〜 ten years after 〜 10年後の日常

† distance †



パソコンの前で俺は大きく溜息をついた。
どうしてこんなことになったのだろう・・・
こんなことは田崎課長や大月コーチにはとても相談できない。
俺一人でなんとかできるだろうか・・・
いや、協力してくれると名乗りを挙げている者がここにいるではないか。






越前が退院して一ヶ月経ちようやく以前の生活に戻れた。
でもまだ越前には入院前と同じ練習メニューは渡せない。
基礎を中心としたリハビリメニュー。
あんな目に遭わされたのだから体よりもメンタル面でのケアが重視だと考えていたが越前は以外とケロリとした表情で、かといって無理している様子でもなさそうだったので俺も大月コーチも安堵した。
しかし俺にはひっかかる事があった。
どうしようかと考えている最中に不二から連絡があった「大事な話をしたいから会ってほしい」と。
そして俺はお互いが休みの日の午後を選んで不二の家に行った。
平日だったので菊丸は会社に行っていて居なかった。
そして不二から見せられたパソコンの画面。
それは不特定多数が書き込める情報交換の掲示板で越前のことが話題に挙げられていた。



「どういうことだ?不二」
「見れば分かるじゃない。ホモ専用の掲示板だよ」
「よく見つけたな」
「知り合いにネット好きがいてね『後輩が大変な事になってるよ』って教えてくれたんだ。乾には刺激が強すぎたかな?」
「男が男を好きになることは個人の勝手だが越前を話題に挙げられるのは勘弁だな。しかも好き勝手に嘘八百書かれている」
「単刀直入に言うよ、火の無いところから煙は出ない。ここにかかれていることは事実もあるよね。やっぱり越前は胃痙攣じゃなかったんだ」
「・・・・・・・・・」
「病院に見舞いに行った時、君たちがとても苦しんでいるように見えて僕も辛かった。僕でできることならなんとかして助けたいと思った」
「助ける・・・?越前をか?そんなこと軽々しく言わないでほしいものだな」
「君もだよ乾、越前が公に言えない様な目に遭わされてどうしたらよいのかとまどっているんだろ?それに僕は軽々しく言っているつもりはない」
「さすがだな、天才不二周助」
俺は観念する事にした。不二ならばれても大丈夫だし元々人情のある奴だから何かあったときに手助けしてくれるかもしれない。
「不二の言うとおり越前は手塚との決勝の直前に数名の男にさらわれて性的な暴行を受けたんだ。ショックだったよ。社会人になって初めて手塚と対戦できるからって越前もはりきって練習していてこの日を楽しみにしていたんだ。なのに・・・こんな目に遭わされるなんて。新人選手は嫌がらせに遭わされやすいから俺も気を付けていたんだ。荷物はロッカーに預けずに俺が管理していたし常に一緒に行動をしていた。なのに少し俺と離れて一人になった時に・・・『あの時俺が一緒に付いて行けば』と何度も悔やんださ」
「大変だったね」
「だがもう大丈夫だ。犯人は会社の上司が裏でなんとかしてくれたからもう越前が危害に遭う事はないだろう。それに越前も事件のショックを乗り越えて今は手塚との試合のリベンジの為にリハビリ中ですっかり元気になっている。俺は越前が元気になればそれでいいんだ。だから不二の申し出は有り難いが今はもう俺達は大丈夫だから気にかけてもらわなくても大丈夫だ。ただこの掲示板をどうするかがやっかいだな」
「それとなく話題を越前から遠ざける書き込みをして一人で何役にもなってレスを書き込みしまくって別の話題で盛り上がるような方向へ持っていこうか?」
「そうだな、それを不二に頼んでもいいか」
「いいよ、まかせといて。でも越前が立ち直りが早くって良かったね。まあ元々精神面の強い奴だったけどね」







* * * * * * * * * *







寮に戻って部屋着に着替えずにベッドに仰向けになって目を閉じた。
不二には全部言えなかった。
あいつの事だから俺が全てを話していない事を見抜いているかもしれない。
でも俺が考えている事は人に言えることではない、まして不二の様なかつての青学の仲間には。
越前と手塚がデキているかもしれないなんて・・・


あの日越前を救出すべく倉庫に飛び込んだ時に想像を絶する光景を目の当たりにした俺は一瞬躊躇した。
越前が下半身を鮮血にまみれながら男から性的虐待を受けているいわゆる“本番”真っ最中だった。
しかしすぐさま越前を助けなければと我に返り逃げようとした男を手塚のマネージャーと二人がかりで取り押さえた。もう一人の男は手塚が背負い投げをして床に叩き付けて越前は大月コーチが介抱した。

俺が取り押さえた男の携帯電話からSDカードを取り上げる時に男が悔し紛れだろうかせせら笑いながら言った。
「越前選手の躰はなかなか良かったぜ。感度もバッチリだし、それに男に抱かれるのは初めてじゃないみたいだったしな」
「!!!!」
俺は驚きのあまり声が出なかった。
越前が男に抱かれた事があるだなんて・・・越前は何も言わないけど竜崎さんという彼女がいなかっただろうか。
「・・・黙れ、下衆なことを言うな」
俺が反論の言葉を発しようとした時俺の後ろにいた手塚が静かに言った。静かな口調だが怒りが含まれていた。そして振り返るといつもの固い顔だが怒りが込められている表情で男を睨みつける手塚がいた。
こんな表情の手塚を初めて見た。
俺はこの時手塚は単に越前と試合が出来なくなった事とかつての後輩への侮辱を怒っているのだと思っていた。
病院で越前が目覚めて今回の事は警察には言わない方向にしたいというのを田崎課長に報告すべく病室を出たら手塚がエレベーターホールの前に来ていた。俺は大丈夫そうだということを伝えたら顔だけ見てすぐ帰ると手塚が言ったので部屋番号を教えた。
それから1時間後に病室に戻った時に帰ったとばかり思っていた手塚がまだ居たので驚いた。しかも手塚はベッド横の椅子に腰掛けたまま居眠っていた。
「手塚・・・?」
俺は音を立てずに手塚に近づいた。
手塚の右手と越前の左手はしっかりと握られていて越前の顔には泣いた跡があった。手塚を見ると手塚の服の胸元が少し濡れていた。
そのような場所が濡れるという事は越前が手塚の胸で泣いたという事を指す。そしてしっかりと握られた互いの手。
俺はこの時あの男が言っていたことは本当の事で越前を抱いたのが他ならぬ手塚だということを確信した。
俺は音を立てずに病室を出て屋上に出る。
屋上に設置されているベンチに座って落ち着ける為に途中の自販機で買った缶コーヒーを一口飲んだ。
衝撃的だった。
越前と手塚がそんな仲だなんて想像もしたことなかった。俺は衝撃のあまりしばらくベンチから立ち上がる事が出来なかった。
そして度々見舞いに来る手塚を越前は笑顔で迎えた。そんな二人を俺は複雑な思いで見ていた。
手塚が来る事で越前が元気になればそれでいい。しかし二人の関係が公にされてしまったらどうなるのだろう?日本では男同士の結婚は認められていないし恋愛も黙認されているとはいうものの世間の風当たりはかなり冷たい。テニス関係者に知れ渡ればとんでもない事になるだろう。

そして退院して2週間経ったある朝、俺は名古屋にいる従姉の結婚式の為に新幹線に乗ろうとして6時過ぎに寮を出た。
その時出て行く俺と逆に入ってくる越前に出くわした。
「朝帰りか?」
「昨夜手塚先輩に快気祝いだって食事に連れて行ってもらってその後手塚先輩ん家で飲んでたら寝ちゃってて」
越前は苦笑いしながら答えた。
「焼酎を飲んで酔っ払って寝てしまった英二の事を笑える立場じゃなくなったな」
「そおっすね。乾さんはこんな朝早くからどこへ?」
「従姉の結婚式に名古屋まで行くのだ。今から新幹線に乗る為に品川駅に行く」
「それはおめでたいことですね。行ってらっしゃい」
越前はなんだかおぼつかない足取りで寮に入っていった。



俺は目を開けてぼんやりと天井を眺めた。
越前のあの朝帰りはこれまでのことから酔っ払って寝てしまったと考えないほうがいいだろう。
手塚と共に夜を過ごしたと考える方が確率が高い。越前のあのおぼつかない足取りは二日酔いではないだろう。
しかしあの手塚が男を、越前を抱くのか・・・?
俺は想像できずに頭を振った。

ネット上で越前が強姦されたと書き込みされているということはあの男たちの関係者なのだろうか?あの男たちと○○物産の関係者は田崎課長が水面下で圧力をかけた筈だ。そして現在立海大に在籍中の学生チャンピオンをスカウトする権利をうちが奪ったと聞いた。
いずれにせよこういう話は噂話としてどこからともなく世の中に出回ってしまうのだろう。
それに噂話を世間に流して楽しむ輩も存在する。
もしそんな輩に手塚と越前のことが知れてしまったら・・・

俺は人の恋路を邪魔する趣味はないのだが今回ばかりは悪者にならなければいけないと予感した。







続き>>

パラレル小説部屋へ




お聴きの曲はヤマハ(株)から提供されたものです。
Copyright(C) YAMAHA CORPORATION. All rights reserved.