〜 ten years after 〜 10年後の日常

† 群情 2 †




佐伯の勤める貿易会社は都内にワイン専門店を何店舗か出している。貿易会社の直営店だけあって品数が豊富で店の奥に一定の温度を保っている別室の保存室を設けそこに高級ワインを並べているのでカジュアルにワインを楽しむ客やワイン初心者から口の肥えた通の客までが足を運ぶ人気のある専門店だ。
佐伯は日本に戻ってきてから会社ではなくてその専門店の方で働いている。
一度冷やかしがてらにワインを買いに行った時数名の若い女性客相手にボジョレーの説明をしている佐伯を見てサマになっているなあと思った。そういや会社の研修でプロのソムリエからワインの知識を教わったと言っていた。
でもその女性客達が陰で佐伯の事を「あの店員さん格好イイ」って囁いているのを聞いて思わずふき出しそうになったことは佐伯本人には言っていない。確かに佐伯は外見はイケメンだけど女性にはまるっきし興味ないんだから。
佐伯目当てに来ている女性客が気の毒だよ。


そんな佐伯が突然「大変な事が起きた、来てほしいから今から迎えに行く」と電話してきたのは天気のいい土曜日の午後だった。
英二が職場のテニスの同好会でそのまま夜も飲み会で居なかったことが幸いだった。








* * * * * * * * * *




「不二!今すぐ俺といっしょに来いっ」
突然家に飛び込んできた佐伯に腕を引っ張られてそのまま彼の車の助手席に放り込まれてしまった。
「佐伯、落ち着けよ。事故るよ。僕は君と無理心中する気は全くないんだけど」
僕がそう言うと佐伯はエンジンをかけようとしていた手を止めた。
「そうだな、俺も事故るのは嫌だ」
「何があったんだ?」
すると佐伯は言いにくそうに下を向いた。
「・・・・・・潮也君だよ」
その名前に僕の背筋に冷たいものが走る。
そういやこの前最寄り駅まで押し掛けてきたのをなんとか丸め込んで追い返してから会っていない。
「潮也君が何か?」
「ガス自殺を図った」
「何だって!」
冷水を浴びせられた感覚がして休日ののんびりモードがどこかに吹き飛んでしまった。と同時に僕は無意識に佐伯の肩を掴んでいた。
「未遂で済んだよ。死んじゃあいない」
“未遂”という言葉で僕は安堵して佐伯の肩に置いていた手を引っ込めた。
「でもそれを何故佐伯が知っているんだい?」
「俺が勤めている店で学生アルバイトを何人か雇っていてそのうちの1人が朝霧なんだ」
「へえ〜自分の愛人を見事に近くに置いているんだね」
僕は眉をひそめる。
「今日は朝霧が入っている日で昼休みに一緒に食事してたら朝霧の携帯が鳴ったんだよ。潮也君からだった。あいつら同じ専門学校だから仲いいんだ。それが潮也君が何て言ったと思う?」
「さあ?」
「生きているのが嫌になった。今まで仲良くしてくれて有難う。さよなら」
「・・・・・・」
「俺も吃驚したぜ。で、慌てて二人で潮也君のアパートに行ったんだわ。そしたらガス栓開けて部屋の中で倒れてた。とりあえず朝霧と二人でガス栓閉めて窓開けて救急車呼んで今は搬送先の病院で落ち着いている」
「君はその病院に僕を連れて行こうとしてるんだ」
「・・・朝霧が言っていた。お前潮也君とステディになることを拒んだんだって?それで潮也君が相当悩んでいたらしい」
「“劇場”で声を掛けたんだ。その場限りの関係なのは“劇場”のルールだろ?」
「そりゃそうだけど何回も同じ相手を誘うと相手にも情が湧いてしまうだろ」
「で、潮也君は僕と恋人関係になれなくて悲観してガス自殺を図ったというわけだね」
「そうだ」
「じゃあ今からその病院に連れてってよ」

「分かった」
佐伯が車のエンジンを掛けた。






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