〜 ten years after 〜 10年後の日常

† distance 2 †



「まるで素行調査だな」
そう、これは素行調査だ。ストーカーやスパイだとか変な行動ではないと自分に言い聞かせる。
仕事が休みの日になると俺は越前の行動を調べるようになっていた。もちろん尾行したりもする。昔取った杵柄と言うべきなのかよく他校に潜入してサーチしていた甲斐があったのか越前の尾行も本人に気付かれる事なく今まで無事に済んでいる。とは言うものの俺だって念には念をと尾行の際は眼鏡を外して使い捨てのコンタクトレンズを使用している。髪型だって変えているしその日だけ髪の色を変えるスプレーだって使っている。
今までの越前の休みの日の行動は至ってシンプルで日常品を買いに行ったり本屋で立ち読みをしてたりだったが今日はようやく手塚と会っている現場を押さえる事に成功した。
昼食の為に手頃な和食店に入って定食を食べている二人を少し離れた席から眺める。どこから見ても普通の先輩後輩に見えるし店の近くに有名企業の本社がある所為かビジネスマンも多数入っているので男二人で食事をしていても何ら違和感がない。
本当にあいつらは恋人同士の関係なのだろうか。今のところそんな素振りはなく久々に会った先輩後輩が近況を話し合っているという感じだ。
しかし同時に手塚の事もいろいろ調べた結果、手塚が見合いをしたという情報を得て驚いた。見合いをして断っていないのに何故越前と・・・。
ホモセクシャルについても調べてみたが日本ではまだ男同士は風当たりが強いので表向きは普通に女性と結婚をして隠れて本命の男と付き合っているホモセクシャルの男が多いそうだ。手塚もそうなのだろうか。いや、手塚がそんな器用なことは出来ないだろう。
食事を終えた二人が立ち上がって店を出た。俺もできるだけ自然に立ち上がり少し遅れて彼らの後から出た。
店を出た二人はどんどんと繁華街と逆方向に向かって歩いていく。人通りがだんだんと少なくなっていくので彼らに近づく事は出来ない、俺は離れて歩く事にした。
そこで俺は辺りを見渡して愕然とした。人通りが少ない筈だ。所謂“ホテル街”だったのだ。
やはりあいつらはそういう仲だったのだ。
俺は彼らを見失わないよう、見つからないように慎重につけて行った。そしてしばらくして手塚が立ち止まったので俺は慌てて物陰に隠れて様子を伺うと手塚は周囲を見渡して通行人がいない事を確認すると越前を連れて手前のホテルにすっと入って行った。
「!!!!!!!!!」
声が出なかった。
こういうホテルですることはただひとつ。頭では解っていたけれど実際に現場を見ると想像していたよりも衝撃が大きく俺はたまらなくなって鼓動が激しくなっている左胸を押さえた。
中で二人が行っている行為を想像すると頭が痛くなってきたので俺は寮に引き返すことにした。











「お疲れさん」
次の日、越前の練習が終わったのでロッカールームに入った。
部屋には越前しかいない。いいチャンスだ。
「何か用ですか?乾さん」
「今日は少々動きが鈍かったな」
「そおですか?」
「腰を痛めているのか?」
途端越前が体をびくっとさせて俺を振り返ったが
「別に・・・そんなことないですよ」
相変らずのポーカーフェイスだ。
俺は着替えている途中で上半身裸の越前の腕を引いて自分に引き寄せる。越前の体は想像していなかったであろう突然の引力に素直に従った。
「いきなり何するんですか!?」
俺は口の端を上げて声を出さずに笑いながら越前のわき腹にある直径1cm程のうっ血を突付いて言った。
「これは昨日手塚に付けられたものなのか?」
「なっっ・・・!!!」
越前は自分の腕で自分を抱きすくめる形で俺から瞬時に離れた。
「俺が知らないとでも思ったのか?越前と手塚の関係を」
「・・・・・・・・・」
「手塚もやるもんだな、キスマークを付けるなんて」






* * * * * * * * * *




「これは昨日手塚に付けられたものなのか?」
乾さんが俺の躰に付いているキスマークを突付きながら言った。
この人は俺達のことを知ってたんだ!
「俺が知らないとでも思ったのか?越前と手塚の関係を」
「・・・・・・・・・」
「手塚もやるもんだな、キスマークを付けるなんて」
自分の頭から血が引いていくのが分かる。
目の前がぼんやり霞んでいく。
俺はよろよろと傍にあったベンチに座った。

「これは手塚先輩から愛された印、そんな軽々しく言わないで下さい」
俺は乾さんを睨み上げた。
しかし乾さんはそんな俺を無視して俺の横に平然と座った。そして取り出したのはスポーツ新聞。
「小さい記事だが手塚のことが取り上げられている。手塚も注目株の選手だからな」
乾さんは新聞を広げて俺に見せた。乾さんの指先にはモノクロの手塚先輩の写真が掲載されていた。
「今後が期待されると書かれてある。同じ青学の仲間として誇らしいな」
「・・・ええ」
「そして次の頁は芸能ニュースなんだがこのオペラ歌手を知っているか?」
「CMでこの人の歌が採用されて以来急に人気の出た新人オペラ歌手ですよね」
「そうだ、この記事を読んでみろ」
その記事は最近注目されだした新人の男性オペラ歌手が実はホモセクシャルで恋人関係にあった男性と口論になった挙句暴行を加えてしまいこのオペラ歌手のクリスマスコンサートを中止するというものだった。
「何も殴んなくてもいいのに・・・」
「確かに暴力はいけないな、だが暴力行為ではなくてホモセクシャルだということで世間に波紋を広げているみたいだな。この歌手は透き通るテノールだけではなく甘いマスクで女性の人気を得ていたからな」
「・・・で、これがどうしたんですか?俺達がこうなる前に別れろとでも言いたいのですか?生憎と俺達はこんな顛末にはなるつもりないんですけどね」
「越前が誰が好きで誰と付き合おうが勝手だし俺の知ったことではない。だが会社と手塚には迷惑かけるなよ」
そういって俺の前に出された数枚の紙は何やらパソコンの画面を印刷したものだった。
「何これ・・・」
俺のことが書かれてある。しかも男達の好奇と卑猥な言葉を使って・・・
「インターネットのホモの交流の掲示板の内容だ。お前モテモテだな」
「や・・・やだ・・・・・・」
俺のことを舐めるように観察された表現・・・そうだ・・・これは、これは俺を陵辱した男達も言っていた。俺を見たらそそると・・・・・・
紙を持つ手が小刻みに震えだし気が付くと足まで震えていた。
「・・・やっ・・・・・・」
得体の知れない恐怖心が沸き起こり自分で自分の肩を抱いたが震えは止まらなかった。指を離れてひらひらと落ちていった数枚の紙がぱさりと床に着く音もどこか遠くで聞こえた。
「越前、辛い思いをさせてすまないがこれが現実なんだ。お前が手塚を愛する想いがどんなに強くても今の世間には好奇の対象にしかならない。今はまだ手塚の事はばれていないがいずれ情報が流れ出すととんでもないことになる確率は高いぞ」
俺は足元の紙を見下ろす。
いずれ俺と手塚先輩の事が好奇の対象にされる・・・
まるで三文芸能ニュースのように・・・
「・・・一般人のホモセクシャルなら自分達の世界に入れば問題ないだろうが越前も手塚もテニス界ではそこそこ名を挙げてきている、この先もっと大きな大会で優勝しだすとテニスに興味のない一般市民でさえもスポーツニュースでお前達の名を聞くようになるだろう。テニスで世間に名が出るのは結構だが別件で出られると何かとややこしいことになる」


正しかった。
乾さんの言う事は正論だ。
何も言い返すことが出来ない。
この人はやることは無茶苦茶だけどそれでも的確にポイントを突いてくる。
「このことはまだ俺しか知らないことだ。色々と世話になった田崎課長や大月コーチにはとても報告できない」
「・・・・・・・・・・・・」
乾さんの理論攻めにとても太刀打ちできなかった。
まるで全身を鈍器で殴られたような衝撃。
体が固まる。
身動きが取れなくなる。
そして今まで忘れていた何かを思い出した。
俺は色恋沙汰に浮かれていて周囲を見落としていた。

人は一人で生きているわけではない。

でも俺は・・・・・・







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