〜 ten years after 〜 10年後の日常(番外編)
† 3年6組同窓会 -前編- †
「でね、2ヶ月前に彼氏と別れちゃってからずっとボ〜っとしてるの」
「そこまで彼氏の事好きだったんだ」
「今まで彼氏だけでいっぱいいっぱいで彼氏が全てだったから休日もずっと彼氏と一緒で、そんな生活だったから彼氏がいなくなったから暇なの。ねえ菊丸君、彼女いないんなら今度遊びに行こうよ。TDSに新しく出来たアトラクションに行きたいな。TVで見て行きたいなって思ったんだけど一緒に行く人がいなくって」
「ええっ!?」
「ねえ菊丸君、いいでしょ?」
「英二!」
突然背後から大声で名前を叫ばれて振り返ると不二がカメラ片手に立っていた。
「遠藤と鈴木が久しぶりだから一緒に写真撮ろうって言ってんだ」
「分かった、今行く!」
俺は目の前にいた女性に一言「じゃあごめんね」と言って不二とかつての級友の元へ行った。
俺は今、青学の中等部時代の3年6組の同窓会の会場に来ている。
当時のクラスメートの何人かは大学部までエスカレーターで上がっているのである程度大人になっても知っているが皆それぞれ社会に出てそれなりに引き締まった顔をしている。
そして中3の当時はよく喋っていた女子に声を掛けられて懐かしいなあという話からいつのまにか彼氏と別れただのTDSに遊びに行こうだなどという妙な話の流れになって少々困惑していた。その時まるで助け舟かのようなタイミングの不二からの誘い。
いやきっと不二のことだから遠藤や鈴木と話をしながらも俺のことずっと気に掛けてくれてたのだと思う。不二はそういうやつだ。
そして案の定、俺は遠藤や鈴木と写真を撮った後に不二にトイレに連れ込まれた。
「英二、ダメじゃない。変なオンナに掴まっちゃ」
「変なオンナ?」
「佐藤さんのことだよ。体よく英二を利用しようとしてたじゃない」
「ああ、彼氏と別れたからって言ってたから」
「彼氏が全てで彼氏でいっぱいいっぱいだったってのが馬鹿げてるよ。世界の中心は彼氏で回るみたいなの。だいたいあの女は今まで何事に置いても彼氏を最優先にして他の同級生の女の子からの遊びの約束もデート優先で全てキャンセルにして、それにバイトのシフトだって『彼氏に聞いてから来月いつ入れるか報告します』って言うくらいだったんだからね。自分の人生なんだから自分で決めなよって当時は思ってたよ。それで気が付けば周りに一緒にお茶する女友達さえいなくなってしまって当たり前の結果だよ」
「バイトのシフトってそこまでよく知ってるな」
「大学時代偶然一緒の店でバイトしてたんだよ」
「だから人生の全ての彼氏がいなくなってすることがなくなって暇をもてあましている。大抵の女性なら彼氏と付き合いながらも自分の趣味を楽しんだりお茶したり電話したりする女友達がいたりするわけなんだけど佐藤さんは彼氏を最優先にして彼氏しか見ていなかった。その結果周りの全てを失ってしまったんだ。まあ自業自得だね」
「ふうん・・・そうなんだ」
「で、TDSの新しいアトラクションをTVで見て行きたくなってももう彼氏もいなければ一緒に行ってくれそうな女友達さえいない。で、英二を暇つぶしのターゲットにしたんだよ。英二も利用されてるって自覚しなくちゃいけないよ、全く僕がいなけりゃホイホイついて行ってたでしょ」
「ごめん・・・」
別にホイホイついていくつもりはないけど断りきれずに行っちゃうかもしれなかったのは事実。
表向き旧友達には「彼女はいない」と言ったけど恋人はいる。俺の目の前でプンスカ怒っている不二周助だ。不二は男だけど俺が今までになく心から愛せるようになった人だ、だから俺も不二のことを大切にしたいしだから不二が俺に怒っているのも理解できる。
「でも最終的にはちゃんと断ってるよ」
ちゅっ
俺は拗ねている不二の両頬に軽く手を添えて軽くキスをした。
「俺が好きなのは不二だけだから」
ちゅっ
再び唇を合わせる。
「だからもうそんなに怒るなよ」
「英二、君っていう人は・・・」
不二はそう言うや否や俺の腰を引き寄せて強く抱きしめたかと思うとディープキスを仕掛けてきた。
ぴちゃぴちゃ・・・
絡み合う舌の水音が狭いトイレにやたらと響く。それは愛の営みの行為を始める前にする深いキスを連想させるものでだんだんと俺の体温が上昇していくのが自分でも分かった。
徐々に体に力が入らなくなり洗面台に凭れ掛かる。けど不二は俺を離そうとしなかった。
「ちょ、ちょっと不二!!」
俺は不二の胸を両手で突き飛ばした。
「こんなところで誰かが入ってきたらどうすんだよ」
「最初に仕掛けてきたのは英二だよ」
「俺はお詫びのキスをしただけじゃんか」
「もしかして僕のキスで腰が立たなくなっちゃった?」
不二が意地悪く微笑む。
「・・・でさ、高橋はいきなり札幌支店に異動になったらしいぜ。あ、不二に英二どうしたんだ?」
その時よりによってさっきまで一緒に写真を撮って騒いでいた遠藤と鈴木が入ってきた。タイミング悪すぎだよ。
「おい英二、何か顔が真っ赤だぞ。大丈夫か?」
遠藤が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。頼むから今は俺の心配なんかしなくてもいい。
「英二ったらお酒がダメなくせに飲み過ぎて酔いが早くまわってるんだよ」
「そうか、あんま無理するなよ」
「具合悪いなら先に帰ったらどうだ?」
遠藤も鈴木もイイ奴過ぎて涙が出てくる。俺は具合が悪いんじゃない。不二の所為で躰が疼いているだけなんだ。この馬鹿不二!時と場所を考えろよ。この万年発情期!
と心で怒っても仕方がない。俺は酔っ払って具合悪いフリをしなくてはいけない。
「そうだね。じゃあ僕達は先に帰らせてもらうよ。幹事にはよろしく言っててね」
不意に不二に腕をつかまれて俺は顔を上げた。
まだ同窓会に来てから半分の時間しか経ってない。
まだ話をしてない奴もいる。
呆気に取られている間に俺は不二によって会場の外へ連れ出されていた。
「お、おいっ帰るってどういうつもりだよ」
駐車場で俺は不二の手を振り払った
「大丈夫だよ。遠藤と鈴木には改めて別の日に飲みに行こうと約束しといたから」
「そうじゃなくてっ!」
「そうじゃなかったらどういうつもり?このままあの会場で耐えられるの?」
不二は振り返ってゆっくりと俺に詰め寄って右手で軽く俺の股間を触った。
「うっ・・・」
必然的にあげたくもない声が出る。
「そんな扇情的な英二を他の奴に見せたくないんだよね」
「誰の所為でこんなことになったと・・・はうっ・・・」
再び触られて最後まで文句が言えなかった。
そして俺は不二に車に連れ込まれて自宅に・・・と思ったけど着いた場所は俺たちの家じゃなくて派手なネオンがついた西洋のお城・・・所謂エッチなホテルだった。
「不二、ここは・・・?」
「ホテルだよ。見て分かるでしょ?」
「帰るんじゃなかったのか!?」
「家までもちそうにないからね」
「大丈夫だって!」
「僕がもちそうにないんだ」
不二に耳元で囁かれてなんだか一気に恥かしくなった。
不二が強引なのはもう承知なんだけど・・・きっと場所の所為だ。
こんないかにもヤる為の場所なんて・・・視覚的にも煽られそうで、でもこういう場所にわざわざ連れてくるなんてひょっとして不二は俺とのセックスをマンネリだとかそんな風に思いはじめたのかな?
とりあえず俺はシャワーを浴びる為に服を脱いで風呂場に入った。
* * * * * * * * * *
「菊丸君も変わりないわね」
「そうかな?」
「彼女はいるの?」
「・・・いいや、彼女はいないよ」
やけにキンとくる声が耳に飛び込んできた。
声の方を振り返ると英二が佐藤さんと話をしていた。
そういや英二は中等部の頃、佐藤さんとは仲が良い方だった。
いくら青学がエスカレーター式の学校だといっても途中で外部の学校に行ってしまう生徒も少なくはないのでまさに10年ぶりに会うような人だっている。英二は昔から社交的だったので同窓会の会場に入るや否やすぐに旧友たちの輪の中に溶け込んでいった。
けど先程の「彼女はいないよ」の英二の言葉がなんだか胸に刺さって痛かった。
僕達は恋人だけど僕は男だから英二の彼女ではない。
本当はこの会場内で皆の前で英二を抱き締めて恋人宣言をしたいところだけど今の世の中は未だ同性の恋愛を受け入れがたく仕方なく日陰者の身にならないといけない。
「あ、不二じゃんか!久しぶり〜!10年ぶりだな」
「何言ってんだよ遠藤、君とは大学商学部でも一緒だったじゃない。3年ぶりだよ」
「3年かあ〜、大学卒業してからもっと経ってるような気がしたけどまだ3年だったんだな。そういやこの前JR恵比寿駅で大学で一緒だった佐伯に偶然会ったんだよ。聞いたよ、佐伯も不二も仕事でずっとEUに行ってたんだろ。海外で働くなんてカッコイイよな。俺はずっと国内ばっかだから羨ましいよ」
「危うく日本の仲間達と断絶状態になりそうになったけどね。EUは面白かったよ」
そういや佐伯の勤め先の貿易会社が恵比寿にあったことを思い出した。一瞬遠藤に余計な事は言っていないだろうかと思ったけどそうなると佐伯も自分の首を絞めることになるだろうしあいつは僕以外の人間には好青年を演じているから問題はないだろう。
そしてそこへ鈴木も加わってたわいもない話をしていたけど本当のことを言えば旧友の彼らの話は耳をスルーして英二と佐藤さんのことばかり気になっていたんだ。
そこへ極めつけの英二へのTDSへの誘い文句、僕は本能的に体が動いていた。
英二を誰にも渡すものか。
ふかふかのダブルベッドに寝転んで目を閉じたらどこからともなく音声にならない悲鳴が聞こえた。
それは僕の心の叫び。
英二には格好良く振舞っているけど本心は英二をあんな女に横取りされたくなかった。
醜い嫉妬心で自分が嫌になる。
英二が社交的で誰とでも仲良くするのは解りきっていること。
そしてそんな笑顔で明るい英二に惹かれたのも事実。
けどその笑顔を僕以外の人に見せるとやはり心にチクリと刺さるものを感じるのも事実。
心の奥底に蠢く醜い嫉妬心とそれを悟られないように平常に振舞おうとしている二つの相反する気持ちがぶつかり合って心が爆発しそうだ。
僕は寝返りをうって大きめの枕に顔を埋めた。
心が落ち着かない。
平常心が保てない。
同窓会の途中で抜けてこんなところに英二を連れ込むなんて、やっぱり冷静な判断ができないみたいだ。
英二は今日の同窓会を楽しみにしていたのに・・・・・・
そして僕はそのまま白い意識に吸い込まれてしまった。
僕達以外の賑やかな声がどこからともなく微かに聞こえてくる。
誰かいるのだろうか?
「!!!!!」
目が覚めた。
どうやら僕はすっかり寝こけていたみたいだ。
ベッドから上半身を起こすとソファに座った英二がテレビを見ている姿を見つけた。
「英二っゴメン」
「・・・・・・ゴメンじゃないだろ」
英二が振り向きもせずに静かに言った。
滅多に聞くことのできない英二の怒りを含んだ声だった。
「僕もすぐにシャワー浴びるから」
「もう、いいよ」
慌てて飛び上がったけど英二に制止させられてしまった。
「2時間だぜ」
「え?」
「お前2時間も寝こけてやんの」
「・・・・・・・・・」
「俺、今日の同窓会結構楽しみにしてたんだぜ。なのに途中で抜け出させられるしこんなトコ連れ込まれるし、で連れ込んだ本人はベッドで熟睡してるし・・・お前自分勝手だよ」
「ごめん・・・」
時計を見ると確かに僕らがここへ入ってから2時間が経過していた。
シャワーを浴びた筈の英二はすっかり元の服装に着替えていた。
「もういいよ」
英二は立ち上がって出入り口のドアへ向かった。
「どこへ行くの?」
「帰るんだよ。同窓会ももうお開きになってるしな。あーあ、今日は何も楽しめなかったよなー、誰かさんの所為で」
振り返りもせずに言った英二の台詞がダイレクトに僕に突き刺さる。事実なだけに胸が痛い、そして言い訳する言葉も見つからなければ元より言い訳する気すら起こらなかった。
確かに自分でも身勝手な行動だと自覚はしている。
それによって英二の楽しみを奪ってしまった。
パタン・・・
ドアを閉めた音がやけに響いた。
同時に僕の体からも力が一気に抜けた。“腑抜けた”ってきっとこのことなんだろう。
何をする気にもなれなくて僕はただ広いダブルベッドの真ん中で仰向けになって寝転んだ。
鏡張りの天井に映った自分の顔がとても情けない。
これって本来はこんな情けない顔を映す為の鏡じゃないんだけどな・・・
堪らなくなって目を瞑る。
僕は英二を本気で怒らせてしまった。
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