Flambee Montalbanaise 4
音楽あふれるカフェにて〜フランベ・モンタルバネーズ
「・・・・・・じゃあ明日行って来るから」
大石の話し声が聞こえる。誰と話してしるんだろう?そう思いながら菊丸は夢のまどろみから覚醒した。
「・・・・・・大石」
「英二、目が覚めた?ごめん気絶するまでやるつもりなかったんだけどつい・・・」
大石は照れくさそうに頭を掻きながら携帯電話を鞄にしまった。
「・・・・・・謝るのは俺の方だよ」
菊丸はベッドの上で膝を抱えて座って俯いた。
「英二、何も言うな・・・」
「大石、でも・・・」
大石は壁に貼られた不二の写真を見た。
「不二には負けたよ。完敗だよ」
「ごめん、大石・・・・・・」
菊丸の瞳から涙が溢れた。
菊丸が絶頂を迎える瞬間壁に貼られた写真の中の不二と目が合った。その時今までの不二に抱かれた記憶がフラッシュバックしてきて菊丸は不二に抱かれているような錯覚を起こして絶頂の瞬間に「不二」と叫んで大石にしがみ付いてしまったのだ。そして菊丸は大石に抱かれながらも本当は不二を求めているということをその身をもって知ってしまったのだった。
「不二の居ない間に英二を奪おうと思ったけど・・・最後の最後で逆転されちゃったな。さすが天才不二周助だよ」
大石は自嘲気味に笑った。
「泣くな英二・・・俺達は恋人にはなれなかったけど親友にはなれる」
大石は菊丸に近づいてそっと涙を拭った。
「俺は英二の一番の友達のポジションにいてもいいかい?」
「ありがとう大石。そしてごめん・・・本当にごめん。俺、大石にドキドキしていながらも心の底ではやっぱり不二のことが・・・不二が・・・・・・」
菊丸の瞳からあとからあとから涙が溢れ出る。
「もう泣くなっていってるだろ」
大石は床に散らばっていた菊丸の服を渡した。菊丸はベッドの上でもぞもぞと着替え始める。
「なあ英二」
「にゃに?」
「その足じゃ、明日は部活見学になるだろ」
「あ、うん、そだね・・・」
菊丸はしょぼくれる。
「俺、明日は今度合同練習する学校に挨拶に行くんだ。手塚にもさっき明日行くと言っておいた。どうせ見学になるのなら英二も一緒に行こう」
「合同練習?いいけど・・・どこの学校?」
「聖ルドルフ学院」
「よもや青学の黄金ペアがやってくるとは思いませんでしたよ」
聖ルドルフ学院高等部。相変わらず選手兼マネージャーをやっている観月はじめが大石から受け取った練習プログラムと大石と菊丸を交互に見ながら呟いた。
「まあこちらにもいろいろ事情があって・・・」
「菊丸君は足を引きずっているみたいですね。怪我したのですか?」
「2,3日で治るからさ、ルドルフとの合同練習にはバッチリ大丈夫だって!」
観月と大石が合同練習の内容についての打ち合わせを始める。最初は一緒に聞いていた菊丸だがだんだんと込み入った話になるとおっくうになって打ち合わせに使用している教室から外を眺めた。空は秋空独特の雲がなびき、遠くにはクリスチャン学校らしく礼拝堂が見える。その礼拝堂の屋根の上にある十字架がやけに秋空に合っているなあなんて考えた。
「―――― ところでちょっと聞きたいことがあるのだけど・・・」
「何です?」
「フランスに行った不二裕太とは連絡を取り合っているのかい」
「( ―― え???)」
菊丸は大石の言葉で秋空に吸い込まれそうになった意識を引き戻した。
「(不二裕太?)」
「ええ時々電子メールでやりとりしますけどそれが?」
「兄、周助のことを何か聞いていないか?なんでもいい、教えて欲しい」
「別に何も、先月貰ったメールにも兄のことは書かれていませんし、僕も裕太君のことは尋ねますけど兄のほうには興味ないんでね」
「せ、先月メール貰ったの?裕太君から!」
菊丸は突然身を乗り出し観月に詰め寄った。
「ちょっと!菊丸君一体何ですか!」
菊丸はハッとして席に着いた。
「・・・ごめん。実は不二と半年前から全く連絡が取れなんだ。手紙を送ってもメールを送っても返事が来ないんだ」
観月は不二周助の事に関しては寝耳に水だったらしく目を見開いて菊丸を見つめてしばらく声が出ないでいた。
「・・・・・・残念ですが不二周助の事に関しては僕には何も分かりませんし何も聞いていません。何なら裕太君に『お兄さんはどうしている?』とのメールを送っておきましょうか」
「それは有り難い。英二、そうしてもらおう」
「だめだよ・・・」
「「え?」」
菊丸は真剣な眼差しで観月を真っ直ぐ見つめた。
「厚かましい事だとは解ってる。解ってるけど・・・俺のわがままきいて欲しい。・・・観月、君のパソコンちょっと貸して欲しい。俺が裕太君に直接頼みたい」
観月は菊丸を見たまま黙っていたがあまりにも菊丸が真剣な表情で観月を睨み付けるものだから観月は何かを感じたらしく口を開いた。
「あなたは不二周助の何なのですか?」
「世界で一番大切な人。たとえ日本とフランスとで離れていても心はいつも繋がっている。いつも側に不二を感じているんだ。・・・・・・・・・でも・・・でも、今は不二が遠い。きっと不二の身に何かが起きたんだ。だからせめて何が起きたのかそれだけでも知りたい」
観月は菊丸の訴えを聞くとおもむろに席を立った。
「菊丸君、僕に付いて来て下さい」
聖ルドルフ学院の学生寮内の観月の部屋はきれいに片付けられていてすっきりとしたものだった。
観月はパソコンの電源を入れて起動させ、メールソフトを開いて何やら入力し始めた。
「裕太君宛てのメールです。とりあえず僕が今菊丸君がここに来ているという旨の文章を入れておきましたので続きは菊丸君、あなた自身が入れて下さいね」
そう言って観月はノートパソコンを菊丸に勧めた。菊丸はキーボードに手を伸ばして文章を入れ始めた。
「で、裕太君に何て送ったんだ?聞いてもいいかい?」
帰りのバスの中で大石は菊丸に尋ねた。
「んーとね、『もし不二が俺のこと嫌いになって音信不通でいるのならはっきりと俺に直接"嫌いだ!"と言って欲しい。けど何らかの事故で音信不通なら不二の身に何が起こったのか教えて欲しい。俺は何があっても動じないから。おそらく不二は自分に何があっても外部に知らせるなと言ってると思うけどそれじゃあかえって俺は辛い。もっと何でも打ち明けて欲しい。』って送ったにゃ。もちろん俺のメールアドレスも入れてね。俺にダイレクトに返ってくるように頼んだよ」
「切実だね」
「そだね」
「返事来るといいな」
「・・・・・・うん」
* * * * * * * * * *
頬に当たる風が冷たくなり街は赤と緑のディスプレイで飾られるようになった。――― クリスマスが近づいていた。
「英二先輩一緒に帰りましょう」
部活終了後、帰ろうとしていた菊丸を桃城が呼びとめた。
「そだね」
部室を出ると冷たい風がダイレクトに身体にあたりぞくっと身震いする。
「うひゃー、やっぱ汗かいた後にこの風はしみますね」
「へへん!俺はこれを持ってるもん」
菊丸は鞄から赤いカシミアのマフラーを取り出すと首に巻き始めた。
「あーいいなあ、でも先輩って赤が似合いますね」
「そお?」
「赤と言えばハンバーガー!先輩、今から食いに行きませんか?」
「にゃんで赤でハンバーガーなんだよ!」
「ほらファーストフード店って客の回転を早めるために店のカラーを赤にして落ち着かせないようにしてるってTVで言ってましたよ」
「それって俺が落ち着きがないって意味?」
菊丸は口を尖らせて拗ねたように桃城を睨んだ。
「あわわっ違いますって!英二先輩の場合は行動的だなーなんて・・・それに・・・」
「それに?」
「赤が似合うのってなんか可愛いなーなんて、情熱の色だし。女の人は冷え性対策に赤い物を身に着けるなんていうけど」
「・・・そーいや姉ちゃん達が『寒い寒い』って言いながらよく赤いセーターだのスカートだの履いてるなあ。そういう意図があったのか」
「そうそう、じゃあ赤い店へ行きましょう!」
「桃ごめん、今日寄るところがあるんだった。すっかり忘れてたよ。また今度ね」
そうして校門を出ると二人は別々の方向へ帰って行った。
菊丸は一人でクリスマスカラーの通りを歩いていた。別に寄るところなんてない。ただ桃城の話を聞いて一人になりたくなったのだ。
正面から冷たい風が吹きつけ思わずマフラーで鼻を隠すように覆ってしまう。こんな時カシミアの肌触りは心地よい。
「不二・・・・・・」
去年のクリスマス休暇に一時帰国した不二からのプレゼントの真っ赤なカシミアのマフラー。首に巻いてくれて
「この色を選んで良かった。ホントに英二は赤がよく似合うね。可愛いよ」
とにっこり微笑んだ不二の顔が忘れられない。
「不二、本当にどうしたんだよ・・・・・・」
秋に裕太宛にメールを送ってから裕太からも何の返事も来ない。毎日学校から帰ると真っ先にメールチェックをするのだがいつも裕太からのメールはなかった。それどころか先日偶然街で会った観月にも「あれ以来、僕や他の部員が送ったメールの返事が来なくなったんですよね。全く一体何があったのでしょう」と言われる始末であった。
「裕太君もルドルフの人達と音信不通になるなんて・・・・・・」
そんなことを考えている間に菊丸は自宅に辿りついてしまった。
「ただいまー!」
「お帰り、英二」
母親がキッチンの中から返事をした。
「英二宛にエアメールが届いてたから机の上に置いておいたわよ」
「エアメール!!!」
菊丸は2階の自室ヘ向って階段を駆け上った。
act5へ
小説部屋へ
|