「英二はなんであんなところにいたの?」
 「取引先の事務所がY町に引越ししたんだ。そんで地図を見たら大通りを行くよりも裏道を突っ切った方が近そうだったんでそれであの辺りを歩いていたんだ」
 「よりによって英二に見られるとは思っていなかったよ」
 「助手席の子ってこの前不二が渋谷で連れていた親戚の子だろ、女だったんだ」
 「本当の事を言うと親戚じゃないんだ。あれは英二に余計な詮索をされたくなくて咄嗟に言った嘘なんだ。それに女じゃないよ。男だよ」
 「はあ???男???」
 僕が淡々と答えると英二は元々大きな目を更に大きくして白黒させていた。そりゃそうだろう、英二はホモだのゲイだのという世界と無縁なのだから。
 僕は軽く息を吸い込んで英二の目を真正面からじっと見つめる。
 
 「ずっと黙っていたけど僕はホモセクシャルなんだ」
 
 「・・・・・・・・・」
 英二は瞬きもせずに僕の目をじっと見つめ返した。
 「・・・ええと、ホモセクシャルってあのホモの事?男が好きとかいうやつ・・・?」
 「そうだよ。僕は昔から男相手でないと駄目だったんだ。体質的に女性を好きになることができないんだ」
 「でも不二って大学の頃彼女いたじゃん、文学部の土山さん」
 「土山さんは素敵な女性だったよ。その辺の馬鹿女とは全然違うお嬢さんだったよ。土山さんのことは好きだったよ。けどいくらデートしても友情の延長としての“好き”で“愛する事”ができなかったんだ。一度は土山さんなら女性として愛せるかもって思った時期があったけどやっぱり駄目だったんだ」
 「・・・・・・・・・」
 「びっくりしたでしょ」
 「・・・ああ、本やドラマなんかでちょろっと見た事あるけど実際にあるなんて・・・」
 「英二、僕の事気持ち悪い?軽蔑した?」
 「・・・・・・・・・」
 「僕に気を使わなくてもいいよ。はっきり『ホモなんて気持ち悪い』って言ってくれればいいんだ。本当のことなんだから。英二が僕がホモで気持ち悪いと感じるなら僕はここの家を出て行くから遠慮なんかしなくていいんだよ」
 「・・・・・・ちょっと待って、そんないっぺんに言われても俺何がなんだか訳が解らなくなってきた。とりあえずコーヒー飲む。不二もいる?」
 「ああ」
 英二は僕の告白が衝撃だったのかどこか虚ろな目で立ち上がりキッチンでドリップコーヒーの用意をはじめた。暫らくして部屋にブルーマウンテンの芳ばしい香りが漂い始める。
 「はい」
 「ありがとう」
 僕は英二からコーヒーカップを受け取ってその香りと温かさを味わい高ぶっていた気持ちを落ち着けてみる。
 目の前の英二も黙ってコーヒーを飲んでいる。
 日頃は“猫舌だから”とある程度冷ましてから飲むのに今日はそのまま飲もうとしている。しばらく観察していると案の定熱かったのか一口飲んだだけでカップをテーブルに置いた。
 熱いまま飲もうとした英二の行動からして英二も相当気が動転しているのだと判断した。
 とりあえずコーヒータイムを挟んで二人でクールダウンしないといけないな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「俺さあ・・・」
 暫らくしてようやく英二が口を開いた。
 「俺さあホモって確かに気持ち悪いと思う。男同士でなんてやっぱ考えると気持ち悪い」
 思っていた通りの回答が返ってきた。
 車でホテルの駐車場を出たところで英二と出くわして目が合ったときに僕の中で何かがガラガラと崩れる音が聞こえた。それは今まで積み上げてきた友情の絆。そして学生時代の僕と英二に関する思い出。
 もう終わりだ。
 僕は家に着いてソファに仰向けになって白い天井を見つめながら覚悟を決めた。
 まるで末期癌の患者が医者に最後通告をされたみたいに。
 いつまでもこんな生活が続かないと自分でもある程度思っていたことだから万が一僕がホモだって英二にばれた時の“非常事態”には備えていた。
 けど実際にこの時が来てみれば僕の周囲の世界が真っ白になって、まるで極寒の北の積雪の大地に一人立っていて視界は吹雪しか見えず聴覚も吹雪の風の音しか捉えられないような錯覚に陥った。
 僕の本性を隠し通してでも僕は英二とは親友でいたかった。
 英二と“普通の学生時代からの友人”を例えどんな手段を使ってでも続けたかった。
 けどホテルの駐車場の出口で人が歩いていないかの確認を怠ったのは僕の不注意。すべては僕の注意力の甘さが招いた結果。
 
 
 
 
 
 
 
 「・・・けど不二がホモなのは許せる。人それぞれ趣味趣向が違うんだから別に不二が男が好きだって構わないと思う。不二は俺にとって大切な友達だから。中学からずっと一緒だった大切な仲間だから。ホモは気持ち悪いけど不二は気持ち悪くない。だからこの家を出て行くなんて言わないでよ。俺は不二とずっと親友でいたい」
 
 
 
 目の前の霧が晴れた。
 ホモは嫌いだけど僕ならいいと言ってくれた英二の友情に僕は胸が苦しくなり目の奥が熱くなった。耐え切れず目を瞑ると頬を熱いものが滑り落ちる感覚がした。
 「・・・不二?」
 僕は慌てて目を擦って流れ落ちた涙を拭った。
 「ありがとう英二。僕もずっと英二と親友でいたかった。でも僕がホモだとばれると英二が僕を軽蔑して去っていくのが怖かったんだ。けど英二がずっと友達でいてくれると言ってくれてうれしいよ」
 「俺、仮に不二が犯罪者になってもずっと友達やめないよ」
 「ありがとう英二」
 「で、でもさあ・・・」
 英二は何やら言いにくそうな態度をとった。
 「ええと・・・この前俺が大泣きしてしまったことあったじゃん。あん時不二は夜中じゅうずっと傍に居て俺の事・・・・・・」
 英二は顔を真っ赤にして口篭った。
 英二が女に騙されたと僕が半ば無理矢理白状させて大泣きさせてしまったあの夜僕は英二の事をずっと抱きしめていた。
 「やっぱあれって不二にソノ傾向があったからなのか・・・?」
 「あの時は英二の心の傷の膿を出してしまいたかった。ただそれだけだよ。人は辛い時ほど人の体温を求め、またそういう人は人肌で癒すのが一番効果あるからね。それは男とか女とか子供とか老人とか関係ないよ。自分の辛さを解って癒してくれる人に性別も年齢も関係ないんだ。僕はただ英二に学生の頃のようにもう一度明るく笑って欲しかっただけなんだ。僕はホモだけど英二にそういうやましい気持ちを抱いたわけじゃないから。本当に英二に親友として立ち直って欲しかっただけだから。だから安心して。英二のことは普通の“友達”と思っているから。朝起きた時はエアコンの直射で寒かったからつい英二を湯たんぽ代わりにしてしまったけどね」
 「そうなんだ」
 そう言った英二の顔はホッとしたようななんだか安堵の表情だった。
 その表情を見て僕の心の奥で何かがチクッと刺さった気がした。
 解っていたさ、英二がノーマルだってことぐらい。
 でも改めて理解するとなんだか複雑な気持ちになる。
 そして僕は“友情”の為に英二に嘘をついた。
 英二に言ったことの半分が真実で半分が嘘。
 英二に立ち直って欲しかったのは事実。
 その反面どさくさにまぎれて英二を抱きしめてしまったのも事実。そこにやましい気持ちがなかったと言えば嘘になる。
 僕は英二の傷にかこつけて英二に触れたかっただけなのだ。
 
 
 そして僕は“友達思いのいい奴”という仮面を被ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
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