| Flambee Montalbanaise 7
 音楽あふれるカフェにて〜フランベ・モンタルバネーズ
 
 
 
 
 
 
 
 
 次の日は朝から病院内はバタバタであった。半年間眠り続けた少年が目覚めたとなればまああたり前のことだが医師やら看護師やら病院内の理学療法士やら作業療法士までやってきて不二は検査尽くめに遭わされた。菊丸は長時間のフライトと昨夜の行為でどっと疲れが出て病室内に置いてあった家族等が付き添いで泊まった時の為の簡易ベッドで眠っていた。最初は医師は菊丸からも事情を聞こうとしていたがフランス語が全く通じないので諦めてしまったのだ。
 
 
 「菊丸君を呼んで来てよかったわね」
 不二の母親が眠っている菊丸を見て言った。
 「ええ」
 隣にいた裕太も菊丸を見て言った。
 
 
 
 
 周囲には夜中じゅう菊丸がずっと不二に語りかけていて不二が目を覚ましたということにしてある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 「おじゃまします ―――――――― えと、excusez-moi だっけ?」
 「さ、遠慮しないで入って頂戴」
 
 夕方、不二のフランスの自宅に招待された菊丸はフランスでの不二の自室に通された。
 「今晩はここで休んで頂戴。置いている本やら雑誌やらは自由に見てね。周助もそれを希望してるから」
 「ありがとうございます」
 「じゃあ夕食の用意が出来たら呼びに来るからそれまで寛いでいてね」
 不二の母親が出て行って一人になると菊丸は部屋をぐるりと見回した。初めて入るフランスの不二の部屋。本当は不二本人に招待されたかったがまだ検査が終らず退院できない。不二が入院中もまめに掃除がされていたらしく机の上には埃ひとつ落ちていない。机の上にはペン立てとフランスの学校で使われているらしい教科書とノートが置いてあった。菊丸は教科書を手にとって開いてみた。
 「すごいにゃ・・・中身フランス語で書かれてるよって当り前か。ってことはとーぜんこちらも・・・」
 ノートを開いてみた。ノートの方はフランス語と日本語と入り混じって書かれていた。
 「すごいにゃ不二!フランス語書いてるよ」
 菊丸はノートをパラパラとめくった。するとあるページを開いた時に挟んであったものが床にはらりと落ちた。それは不二が菊丸宛に書いた投函前のエアメールだった。
 「れれ?俺宛てのエアメール?出し忘れ?ってことは見てもいいのかにゃ・・・」
 菊丸は勝手に人のものを見るという行為に抵抗を感じたが宛名が自分宛てになっているのと封筒の糊付けが緩く、すぐ剥がれそうだったのでそっと封を開けて中の手紙を取り出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「英二へ
 
 君がこれを読んでいる時は僕はもうこの世にいないかもしれない。
 自分でも何でこんな病気になったのか解らない。ただ、毎日眠くて眠くてしょうがない。眠ると夢の中で英二に会える。だから眠ってしまうのは怖くない。けど、起きなくては現実の英二に会えなくなってしまう。僕は起きていてほっぺを抓ると「痛いっ」って叫ぶ英二の方が好き。僕が起きていられる時にもう一度君をこの腕に抱きしめたかった。けど今は1日2時間起きているのがやっと。無理をしてでも日本に残れば良かったと何度後悔したかわからない。でも過ぎたことをあれこれ言ってもしょうがない。だから僕に出来ることは君へのメッセージ。僕から英二への最後のお願いだからちゃんと聞いて守ってよね。
 僕は君に会えて幸せだった。フランスへ行くことになって離れ離れになったけど。それだけの距離があるからこそ改めて僕は英二の存在が大事に考えられるようになった。距離は遠くてもお互いの心はすぐ隣にある。きっと日本にいたままならこんな風に考えられなかっただろう。信じることの強さを僕は得ることが出来た。僕は英二に感謝したい。
 けど英二には英二の生活がある。僕がいなくなっても僕との思い出に縛られずに英二の生活をしてほしい。「生活」っていう漢字は「生きる」「活かす」で「生活」って書くよね。僕的には「活かす」も「活きる」と考えて英二には2つ両方で「生きて」「活きて」欲しい。いきいきした生活。「いきいき」ってワープロ変換すると「生き生き」と「活き活き」の2種類出てくるんだよ。僕はどちらの変換も英二にはピッタリだと思う。英二は世の中をまっすぐ見て生きているから。僕みたく斜めから客観的に見ている奴には「キレイごと」なんだけどね(苦笑)だからこそ僕は真っ直ぐで純粋な英二に惹かれたんだと思う。僕にはないキレイな心の持ち主だから。いつも君は自然体だから。
 どうか幸せになって下さい。
 不二周助」
 
 
 
 
 
 それは半年前に成す術も無い病気に侵され死を覚悟した不二の遺書ともとれる手紙だった。
 「不二・・・不二ぃ・・・・・・」
 菊丸は改めて自分が不二に大切にされていることを知り、頬を伝い落ちる涙は止まることなく流れ続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 「もう買い忘れたものはない?」
 「うん、これで全部。姉ちゃん'Sの買物ノルマ達成!ありがと不二」
 
 不二の検査は全て異常なしと診断され、病院側もこれ以上入院させておく空きベッドの余裕がないのかすぐに退院させられた。
 そして今、不二は菊丸の姉達の買物にパリの街に出ていた。
 「じゃあこれから英二の行きたいところに連れてってあげるよ。どこがいい?エッフェル?ルーブル?」
 「あのさぁ、なんか喉渇いたからお茶飲みたいんだけど・・・ほら、以前不二が手紙に書いていたシャンゼリゼ通りのシナモンティーのオープンカフェに行きたい」
 「ああ、あの音楽あふれるカフェだね。よし行こう」
 
 
 
 
 
 「不二ぃ〜このアコーディオンの音楽って眼鏡屋さんのCMの曲?」
 オープンカフェの席に通りに向って座った菊丸は同じく通りに面して隣に座っている不二に尋ねた。
 「あはははは。こんないかにもフランス・パリっていうようなアコーディオンの音楽を"パリ・ミュゼット"っていうんだよ」
 「パリ・ミュゼット?」
 「ミュゼットっていうのは、パリの民謡だと思ってよ。なんていうか華やかなクラシックとは対照的ないわゆる昔のパリの路地裏音楽。今で言うストリートミュージックみたいなもんだね」
 「へえ〜、不二って何でも知ってるんだ」
 「知ってるっていうか・・・留学が決まった時にパリについていろいろ勉強してみたんだ。やっぱりこれから住むところのことぐらい知ってなきゃね」
 「さすが不二」
 「でも冬休みが終わったらもっともっと勉強して半年分取り返さなくちゃ・・・」
 「・・・そだね」
 「僕が通っている学校は単位制の学校なんだ。だから単位稼ぎをして英二と一緒の時期に卒業させてみせるよ。そして日本に戻るから、青学の大学部を受けるから。帰国子女入試枠があるはずだからそれを狙うよ。そしたら英二、また一緒だよ」
 「不二・・・・・・・・・・・・」
 しかし菊丸は静かに首を横に振った。
 「英二・・・どうして・・・・・・」
 「俺、決めたんだ。青学にエスカレーター進学せずに都内の体育大学を受験する。俺って出来ること少ないけど体動かすことだけは得意だから・・・そんで教免取ってプロテニスインストラクターの資格も取って・・・・・・う〜ん、どうなるか分からないけど。とりあえず今の成績現状キープしてたら推薦入試受けられるから」
 「英二が体育の先生!ぷっ、面白いかも」
 「だ〜っ///笑うなって!まだ決めたばっかなんだからな」
 「頑張って、英二」
 「頑張るのは不二も同じだろ」
 「お互い頑張ろう。そして日本でまた一緒だよ」
 「学校は違っても俺はいつも不二の一番近いところにいるから。なんてったって不二は俺の『声』が聞こえたから目が覚めたんだろ。たとえ遠くに離れてもいつでも俺の不二を呼ぶ『声』で不二を近くに呼び寄せるから」
 「英二・・・」
 「ふ、!!!!!」
 不二は突然菊丸の腕を掴んで立ち上がった。
 「帰ろう、英二」
 「え????どうして、いきなり」
 「シたくなった」
 「ちょ・・・//////ちょっと不二っ!」
 「大丈夫、今日は夜遅くまで皆帰って来ないから vv」
 「ちょ、ちょっと待って・・・そんなイキナリ言われても」
 「英二が僕を煽るようなこと言うからいけないんでしょ!」
 そして不二は菊丸を引き摺るように帰っていった。
 店内を流れるアコーディオンはそんな二人をまるで応援するかのような明るく軽快な音色だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 終
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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