| Flambee Montalbanaise 2
 音楽あふれるカフェにて〜フランベ・モンタルバネーズ
 
 
 
 
 
 
 
 
 「・・・僕がが想像しているよりもずっとパリは近代的になっていた。幼い頃に見たパリの街は石造りの建造物が黒く汚れて集積していて特にセーヌ川沿いに聳え立つノートルダム大寺院は、数世紀におよぶ時間の流れに身を横たえた白鳥さながらに身動きをせず、積もり積った塵の中で黒光りをした羽をまるめ、息をひそめているかのようだった。
 現在はルーブル美術館も高圧で吹きつけられる水に洗われて建築当時を思い起こさせるクリーム色の石のはだを現している。
 変わって行くのは人間だけじゃない。
 シャンゼリゼ通りにあるアコーディオンのパリ・ミュゼットの流れるオープンカフェでシナモンティーを飲みながら目の前を行き交う人々を見てふとそう考えた。
 
 音楽あふれるカフェにて  不二 周助 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「はあぁ〜〜〜〜〜」
 自室のベッドの上で菊丸英二は仰向けに寝転がって不二から届いた最後のエアメールを見つめながら溜息をついた。
 「俺、どうしてあんなことしちゃったんだろう」
 あんなこととは大石とのディープキスのことである。軽い挨拶程度のちゅうのつもりだったのだが唇に大石の唇を感じた途端自然と自分の腕が大石の首に絡まり自分から舌を差し入れていた。そのことを思い出すだけで菊丸は耳まで真っ赤になった。
 「不二、どうしよう・・・・・・」
 ベッドサイドの壁に何枚も貼られているフランスの風景写真を見つめる。それらはすべて不二が愛用のライカで撮影して菊丸に送ってきた写真だった。
 菊丸は上の兄が就職して会社の寮に入ったので今年から部屋を1人で使っている。次兄が長兄の部屋に移動したのだ。菊丸は今まで次兄に遠慮して飾っていなかった不二からの写真を壁に貼って不二との思い出を忘れないようにしていたのだ。
 何枚も貼ってある風景写真の中に一枚だけ人物写真がある。渡仏前に撮った不二とのツーショット写真だ。
 「・・・ごめん、不二」
 菊丸は写真の中の不二に睨まれた気がして壁に背を向けた。
 目を閉じると思い出すのは不二の顔ではなく大石の微笑み。
まるで大母神ガイアのようなすべてを包み込む優しさに思わずその身を預けそうになってしまった。
 心臓がドキドキしてきた。菊丸はこのドキドキを知っている。不二から初めて告白された時。誰もいない校舎の裏での初めてのキスの時。そして不二とはじめて体を繋げる前、不二が菊丸に気を使って照明を消してやさしくおでこにキスをして「僕を信じて」とささやいた時・・・。このドキドキは恋をしている時のドキドキ。
 
 ――――― 大石にドキドキしてるの?
 
 「俺が好きなのは不二だけにゃ」
 菊丸は手にしていた不二からのエアメールを胸にぎゅっと抱きしめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「お〜い菊丸」
 放課後部活に行こうとした菊丸にクラスメートが声をかけた。
 「何?」
 「センセーが職員室に来いって。お前何かしたのか?」
 「うんにゃ、覚えないけど」
 担任に呼び出される覚えのない菊丸は首を傾げながら職員室に向かった。
 
 
 
 
 「・・・・・・で、どうする気だ?」
 菊丸は職員室の担任の前で項垂れていた。
 「進路希望用紙を白紙で提出したのはお前だけだぞ、せめて大学部に内部エスカレーター希望か青学以外の大学に進学希望かそれとも進学せずに就職希望かくらい書いたらどうなんだ」
 「すみません・・・俺、まだどうしたらいいか分かんなくって・・・」
 担任は溜息をついた。
 「そういや菊丸、お前最近なんだか元気がないようだが・・・なんか悩んでることでもあるのか?」
 「えっ!?」
 「(センセー、にゃんで判るの?)」そう言いたくなった菊丸だが口をついて出たのは
 「いえ・・・別に・・・」
 担任は再び溜息をついた。
 「まあお前のことだから悩みがあっても話しを聞いてくれる友達はいるだろう。あまり独りで抱え込むなよ」
 菊丸は俯いていた顔を上げて担任を見つめた。
 「センセー、よく見てるね」
 「そりゃー先生だからだ」
 担任は腕を組んで堂々とした態度で答えた。
 「まあ今日のところはとりあえず部活に行って・・・・・・」
 そこで担任は言葉を詰まらせた。
 「そういや菊丸、お前テニスのダブルス部門で全国大会に出たよな」
 「はあ・・・」
 「とりあえずこの用紙に内部進学とでも書いておけ」
 「何で?」
 「自分がこう進みたいと思っても人生どこでどういきなり変わるか分からないぞ」
 「何それ?」
 「来年も全国大会に出場してイイ成績でも出してみろ、引き抜きがくるかもしれないぞ。6大学とかな」
 
 「はあぁぁぁぁ!?!?」
 
 菊丸はすっとんきょんな声を出した。周囲の教師や生徒が一斉に菊丸の方を見た。
 「こらっ、何て声出してる!」
 「センセー、それは手塚に言う台詞だと思うんだけど」
 「何を言うか、手塚ならテニスじゃなくても学力だけで6大学以上のところに進学出来るだろうが」
 「う゛・・・・・・」
 担任の着眼点は鋭かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 菊丸は遅れてコートに入った。もうすでに部員達は練習を開始している。
 「今日はどうしたんだ?」
 コートに入るや否や高等部新部長になった手塚が尋ねてきた。
 「ごめん、担任に呼ばれていて・・・え、と進路指導で」
 「そうか」
 手塚はそれだけ言うとコートの中に入って行って後輩達に指導を始めた。その後ろ姿を見た菊丸は先程の担任との会話を思い出した。
 「そいうや手塚は進学はどうするんだろう・・・」
 「青学の大学部に内部進学希望だそうだ」
 「!!!!!!」
 いきなり背後から声がして驚いて振り返ると乾が立っていた。
 「もう驚かさにゃいでよ!てか俺の独り言聞こえちゃったんだ」
 「ああ、データ収集には地獄耳も必要な時があるからな」
 「ふ〜ん、乾のデータにはそんなことまで調べてあるんだ」
 「まあな。それより遅れて来た時専用の練習プログラムってのを作ってみたんだ、さっそく試してもらおうかと思って」
 「何それ、俺って実験台!?」
 
 
 ブーイングしながらも乾の練習プログラムをこなしている菊丸。前屈運動をしている時に休憩時間になった大石が近づいてきた。
 「英二、背中押そうか」
 「うん、サンキュー、頼むにゃ」
 背中を大石に押してもらってさっきよりも前に上体が傾く。大石の手は先程までコート内を駆け回っていたせいか熱かった。背中に布ごしに感じる大石の手の体温に菊丸はどきっとした。
 一度ドキドキしだした菊丸の鼓動はだんだん早くなっていき菊丸はなんとか早くに終わらせてしまおうと焦った。
 
 「大石、前屈はもう終わり、有難うにゃ」
 なんとか練習ノルマをこなしホッとする。しかし大石の側にいるとなんだか余計に意識してしまいそうで顔を合わせずに次の練習メニューへととりかかる。
 「英二、何か手伝えることあるか?」
 「え、い、いや、もうないから・・・俺のことはいいから大石は自分の練習を続けてよ」
 菊丸は大石を見ないようにして答える。
 
 
 
 「(ダメだよ俺、大石のこと意識しちゃっているよ)」
 
 「乾ぃ〜、この次何するんだっけ?」
 菊丸は乾に用があるフリをして大石の側から離れた。
 
 「ふ〜ん、じゃあ足腰強化型のトレーニングなんだね」
 菊丸は乾の練習メモを見て頷いた。
 「やけに気合いが入っているな」
 「え、ええっ、そうかにゃ・・・」
 「(練習に集中しないと大石のこと意識しそうだもん・・・)」
 「はりきり過ぎて怪我なんかするなよ」
 「わかってるって」
 菊丸はメモから目を逸らし空を見上げた。
 「なあ乾、先週中等部の3年生が全国優勝して引退したんだろ」
 「ああ、越前率いる青学中等部レギュラーだ」
 「半年も経ったらあいつらが入ってくるんだよ、うかうかしてられないよ」
 「英二にしてはやけにシリアスなこと言うんだな」
 「どーゆー意味だよ!」
 「英二のことだから越前達が入ってきてもマイペースでいくと思ったのだがな。これは意外なデータがとれた」
 菊丸は乾の眼鏡の奥の読み取れない瞳が光ったように見えた。
 「俺はあの"おチビ"が部長でよくテニス部がまとまったというのが意外なデータだったけど」
 「はははは、それもそうだな。しかし越前はあいかわらずあの調子で実際に部をまとめていたのは面倒みのよい副部長のおかげだそうだがな」
 「ああ、あのカチロー君ね」
 「そういやちょくちょく大石のところに相談に来ていたな。きっと越前があの調子だからかなり苦労したんだろな。大石以上に胃を痛めたというデータもある」
 
 どくんっ
 
 乾の口から発せられた『大石』の言葉に一瞬どきりとした。菊丸は両手で頬を叩いて気合いを入れ直した。
 「菊丸、ちょっと来い」
 隣のコートから手塚が呼ぶ声が聞こえた。
 「何だろ?」
 菊丸は隣のコートに走って行った。
 
 
 
 
 
 「試合!?」
 「違う、試合形式の練習だ」
 菊丸の目の前にはダブルスをはじめたばかりの1年生達がいる。
 「口で説明して頭だけで理解させるより実戦で体で覚えさせるのがいいからな。お前らが相手をしてやってくれ」
 「お前らって・・・」
 菊丸が横を向くとそこには大石がいた。
 「「青学ゴールデンペアに教えていただけるなんて光栄です!よろしくお願いします!」」
 1年生達は目を輝かせて二人に挨拶をした。
 
 「(今は大石と組むの、なんかヤバイよ・・・でも断るわけにはいかないし・・・)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ありがとうございました。先輩達の動きを間近で見てダブルスのコツがだんだんと掴めてきました」
 「またご指導お願いします」
 
 
 
 動揺しながらも難無く1年ペアに楽勝した大石と菊丸だった。
 「なあ英二」
 「何?」
 「今日はどこか具合でも悪いのか?だったら無理しない方がいい」
 「べ、別に悪くなんかない」
 大石を意識しすぎて菊丸はいつものプレーが出来なかった。それを大石は見抜いていたのだ。
 「いくら練習試合だからと言っても英二は手を抜くような真似しないだろ、調子悪いのならちゃんと言った方が・・・」
 「もういいって!大丈夫だから」
 菊丸は大石の言葉を遮るように言い放った。大石が驚いた顔で菊丸を見つめる。
 「あ、ごめん・・・でも俺、大丈夫だから。顔洗ってくる」
 菊丸は慌てて動揺している顔を見られないように踵を返した。慌てすぎて水飲み場へと向おうとした足がもつれる。
 「うわっ!」
 菊丸の身体が地面に崩れる。
 「英二っ大丈夫か」
 「にゃはは、コケちゃった。大丈夫・・・痛っっっ」
 作り笑いをして起き上がろうとした右足首に激痛が走った。
 「おいっ英二!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 保健室で校医先生に手当てをしてもらった結果、単に足首を捻ってしまっただけなので2,3日おとなしくしていれば良くなるというものだった。
 「今日はもう帰って休んでいろ。あ、今は辛そうだから大石、菊丸の鞄を持って送って帰ってやれ」
 菊丸の足の状態を見た顧問がそう言った。
 「(にゃんでよりによって大石なんだよ〜!)」
 菊丸は泣きたい気分になった。
 
 
 大石に鞄を持ってもらい右足を引き摺る様に歩く菊丸に大石は気遣ってあれこれ話し掛けているのだが菊丸はただ「うん」とか「ふうん」とか愛想なく相槌を打つだけだった。そのうち菊丸の家の前に着いてしまった。
 「大石、ありがとう鞄持ってもらってごめんな」
 「いや、このくらいいいよ」
 大石は菊丸の鞄を手渡した。
 「じゃあ」
 「またな」
 菊丸はドアの鍵穴に鍵をさし込んで開錠し、ドアを開けた。
 「痛っ・・・」
 ドアを開けた時菊丸はバランスを崩してその場に崩れ落ちてしまった。
 「英二っ」
 帰りかけた大石が駆け寄って来て菊丸の身体を抱え起こした。
 「ごめん、大石」
 「ついでだ、英二の部屋まで連れて行くから」
 
 
 
 
 結局大石に自室まで支えてもらいながら送ってもらった。
 「本当にごめん、大石」
 「謝ることはないよ。それに謝るのは俺の方だから」
 「???にゃんで?」
 菊丸は大石を見た。ずっと顔を見ない様にしていたので久々に大石を見たような錯覚になる。
 「俺、何か英二に避けられているみたいだったから。俺が何かしたのなら謝るよ」
 「違うっ、大石は悪くない」
 「でも・・・」
 「悪くない、・・・けど・・・けど・・・・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「俺に構わないで。やさしくしないで」
 「どうして・・・」
 大石の瞳には驚きの色がくっきりと現れていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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