| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † 群情 1 †
 
 
 
 
 英二がしばらく本店研修に行くことになったので帰りが遅くなった。
 当分僕が食事当番になりそうだ。
 僕は美香さんの作ったレシピを見ながら今晩のおかずを何にしようか考える。
 こういう生活は悪くない。
 
 この日も僕は帰りの電車内で駅前のスーパーでの買い物のことを考えていた。
 しかし考え事をしていられるのは駅の改札口を出るまでだった。
 
 
 改札口を出たところに意外な人物を見つけて僕は全身が固まっていくのを感じた。
 「不二さん・・・」
 「・・・・・・潮也君、何故ここに?」
 「不二さんを待っていたんです」
 「ここじゃ何だからあっちに行こう」
 僕は駅から出て人通りの少ない路地へ入った。
 
 
 
 
 
 「どうしたの?よくここが分かったね」
 「この前電車で偶然不二さんを見掛けて・・・ここの駅で降りたからこの近くに住んでいるのかなと思って・・・佐伯さんに聞いても教えてくれなかったから自分の足でこの辺りをうろついて不二さんが住んでるの突き止めたんだ」
 「へえ、まるで探偵並だね」
 口では平然としたものの本当は冷や汗が出ていた。まるでストーカーだ。いやストーカーそのものだ。とりあえず佐伯が口を割らなかった事だけに感謝する。
 「どうして“劇場”に来てくれないの?」
 「ああ、仕事が忙しくてね」
 「嘘だ!恋人は作らないって言ってたのに愛人と同棲しているじゃないですかっ!」
 まるで後頭部を鈍器で殴られたような衝撃だった。
 この子はどこまで調べたのだろう?
 自分ひとりで?
 それとも人を使って?
 得体の知れない恐怖が背中を伝う。
 「同棲なんかしてないよ」
 「嘘、リーマンとしてるじゃない」
 「彼は僕の学友で親友なんだ。彼はノーマルで同性愛好の趣味は全くない。僕らはただの同居人だよ」
 「嘘だっ!じゃあ何故“劇場”に来ないんだよ!」
 「だから仕事が忙しいって言ったじゃないか」
 「じゃあ何故男と一緒に暮らしているんだよ!」
 「・・・その理由を君に言わなきゃいけないかい?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「彼は中学からの僕の親友だ。僕がホモだって知っても友達をやめないでいてくれた。僕らの間には友情しかないけれど、僕は彼に日々感謝しているんだ。もし君が彼に何らかの危害を加えるのなら僕が許さないから」
 咄嗟に僕の脳裏に浮かんだのは英二の身の安全。
 勘違いで英二に何かされたら僕はどうやって償えばいいのだろう。
 「・・・・・・不二さん、本当はその人のこと好きなんだ」
 「好きだよ、親友としてね」
 「嘘・・・」
 「嘘じゃない」
 「じゃあ何故あの人は僕に似ているの?僕はあの人の身代わり?」
 「・・・偶然だよ。悪いけど今日は僕は疲れている、もう帰ってくれないか」
 声が震えていたかもしれない。
 潮也がどこまで調べたのか知れないけど見抜かれている。
 確かに潮也は英二に似たところがある。
 それを利用して身代わりにしてしまったのも事実。
 “劇場”でその場限りの関係なのを利用していたのも事実。
 潮也が僕に本気になってしまったのは大きな誤算だった。
 英二が危ないかもしれない。
 
 
 しかし僕の予測に反してこれが佐伯を巻き込む事件に発展するなんて思ってもみなかった。
 僕は英二しか見ていなかった。
 
 
 
 
 
 
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