| 〜 ten years after 〜 10年後の日常
 
 † dinner 3 †
 
 
 
 
 仕事から帰って家のドアを開けたら玄関に見知らぬ靴があった。今日は不二が休みの日だ。また誰かを連れてきて夕食でも作らせているのかもしれない。
 この前の手塚のように・・・。
 あの日の手塚には正直吃驚した。あの「硬くて真面目な青学テニス部鬼部長」の異名を持っていただけにいつからあんなに軟らかくなったんだ。
 でも思い返せば成人式が終わって皆で飲みに行ってカラオケに行った時にいつもは絶対歌わない手塚がマイクを無理矢理持たせたら歌ってくれた。あの時は渋々だと思ってたけどそういやそれから手塚の行動をよくよく思い出してみると結構素直というか丸くなってるというかそんな感じになっている。
 手塚も大人になったんだなあ・・・・・・。
 
 
 
 そんなことを考えながらキッチンを覗くと俺の知らない男が例のクマのエプロンを着てサラダをドレッシングであえていた。
 
 「やあ英二、お帰り」
 「・・・・・・不二、お前はまた客人に晩メシ作らせているのか」
 「作らせているんじゃなくて作りたいって言ったから連れてきたんだよ」
 「で、誰?」
 「僕の友達。今日お互い仕事が休みだったんだ」
 俺はキッチンを見て“不二の友達”を見た。
 クマのエプロンをつけているが背がすらりと高くて体格もしっかりしていてそれでいてとても綺麗な顔をしている。不二も綺麗な顔だと思ったけどこいつはくっきりした二重の目で目鼻立ちがしっかりしている。
 
 こいつ絶対モデルだ!
 
 瞬間的にそう閃いた。今着ている服だってポール・スミスのクラシックなのかモダンなのかよく分からない謎めいたお洒落な服を着こなしている。そりゃこれだけの長身があればカッコイイ服なんていくらでも着こなせるよな。
 本当に今流行のいわゆる「イケメン」って奴。不二ってこんなイケメンとも交流があったんだ。
 しかし誰なんだろう。不二とは青学でずっと一緒だったけどこんなイケメン青学にいたっけ?大学部でエスカレーター組じゃない外部生の商学部の奴なのだろうか。それとも最近知り合った奴かもしれないな。
 そんなことを考えながら誰なのか不二に尋ねようとした時だった。
 「熱っ・・・」
 そのイケメンが火にかけていた鍋をおろそうとして火傷をしたらしい。指先をすぐさま水で冷やし始めた。
 「大丈夫?」
 不二がそいつに近づいて訊ねた。
 「ちょっとかすっただけだから・・・やはり目が悪いというのは不便だ」
 こいつ目が悪いんだ。綺麗な目をしてるのになんだか勿体無いな。
 するとその男はポケットから眼鏡を取り出した。なんだ眼鏡持ってるなら最初から掛けてりゃいいのに・・・。俺はそんなことを考えたが相手は客人だし黙ってその様子を見ていた。
 
 
 
 
 「馬鹿っ!」
 
 
 
 
 そいつが眼鏡を掛けるや否や俺はそいつに向かって罵声を浴びせてしまった。
 
 「誰が馬鹿なんだ・・・」
 その男は俺の罵声を怪訝そうな顔で受け止めて静かに言った。
 「乾の馬鹿っ!眼鏡外してたらから誰だか分からなかったじゃんか!不二も不二だよ。何で乾だって教えてくれないんだよっ!」
 俺は二人を交互に睨んだ。
 今までモデルだと思っていたイケメンは実は眼鏡を外した乾だったのだ。
 こいつらつるんで俺のことおちょくっているよ。
 「かつての仲間の顔を忘れる英二が悪い」
 「乾が眼鏡を外してうちに来ていていつまで英二が気付かないだろうって言ってたんだよ。そしたら本当に眼鏡掛けるまで気付かないんだもん」
 不二は笑いながら言った。
 「で、お前ら俺をおちょくるのに何を賭けてたんだ」
 「やだなあ、今回は何も賭けてないよ。英二の反応が見たかっただけだよ」
 俺は溜息をついてリビングのソファーに深く腰を降ろした。もう着替える気力もない。
 しばらくソファの背もたれに全体重をあずけて天井を仰いでいたらキッチンの方から何やら青臭い匂いが漂ってきた。
 「乾、もしかして・・・」
 もの凄く嫌な予感がして俺はソファから起き上がり乾の側に駆け寄った。
 案の定、乾の作っている物は野菜ベースの得体の知れない料理ばかりだった。
 「何これ・・・」
 「野菜たっぷりのヘルシーメニューだ。越前専用のメニューに考えていたのだが不二が健康診断でコレステロールが高めだと診断されたそうだから越前に食べさせる前に不二に食べさせようと思ったのだ」
 不二よ、確かに海外と行ったり来たりで食事のバランスが偏ってしまってるのかもしれないけど何も乾に料理を頼むことないじゃないか。あ、不二は乾汁平気なんだからこれらも大丈夫なんだろうな、でも同居人の俺は普通の味覚だってこと理解しろよ!
 俺は心底不二を恨んだ。でも同時にこんな乾と四六時中一緒にいて今後こんな料理を食べさされる羽目になる越前を心底から哀れに思った。
 
 
 
 そしてやはり乾の野菜づくしな料理はコメントしようがないものだった。
 なんだかバッタになった気分だ。
 不二は美味しそうに平らげていたけど……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 「やっぱり不二の言った通りだな」
 「乾もそう感じた?」
 僕は来客用ベッドにもなるリビングのソファをベッドに変形させてベッドカバーを掛けながら乾に返答した。英二は今は風呂に入っている。
 「にこにこ笑っているが時々ふっと暗い表情をする時がある。たしかに社会人になって少しは落ち着いたところと言えばそう言えるがどうも英二の場合何かを引き摺っているような気がする」
 「だろ。でも英二は何も言わないんだ。僕だって無理矢理聞く権利はないし・・・」
 「何か悩んでいることとかあるのかもしれないが確かに無理矢理聞き出すとかえってそれが英二を傷付ける結果になりうることもある。しばらくそっとして様子を見た方が良さそうだな」
 
 
 僕が乾をこの家に連れてきた最大の理由は最近の英二を見てほしかったからだ。前に僕が単身で住んでいたマンションで英二と再開した時に英二にはどことなく影があった。同居するようになって明るく振舞って学生時代と何ら変わりはなさそうに見えるけど時々ふっと暗く悲しそうな表情をする時がたまにあって僕はそれが気になって仕方なかったのだ。
 でも英二は何も言わない。
 そして僕も聞かない。
 僕の単なる思い過ごしならいいんだけど…と思っていた途端乾と会える機会が出来たので学生時代に僕達と仲良くしてくれた乾に相談してみてそして今に至る。
 乾も英二の僅かな異変に気付いたみたいだ。
 
 
 「ほ〜いっ、あがったよんっ。今日は登別の温泉の素を入れたかんね。次どっちが入るの?」
 風呂から上がった英二が頭をタオルで拭きながら僕達のいるリビングに入ってきた。
 「乾が次入りなよ」
 「すまない、じゃあそうさせてもらうよ」
 「ほいっバスタオルはこれ使いなよ」
 英二がおろしたてのバスタオルを乾に渡す、その表情は本当に久々に旧友と再会した喜びに満ち溢れていて一点の曇りもない。そんな英二を見て僕は僕と乾が感じた英二の僅かな曇りを気のせいだったと錯覚で完結してほしいと祈ってしまう。
 
 「乾、今度は越前も連れて来なよ」
 「そうだよ!おチビも連れておいでよ。俺はこの前会ったけど時間なくてあんまし喋れなかったし不二だってそりゃ会いたいよな」
 「この3人では出来ないことだってあるしね」
 「俺たち3人で出来ないこと???」
 
 「麻雀だよ。あと1人いなきゃ出来ないじゃん」
 
 
 
 
 
 「不二・・・・・・越前は麻雀の欠員要員か!?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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