〜 ten years after 〜 10年後の日常(番外編)
† 3年6組同窓会 -後編- †
RRRRRRRRRRRRR〜♪
僕の携帯が軽快なメロディーを奏でた。
今流行の女性シンガーのヒットソング。
確かに歌唱力はあると…思う。
CMでもタイアップされていて街中でもよく耳にする。
でも別に僕がこの女性シンガーのファンだとかそういう訳じゃない。
英二がファンなのだ。
だから英二からの着信メロディーにこの曲を設定している。
「…はい」
枕元に置いていた携帯を取り上げて通話ボタンを押した。
眠っていたのでまだ意識がはっきりしない。
「おい、お前今どこにいるんだよっ!」
「どこって……」
ぼんやりした意識のまま寝転んだまま周囲を見渡す。
見たことのない派手に装飾された部屋にしばらくぼんやりとする。
「…どこだろ?」
「おい不二っ!」
電話の向こうの英二の叫び声
だんだん覚醒された意識を現実に向けると自分がまだ例のホテルに居て英二が出て行った後に再び眠っていた事が判った。
時刻は日付を跨ごうとしている。
「ごめん英二。まだあのホテルに居る」
「…………」
僕がそう言うとしばらく沈黙が続いた。呆れられているのだろう。
「帰らないのなら帰らないって一言連絡くらいよこせっつーの!玄関のドアの鍵チェーンロックかけずに寝るなんて物騒なんだよ」
「ごめんね英二。今日はここで寝る」
怒りながらも僕がいつでも帰れるように家のドアのチェーンロックを開けておいてくれていたことが胸に染みた。
以前僕たちがこうなる前に英二が勤め先の本店で銀行強盗事件に巻き込まれたことがあった。その時負傷した英二を英二のお兄さんとお姉さんが実家につれて帰ると言ったので僕は家の玄関のドアの鍵とチェーンロックを施錠した。しかし着替えを取る為に夜中にこっそり戻って来た英二はドアの鍵を開けることは出来ても中から掛けているチェーンロックを外す事が出来なかった。
そして僕はあの時に英二に告白したんだっけ・・・
無事な姿の英二を見て感極まってつい無理矢理キスをして押し倒してしまった。
数ヶ月前のことなのになんだか遠い昔のような感じがする。
あの事がなかったら今の僕たちはなかった。
次の日目覚めると朝とは言い難い微妙な時刻だった。
昼前まで寝てしまうなんて…と誰もいない部屋で自嘲気味に笑いながらシャワーを浴びた。
さっぱりして家に戻ると時刻は既に昼を過ぎていて…でも家のドアを開けると温かい食事の香りが漂ってきて気持ちが和らいだ。
「どこほっつき歩いていたんだよ」
英二、まだ怒ってる。当たり前だ、僕は身勝手なことばかりしているから…でも文句を言いながらも僕のお茶碗を出してご飯をよそってくれておかずもレンジで温めなおしてくれている。
「ごはん、僕の分も作ってくれてたんだ」
でも英二は無言のまま黙々とご飯を食べている。
「俺ん家さあ……」
暫らく沈黙が続いた後英二がようやく口を開いた。
「俺や兄ちゃんがどんだけ喧嘩したり拗ねたり悪さしてもさ、何故かごはん抜きってのがなかったんだよな。ちゃんと家族全員分の食事の用意をするんだ」
「いい家族だね」
「だからつい、不二の分まで作ってしまったじゃんかよ!チクショー!」
「ぷっ・・・」
僕は思わず噴出してしまった。
英二がこの歳になっても子供のような純粋さを持ち続けているのが英二の育った家庭環境が良かった事だと見せ付けられたようで微笑ましくなる。
「何が可笑しいんだよ?」
「なんだか癒された」
「はあ?」
「英二は昔と変わらず純粋なままだなって・・・だから悪い虫が付かないように、誰にも英二を取られたくないんだ」
英二のほうを見ずに俯いたまま呟くように言った。視界の中心にある茶碗の中のご飯がやたらと白く見えて英二の純な色がそのまま現れたかのようだ。
「ごめん、何度謝っても時間は戻らないから謝って済むとは思わない。でも謝らせて。言い訳がましいけど僕は英二が他の誰かに惑わされるのではないかと心配で・・・で、つい会場から連れ出してしまったんだ。これじゃあ独占欲丸出しだよね。で、英二を僕のトコに隔離できたとおもったら何だか一気に力が抜けたというか緊張の糸が切れたというか、安心して眠りこけてしまったんだ」
目の前の英二は一瞬箸を止めたけどすぐに今まで通り動かし始めた。
黙って、何事もなかったかのようにただ黙々と食事を続けている。
これって僕のこと完全無視・・・?
それとも呆れられている?
静かなダイニングにただカチャカチャと食事の音しか響かずなんだかもの寂しくなった。
英二は気分屋で中等部の頃はちょっとしたことで笑ったり怒ったりしていたけど怒り方も本当にぷんすかと怒っているという感じで可愛げがあった。
でも今の英二の怒りは“沈黙”
いっそ文句を捲くし立てて言ってくれる方がましだ。
「俺はさ・・・」
重い沈黙を破ったのは英二だった。
「俺はさ、別に真正のホモっていうわけじゃないから男から言い寄られるのって気持ち悪いんだよな。やっぱ女のほうがいいよ。でもいざ女が近づいてくると変に構えてしまって…咄嗟にまた痛い目に遭わないようにって思うんだ。だから男とか女とか関係なくて俺は不二でなきゃダメなんだ」
カタンッ
僕の手から箸が離れて真下の皿の上に転がった。
「英二・・・」
僕は転がった箸を拾いもせずに英二を見つめた。
英二は気恥ずかしいのか黙々と食べ続けている。
怒っているけどそれでも僕の事を想ってくれている気持ちが伝わってくる。
そんな君がとてもいとおしいと思う。
「英二、愛してるよ」
「ぶはっ!」
「英二汚いよ!味噌汁噴くなんて!」
「お前がいきなりそんなこと言うからだろっ!!!」
口元を手の甲で拭いながら立ち上がりキッチンの方へ行ってしまう。おそらく布巾や台拭きを取りに行ったのだろう。
こうやって僕がちょっと愛の言葉を紡いだだけで照れて味噌汁を噴出してしまう英二の初心なところがまたまたいとおしく思える。(汚いけど)
「やっぱり英二が好き、愛してる」
「うるせー!とっとと食えよ」
「英二も食べたいvv」
「煩い!静かに食えってば!」
そして英二は布巾で口元を拭いながらも僕を睨みつけるように爆弾を投げてきた。
「お前みたいな身勝手な奴、罰として向こう2週間エッチしねーからな!」
「えー、そんなことしたら溜まり過ぎちゃって僕死んじゃうよ」
「勝手に死んでろ!」
「酷い!英二の鬼!悪魔!」
「お前に言われたくないよ」
そしてその晩僕は英二の寝込みを襲おうと英二の部屋への侵入を試みたけど内開きのドアの内側にしっかりと荷物を置いているらしくドアはビクとも動かなかった。
次の日は入浴中を襲おうとしたけど風呂場のドアを開けた途端冷水をぶっかけられた。
帰宅直後にいきなり抱きついて押し倒そうとしたら思いっきり鳩尾を蹴られたし飲み物に淫猥剤を混ぜて飲ませようとしたけど僕の差し出すものは信用できないと言われた。
ああ無念…
「…で、だからって何も俺んとこ来てワインただ飲みして酔って愚痴ることないだろ」
目の前で佐伯が呆れた顔をして空になった瓶を振っている。
「その瓶は最初から少ししか入ってなかったよ」
僕も無駄な反論をしてみる。
「でも聞いてりゃやっぱ不二が悪いよ。おあずけ喰らって当然だ」
「僕だって反省してるよ」
「なら大人しく罰を喰らってろ」
そんなこと言ったって分かっちゃいるけどやめられないというのはこのことだ。
「そういや大学の時同じゼミだった遠藤にこの前恵比寿駅で偶然会ったんだよ。遠藤も中等部で不二達と同じクラスだったんだな」
「遠藤に余計な事言ってないよね」
「言ってない、言ってないって!余計な事言えば俺の首も絞まることになるからな」
「だろうね」
「実はさ、正直言って大学時代はお前らみたいなエスカレーター組が羨ましかったんだ。やっぱ外部者と違う雰囲気ってのがあってさ、住む世界が違うっていうのか何ていうかそんな感じがしてたんだ。でもだからあえて輪に入って仲良くしようとした…」
初めて聞いた。佐伯の心の葛藤。
新しく出してきたワインボトルのコルクを抜きながらさらりと言ったので危うく聞き流しそうになったけど佐伯もきっと重くならないようにさらりと言ったに違いない。
「そうだったんだ。知らなかった。でも佐伯が思う程僕達エスカレーター組は外部生のことをそんな風に思っていないよ」
「分かってるよ。学部仲間やテニス部の連中もすんなりと外部生を受け入れてくれていた。現に手塚は俺を副部長として認めてくれたし仲間たちも皆素晴らしかった。結局俺が1人であれこれ考えてしまってただけだったんだ」
「だろうね。そんなの佐伯らしくないな」
「お前もだよ、不二」
コルクを開封したばかりの瓶を差し出してきたので釣られてグラスを差し出した。
「僕もってどういうことだい?」
それには答えず佐伯はただワインの注がれるグラスをじっと眺めている。
「こんなもんでどうだ?」
「どうって?」
「ワインの量だよ」
「量?これは赤ワインだからグラスに注ぐ時は白ワインに比べて多目にするんだろう」
「さすが不二、博識だな。このグラスは赤ワイン用の大きめのグラスだ。で、グラスの表面に不二が持っている方に薄いラインが入っていないか?」
僕は手に持っているワイングラスをよく見た。すると佐伯の言うとおりグラスの表面に薄いラインが入っていてそのラインに合わせるかのようにワインの量がぴったりと注がれていた。
「君が注いだ量と同じところにラインが入ってる」
「そのラインはこのグラスにワインを注いだ時に一番美しく見える量のところに入れられてあるんだ。このグラスならワインを4〜5オンス(120cc〜150cc)入れたら丁度いい。今俺はそれを不二側に向けて自分には見えないようにしてワインを注いだんだ。なのに目分量で入れてぴったりだった」
「さすがだね」
「俺は練習したんだけどな。でも不二は器用だからこれくらいすぐ出来るだろ?」
佐伯が自分のグラスを差し出した。
ラインを佐伯側に向けているので僕の目には映っていない。そして僕は自分が美しいと思う量を注いだ。
「ビンゴ!」
僕が注いだワインの量もほぼラインと同じ位置だった。
「さすが天才不二周助。何をやらせても決まってるなあ。なのに何故菊丸のことになったら自分を見失うんだ?」
「え?」
「愛は盲目だっていうけれどお前見てたら本当にそうだ」
「僕はいつでもまっすぐ冷静に英二を見ているよ」
佐伯はワイングラスに顔を近づけて香りを楽しみながら言った。
「さっきの話の続きだけど俺がエスカレーター組に対して勝手に複雑な気持ちを持っていたこと。不二だって同じだよ。不二が心配するほど菊丸は他人に惑わされたり流されたりしない。現に不二でないとダメだなんて可愛い事言ってくれるじゃん。お前もっと菊丸のことを信用してやれよ」
雷に打たれた気分だった。
佐伯の言うとおり僕は英二のことが心配だとかなんだとか言いながら結局英二のことを信用していなかった。
震えそうになる手をなんとか気合いで鎮めてワインをひとくち口に含んだ。
酸味がきつく今の僕を引き締めるには十分だった。
「ありがとう佐伯、僕帰るよ」
殆ど飲んでいないグラスをテーブルに置いて僕は席を立った。
抱かせてもらえなくてもいい、ただ純粋に英二に会いたくなった。
傍にいられるだけでいい。
同居し始めた頃の初々しい気持ちが甦る。
英二が僕のものになった途端、僕は英二にあれこれ望み過ぎたのだ。
「おい不二!全部飲んでから帰れっつーの!全く菊丸のことになると見境つかなくなるんだから」
背中に佐伯の苦情が飛んでくるけど気にしない。
僕は愛しい英二の待つ(多分待ってないけど)家に直行した。
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