| Flambee Montalbanaise 1
 音楽あふれるカフェにて〜フランベ・モンタルバネーズ
 
 
 
 
 
 
 
 
 「・・・僕がが想像しているよりもずっとパリは近代的になっていた。幼い頃に見たパリの街は石造りの建造物が黒く汚れて集積していて特にセーヌ川沿いに聳え立つノートルダム大寺院は、数世紀におよぶ時間の流れに身を横たえた白鳥さながらに身動きをせず、積もり積った塵の中で黒光りをした羽をまるめ、息をひそめているかのようだった。
 現在はルーブル美術館も高圧で吹きつけられる水に洗われて建築当時を思い起こさせるクリーム色の石のはだを現している。
 変わって行くのは人間だけじゃない。
 シャンゼリゼ通りにあるアコーディオンのパリ・ミュゼットの流れるオープンカフェでシナモンティーを飲みながら目の前を行き交う人々を見てふとそう考えた。
 
 音楽あふれるカフェにて  不二 周助 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「はあぁ〜〜〜〜〜」
 青春学園高等部の校舎の屋上で菊丸英二は仰向けに寝転がって雲ひとつ無い青空を眺めていた。
 「英二、ここにいたのか」
 「大石!どうしてここが・・・」
 菊丸は慌てて体を起こした。
 「さっきクラスを覗いたら英二いなくてさ、同じクラスのタカさんに聞いたら英二は最近昼休みになると屋上にいるって」
 「そうなんだ。で、何か用?」
 「今日の部活はミーティングだ。場所は2年1組の教室を借りれる事になった」
 「手塚のクラスだね」
 「ああ、先週の試合で3年の先輩達が引退だからな、これからは俺達2年がテニス部を引っ張ることになる。先輩達が成し遂げられなかった全国を目指して頑張らねば」
 「ぷぷっ、大石ったら中等部の時と同じ事言ってるじゃん」
 「そうだな、これからは高等部テニス部の部長が手塚で副部長が俺、中等部の頃と変わらないな」
 大石が自嘲気味に笑った。
 「違うよ・・・」
 「えっ?」
 「違うよ、あの頃の俺達と違うよ・・・」
 菊丸は唇を噛んで下を向いた。
 「英二・・・」
 「タカさんは板前修行でテニスを辞めちゃったし、不二は高等部に進学してすぐにフランス留学しちゃったし、まあ不二の親父さんの仕事の都合だから仕方ないのかもしれないけど・・・」
 「・・・・・・」
 「最近思うんだ、俺このままでいいのかな?なんて。高等部2年になってクラスが進路別になって手塚と乾は特進クラス。大石は医者になるから理系に進んで、不二はフランスのテニスの大会で活躍してるし、なんか俺、ダラダラと普通の文系クラスになったけど同じクラスになったタカさんは板前修業しているし・・・」
 「英二らしくないな」
 「大石、その"英二らしい"って何?何が俺らしい事なの?」
 大石はいつもと違う菊丸の態度に困惑した。
 「俺の知っている英二はいつも前向きで明るく周囲の者を魅了する ―――――― 不二と何かあったのか?」
 「べっ別に何も・・・何もないって」
 「何もないって顔じゃないぞ」
 大石は菊丸の正面に座り直し、菊丸の両肩に手を置いた。
 「俺は、いつでも英二の味方だから。よかったら話してくれないか?」
 「・・・大石は、何でそんなに優しいの」
 菊丸の掠れた声に大石はドキッとする。
 「大切なダブルスペアで、大切な友人だから・・・」
 大石の声音は誰よりも優しくすべてを包み込むかのようだった。しかしその声と裏腹に心は動揺していた。
 
 
 (優しくするのは君が好きだから。たとえ君が不二を見ていても。君と不二の中を応援するいい友達を演じていただけ。本当は君を・・・・・・・・・)
 
 
 「ここ半年近く連絡がないんだ」
 「何だって」
 「留学して1年くらいはずっとエアメールや電子メールでやりとりしていて・・・たまには日本に帰って来て・・・でも、でもここんところ手紙もないしメールを送っても何の音沙汰もないし・・・一体どうしたんだか分かんないよ」
 「英二」
 「国内ならなんとか会いに行こうかと思うんだけど・・・フランスなんて、フランスなんてあまりにも遠すぎるよ・・・」
 菊丸の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。それを見た大石は無意識のうちに菊丸を自分の胸に抱きしめていた。
 「お、大石・・・」
 「泣きたいのなら思いっきり泣けばいい。少しは楽になるから・・・。俺も不二の消息をなんとかツテを頼って探してみるよ」
 「ありがとう大石」
 菊丸は大石の胸に顔を埋めて声をあげて泣き出した。大石は菊丸を収めている腕に力を込めた。
 
 
 (本当はこのまま不二が消息を絶ってくれればなんて考えてしまった。そうすればそれにつけこんで君を不二から奪えるのに・・・)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ありがとう大石。少し楽になった」
 菊丸はひとしきり大石の胸で泣いた後、大石から体を離した。
 「俺、本当は不二のこと諦めようかと思った。これからは不二無しでも生きていけるようにって。そしたら急に将来はどうしようかと今まで考えたこともないようなこと考えるようになって・・・今まで不二しか見ていなかったからそんなことまで考えてる余裕はなかった。将来の目標が決まっている大石やタカさんがすごく格好良く見えた」
 「格好良くなんてないよ」
 「うんにゃ、俺の上の兄ちゃんが今年就職したんだけど言ってた。『法学を勉強してたら将来役に立つかなあと思って何となく大学の法学部に行ったけど就職活動していいなあと思ったのがコンピューター関係の仕事で・・・でもコンピューター専門学校行ってた奴らには敵わなくって結局金属メーカーの総務課に落ち着いてしまった。英二、お前ならまだ色々な希望がある。やりたいことは今のうちに決めておいた方がいいぞ』ってね」
 「英二は何かやってみたいこととかあるの?」
 「いや、特にない。特にないけど・・・・・・」
 「けど?」
 「本音いうと一生テニス出来たらいいな、にゃんてハハハ。手塚やおチビみたくプロでやっていける実力じゃないけど」
 「俺もそうだよ」
 「え?大石は医者に・・・」
 「スポーツ医師になる。そして怪我をした選手達を治療してメンタル部分でも励ましてやりたい。手塚が故障した時にそう思ったんだ」
 菊丸は大石をじっと見た。大石の瞳は真っ直ぐに目標を見据えているようでいきいきとしていた。
 「やっぱ大石って格好いいや」
 
 
 (違うよ、違うんだ。本当の俺は全然格好よくない。君を不二から奪って自分のものにしたいというどす黒い欲望が渦を巻いている。それはまるでダンテの戯曲に出てくる地獄絵図さながらでもうどうしようもない)
 
 大石は菊丸に向っていつものように誰もが安心できてしまうような温かみのある笑顔で微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「英二、ちょっといいかい?」
 数週間後、テニス部の練習終了後部室で着替えていた菊丸に大石が声をかけた。
今日は新しいダブルスのフォーメーションを居残り練習してたのですでに部室には誰も残っていなかった。
 「いいけど、何?」
 「不二のことなんだが・・・」
 「な、なんか分かったの!?」
 菊丸は留めかけていたシャツのボタンもそのままに大石に詰め寄った。
 しかし大石は黙って首を横に振った。
 「いろいろとツテを頼って聞いてみたのだがやはりここ半年くらいは消息がつかめない。半年前にはハイスクール選抜大会なんかに出ていたらしいのだが・・・」
 「そうか・・・ありがとう大石」
 菊丸は俯いて唇を噛んだ。
 「だめだよ英二、そんなに強く噛んじゃ。唇が傷ついてしまう・・・」
 「・・・いいよ、ほっといてよ」
 「よくないっ!」
 いつもと違うキツイ口調の大石に菊丸はハッと顔を上げた。
 大石は菊丸の唇にそっと自分の指をあてた。
 「俺は英二のそんな顔を見たくないんだ。不二のことで何かあればどんな小さな事でも知らせてくれるように頼んである。だからそんな顔するな」
 「大石・・・」
 菊丸の瞳から一筋の涙が零れた。
 「あーだからそんな顔するなって言ってるだろ」
 「・・・違うよ。大石があまりにも優しすぎるから・・・・・・」
 菊丸が両手で目を覆った。
 「ありがとう・・・大石」
 その姿を見た大石は自分の中で何かが切れる音が聞こえた。
 気が付けば自分の腕の中に菊丸を収めている。
 「お、大石・・・?」
 「好きだ、英二」
 「え?」
 「ずっと好きだったんだ。英二のことが」
 「大石・・・」
 菊丸は大石の腕の中で顔を真っ赤にして俯いた。
 「ありがとう。でも、俺・・・」
 「解っている、不二のことだろう。いいんだ、俺は不二のことが好きな英二ごと英二のすべてを愛している。ただ自分の気持ちを伝えたかっただけなんだ」
 
 (本当は違う、英二を不二から・・・・・・)
 
 しばらく二人は黙ったまま抱き合っていた。
 「ごめん、遅くなったね。帰ろうか」
 静寂を破ったのは大石だった。
 「うん」
 「じゃあ帰り支度しよう」
 大石は菊丸を腕から離す際に軽く額にちゅっとキスをした。
 「////////!!!」
 菊丸が吃驚したような顔で大石を見つめる。
 「ごめん、
今日だけだから」
 大石が悪戯っぽく微笑んだ。
 「唇に・・・」
 「え?」
 「唇にしていいよ・・・今日だけ」
 菊丸の大きな目が真っ直ぐに大石を見つめている。
 
 
 「じゃあ、今日だけ・・・」
 大石は菊丸の顎に指をかけて上を向かせた。菊丸はすでに目を閉じている。
 大石はそっとその唇に自分の唇を軽く重ねた。
 大石の唇に柔らかい感触が伝わる。先程指で触れたのを同じだ。そう思いながら大石は唇をゆっくりと離した。
 「!!!!!」
 大石がわずかに唇を離した時ふいに菊丸が大石の首に腕をまわしてきて再び二人の唇が重なった。
 まるで唇の熱を確かめ合うように、触れるだけのキスを、何度も繰り返す。
 やがてしっとりと馴染んできた菊丸の唇が重ね合わせた大石のそれに吸い付いて来る。
 「ん…」
 軽くもないが深くもない口付けに、菊丸が鼻にかかった声を漏らした。
 その甘い声に大石は背中がぞくりとして菊丸の背に腕を回し力一杯抱きしめる。
 「んう…」
 菊丸が僅かに唇を離し、唾液に濡れた舌先で大石の唇を促すように舐める。
 「!!!!」
 菊丸の積極的な行為に大石は吃驚して何か言おうとしたのだが僅かに開かれた隙間から菊丸が舌を差し入れてきて、暖かな口内を堪能し始めた。
 菊丸の舌は大石の歯列をなぞりおとなしくしていた大石の舌をちょんちょんと舌先でつついた。
 びくっと動かした大石の舌を菊丸の舌がすばやく絡めてくる。だんだんと深くなっていく口付けと同時に菊丸の右手が大石の後頭部に触れ「離さない」と言わんばかりに後ろから力を込めて菊丸の唇に大石の唇を押し当てる。
 「んんっ・・・」
 二人の唇の間からは飲みきれなかった唾液が唇の端から零れている。
 二人は甘ったるい口付けを続けた…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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