| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † 群情 4 †
 
 
 
 
 『不二が酒に負けるわけないだろ?何かあったのか?』
 
 さすが親友、不二の事はお見通しだね。
 なのに不二の心の底の想いまで見通せないんだな。
 いや、不二は誰にも本性を明かさない。あの乾が不二の本当のデータが取れないって言っていたくらいだからな。
 
 俺は煙草を買いに行く名目で家を出て外から菊丸に電話をした。
 菊丸は直ぐに出てくれた。
 「不二に何かあったの?」
 
 「菊丸は不二がホモセクシャルだって知っているんだよな。それで時々男と遊んでいるってことも」
 「・・・ああ、偶然見てしまったんだ」
 
 俺はざっと説明をした。
 不二が時々相手にしていた子が不二に本気になってしまったこと。
 そしてステディな関係を望まない不二が拒否した事。
 その結果不二に振られて悲観してガス自殺を図った事。
 俺までホモだってことは菊丸は知らないから朝霧のことはうちの店のバイト君が同じ学校で友達だったと述べた。
 
 「そんな大変な事があったんだ。まるでドラマの話みたいじゃんか。そりゃ不二は相当参っているよな」
 「ああ、だからワインに睡眠薬を混ぜて無理矢理寝かしつけたんだ。今の不二は休ませないとどんどん深みに嵌ってしまう」
 「潮也君だっけ?その子の友達ってのが佐伯のとこのバイト君で佐伯も一緒に駆けつけたのってすごい偶然だね」
 「ああ、昼休みに一緒に食事している時にうちのバイト君の電話が鳴って『学校の友達が自殺図った』だなんて血相変えて言うもんだからつい午後の仕事を別の奴に押し付けてバイト君と一緒に現場に走って行ったよ」
 「でも不二はその子を突き放したんだよね。なんだか可哀想だなあ・・・でも不二の気持ちも分かるけどさ、不二はお祖母さんが事故死してるから簡単に命を絶つことなんて許せなかったんだと思うよ」
 「事故死?不二のお祖母さんって事故死してたのか!?」
 喪中葉書が来てお祖母さんが亡くなったというのは知っていたけど事故死だなんて知らなかった。
 『世の中生きたくても生きられない人がいるのに何て馬鹿なことするんだ!』
 不二の怒鳴った声が頭の中で反響する。
 生きたくても生きられない人って不二のお祖母さんのことだったのか。
 『本当にムカついたんだよ』
 本当にムカついたんだろうな。
 でも潮也君の気持ちは嫌というほど不二だって分かっているに違いない。
 不二だって省みてくれない相手に恋心を募らせているのだから。
 
 「菊丸、明日不二を帰すけど菊丸は何も知らないフリしてくれよ。俺から事情を聞いたって言うなよ」
 「分かってるって。不二に気を使わせてしまうもんな」
 「じゃあな、俺不二が目を覚ましたらやばいから外から掛けてるんだ。もうそろそろ帰るわ」
 「ああ、不二を頼むね」
 
 「フッ・・・」
 俺は携帯の通話終了ボタンを押して鼻で笑った。
 「不二を頼む・・・か」
 菊丸は同居人としてそう言ったのだろうけど聞き様によっては自分の所有物の様に聞こえる。
 菊丸が不二を友情以上の目で見て不二の想いを受け止める日なんて本当に来るのだろうか?
 
 「まだまだ前途多難だな」
 
 
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 
 
 
 
 
 潮也君はおそらく本気で死のうなんて考えていなかったと俺は思う。
 あれはきっと不二を惹き付ける為の狂言だ。
 朝霧に電話したのも朝霧がバイトに入っている日で不二が仕事が休みである土曜日をわざと選んだのだろう、そして電話した時間が昼休みなのも俺と朝霧が一緒に食事をしていると知っていてのことだろう。
 朝霧に自殺をほのめかす事を言ったら一緒にいる俺も来るだろう。
 俺が潮也君の自殺未遂を知れば俺が慌てて不二を連れてくるだろう。
 そこまで計算してたのだ。
 朝霧への電話の内容はこうだった。
 
 『もしもし。あ、潮也かどうしたんだ?』
 『・・・・・・・・・』
 『潮也?・・・泣いてるの?』
 『・・・朝霧、今まで仲良くしてくれてありがとう』
 『はあ?お前何言ってんの?』
 『僕、もう生きているのが嫌になったよ。もう嫌だ・・・だから・・・・・・今までありがとう』
 『おい待てっ!今どこにいるんだ!?』
 『どこって・・・家だよ』
 『ちょっと待て!早まるな!俺が今から行くから待てよ!』
 『無駄だよ、もうガス栓ひねったんだから・・・』
 そういって電話は切れた。
 
 
 俺が不振に感じたのは潮也君のアパートに着いた時だった。
 玄関の鍵が開いていたのだ。
 ガス栓を開けて自殺を図る人間が玄関の鍵を開けておくだろうか?ドアや窓の隙間にガムテープを貼りまくって部屋を密閉状態にするものじゃないだろうか。
 すんなりと開いたドアに「あれ?」と思いながら中を覗ったら中からもあっとガスが充満してきて俺は咄嗟に手で口と鼻を塞いだ。
 中の様子をそっと伺ったが室内はカーテンを閉められているので暗くてよく分からなかった。
 兎に角ガス栓を閉めて空気を入れ替えなければならない。
 俺と朝霧は部屋に飛び込んで朝霧は台所のガス栓を閉めて俺はカーテンと窓を開けた。
 窓にもガムテープでの目張りはなかったのですんなりと窓は開いた。
 そして倒れている潮也君に駆け寄り脈があることを確かめてから救急車を呼んだ。
 朝霧は救急車が来るまでずっと潮也君の手を握って「潮也、潮也」と呼びかけていた。
 
 ガス栓を開けたくせに目張りされていない部屋。
 そして鍵を開けたままの玄関。
 きっと俺たちが来てすぐに部屋に入れるようにしたのだろう。
 
 そのことは不二には言っていない。
 言うつもりもない。
 そこまで計算するほど潮也君は不二に本気だったのだ。
 
 
 
 
 後で救急隊員に聞いた話だけどあの時俺がガスが充満した暗い部屋で真っ先にカーテンと窓を開けたのは正解らしい。
 暗いからってあの時もし部屋の電気のスイッチを点けていたら電源を入れたことによって引火されて爆発をおこしていたらしい。
 俺は単純に部屋の電気のスイッチがどこにあるか分からなかったので先にカーテンと窓を開けたのだ。その単純な発想で俺は命拾いをした。
 潮也君は爆発するおそれがあるということまで計算していたのだろうか?
 爆発するおそれがあると知っての事だったら俺と朝霧を殺してしまうという可能性があるということを前提にしていることになる。
 俺は急に寒気を覚えた。
 きっと爆発するおそれのことを潮也君は知らずにやったのだろう。
 俺は自分にそう言い聞かせた。
 でなきゃやってられない。
 
 俺は不二が眠るベッドの横に布団を敷いて横になった。
 明日になれば今日よりいくらか落ち着いた不二が見られるだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
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