| Flambee Montalbanaise 5
 音楽あふれるカフェにて〜フランベ・モンタルバネーズ
 
 
 
 
 
 
 
 
 勢いよく自室に飛び込むと菊丸は鞄も置かずに机の上に置かれていたエアメールを手に取った。
 「・・・裕太君」
 
 それは不二裕太からのエアメールだった。
 「きっと不二に何かあったんだ。何があっても俺は慌てず騒がず・・・・・・」
 菊丸は目を閉じて深呼吸をしてからハサミで封を切った。
 
 
 
 
 「 菊丸英二様
 メールありがとうございます。正直言って返事をどうしたらよいものかを悩みました。実は兄は現在手紙を書く事もメールをうつことも出来ない状態にあります。しかし兄から菊丸さんには知らせるなと強く言われておりましたので自分も兄の言う通りにしておりましたが先日の菊丸さんからのメールを読んで菊丸さんがいかに兄の事を心配してくださっているのかが解りました。だからもうこれ以上は隠せないと判断し、すべてを打ち明けようと思いました。
 兄は現在入院中です。原因不明の病で昼間にしょっちゅう居眠りをして、だんだん眠っている時間の方が起きている時間より長くなり半年前からとうとう眠ったまま目を覚まさなくなってしまいました。医師や家族の呼びかけにも反応せず。ずっと眠ったままです。以前兄が起きている頃に兄から眠ったままで起きれなくなる日が来たら日本にいるかつての仲間達、特に菊丸さんには絶対に知らせないで欲しいと言われました。きっと兄は心配をかけたくなかったのだと思います。
 しかし自分も含め家族は兄がこの状態がこの先もずっと続くのかと思うとやはり心配です。そこで強引だとは思ったのですがフランスへの航空券を同封しております。冬休みに兄のところへ来ていただけないでしょうか。
 不二裕太 」
 
 
 
 
 
 「・・・・・・・・・不二」
 菊丸は持っていた鞄を床に落とした。
 動じないと自分に言い聞かせていたがやはり目の前に現実を付き付けられると頭が真っ白になって言葉を失ってしまった。
 菊丸は壁に貼っているカレンダーを見た。終業式は来週で冬休みに入る。冬休みは年末年始を除いてテニス部の練習がある。大石が組んだ他校との合同練習や練習試合のスケージュールでいっぱいであった。
 
 
 「・・・テニスやってる場合じゃないよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 「冬休みの練習に参加出来ないとはどういうことだ?」
 
 手塚が怪訝そうな顔をして菊丸を見て言った。
 次の日の部活練習後、菊丸は手塚と大石に「相談したい事があるから」と言って残ってもらったのだ。
 「・・・フランスの不二が大変なんだ」
 そう言って裕太からのエアメールを手塚に見せた。大石も隣から覗き込んだ。
 
 「・・・・・・・・・・・・」
 裕太からの手紙を一通り読んだ手塚と大石も不二の病気がショックだったらしく二人揃って口を閉ざしていた。
 
 「行くのか?菊丸」
 手塚は手紙に同封されている航空券を見て言った。
 「俺、行く!行っても何が出来るってわけじゃないけど行きたいんだよ!不二のところに」
 「しかし英二、行くと言ってももう来週の話だろ、急な話だな」
 「行く準備くらいはすぐに出来る。春に行ったオーストラリアの牧場体験の修学旅行のおかげでパスポートも揃っているし。だから俺のほうは大丈夫だからあとは練習試合の方なんだけど・・・・・・」
 菊丸は大石を見た。
 「ダブルスペアのことなら心配するな。なんとかやるさ」
 「菊丸、後は大石に任せておけ。中等部の時に大石が怪我をして試合に出られなかったときにお前は大石以外の奴と組んでもやれたじゃないか、今度は大石の番だ」
 「そだね。大石なら誰とでもやれるよね」
 
 「行ってこい、菊丸」
 「がんばれよ、英二」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 「姉ちゃん'Sの馬鹿・・・・・・」
 菊丸は成田空港のベンチで溜息をついた。冬休み初日のことである。
 もうすでに搭乗のチェックインから出国審査まで済ませて搭乗ゲートのベンチに座っている。
 「全く、俺は遊びでフランスに行くわけじゃないのにこんなもの持たせて・・・」
 菊丸は姉達に渡された買物リストを見て溜息をついた。リストにはびっしりとフランス製のブランド物の名前が書かれてある。
 
 「11:10発のJL405便パリ行きにご搭乗の方はぁ〜」
 航空会社の係員による搭乗案内のアナウンスが流れた。
 「おし、行くぞ」
 菊丸はまるで試合でコートに出る時と同じくらい気合いを入れて 搭乗券を握り締めてベンチから立ち上がった。
 
 
 
 日本からフランスまでノンストップで約12時間半。
 
 
 
 
 
 
 
 
 菊丸がパリのシャルル・ド・ゴール空港に着いたのは現地時間で16時少し前くらいだった。入国手続きやら税関検査やらを済ませてロビーに出ると不二裕太と不二の母親が待っていた。
 「おばさん、裕太君、お久しぶりです」
 「菊丸君、よく来てくれたわねありがとう。さ、駐車場はこちらだから」
 「菊丸さん、長時間飛行機に乗ってたら疲れたでしょう。荷物持ちます」
 「あ、俺これくらいの荷物大丈夫だから、ありがとう」
 三人は駐車場へ向った。
 
 
 
 
 空港から車で30分程でとある病院に着いた。
 「こっちよ、菊丸君」
 不二の母親の案内で病室まで連れて行かれる。
 病室のプレートには「Shusuke Fuji」と書かれていた。菊丸はそれを見て今まで会いたくて会いたくてたまらなかった不二にやっと会える喜びと病気で入院中の不二の姿が想像できないのとで複雑な気分になった。
 「おじゃまします・・・・・・・・・」
 病室のドアをそっと開ける。中からの返事はない。
 「周助以外誰もいないわよ。さ、入って」
 不二の母親が菊丸の背中をそっと押した。
 
 
 中に入ると病室は窓から差し込む夕日で真っ赤に染まっていた。
 「不二・・・・・・」
 不二周助は病室の真ん中に置かれたベッドで静かに寝ていた。
 「不二、俺だよ英二だよ。フランスまで来ちゃったよ」
 菊丸はベッドサイドに近づいて不二の顔を覗き込んだ。
 去年会った時に比べてやはり少しやつれた感じがするのだがそれでも不二は端正な美しい顔をしていた。
 「このまま目を覚まさないなんて信じられないでしょう?」
 「ええ、揺さぶったら起きるんじゃないかなーなんて・・・」
 「それが電気ショック与えても目が覚めないのよね」
 不二の母親は苦笑いをした。
 
 
 
 「3年の先輩達がさあ、もうちょっとというところで関東大会の途中で負けちゃったんだよね。なんか先輩達って厄年かってくらい怪我したり調子悪かったりで・・・。えーと怪我の所為にしたら言い訳になるかもしれないけれど。全国大会へ行けなかったのはやっぱ悔しかったよなー。で、先輩達引退してまた手塚が部長になったの」
 菊丸はベッドサイドに置かれてあった椅子に座って不二に語り始めた。
 「菊丸さん・・・・・・」
 「半年も音信不通だったからいろいろと積る話があるんだ。語らせてよ」
 菊丸は裕太を見上げて微笑んだ。
 
 
 
 「・・・で、それに比べて中等部なんかおチビ率いるテニス部が全国優勝しちゃったりして、でもあいつすっかり背が伸びちゃっておチビじゃなくなったんだよ。ますます可愛げなくなったし」
 菊丸は反応の無い不二にずっと語りかけた。
 不二の母親と裕太は黙ってそれを見ていた。
 
 
 
 やがて面会時間の終了時刻が近づいてきた。
 「ねえおばさん、俺、今日はここで泊まってもいいですか?」
 「え?この病室で、菊丸君長時間飛行機に乗ってきたのだからうちに来てゆっくり休めばいいのに」
 「今日はここに居たいんです。居させて下さい」
 不二の母親は首をすくめて苦笑した。
 「しょうがないわね。でも今日だけよ。明日はうちに来てもらうから」
 「はい」
 不二の母親と裕太は病室を出て行った。
 
 
 
 
 病室に二人だけになったことを確認すると菊丸は不二の右手を掴んだ。
 「不二・・・バカヤロウ。なんで本当の事言ってくれなかったんだよう。俺、嫌われちゃったのかと思ったじゃないか。心配かけやがって・・・」
 不二の手の甲に菊丸の涙が滴り落ちた。
 「お願い、不二、目を覚まして・・・」
 菊丸は不二の頬を両手でそっと包み込むと軽く唇を重ねた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 悪い魔法にかかって眠り続けるお姫様
 
 お姫様を眠りから目覚めさせるのは―――――
 
 ――――――――――  王子様のキス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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