3年6組 狂詩曲(ラプソディ) =前編=











横の長さが縦の長さがよりも2m長い長方形の 土地があります。
この土地の面積が63uにな るには、縦の長さを何mにすれば良いでしょ うか?



縦の長さをxmとすると、次のような方程式に表せる。

x(x+2)=63
これを展開して整理すると、

x2+2x−63=0
のように表せる。このように、展開して整理すると、


展開すると……なんだったっけ???

6時間目の数学の授業。俺は二次方程式と格闘している。
何でこんなに必死なのかと言えば今日が7日で出席番号が7番の俺は回答を当てられる確率が高いからだ。


ぞくりっ・・・


背中に悪寒が走った。
別に後ろの席の奴がどす黒いオーラを纏っている変な奴とかいうわけじゃない。
ただ単に気温が下がったらしく冷えてきたのだ。
『英二、今日は午後から気温が下がるらしいからもう一枚上着を着た方がいいわよ』
今朝、短大に通っている姉ちゃんがそんなこと言ってたっけ。
『姉ちゃん、俺制服だから好き勝手に服着れないんだけど・・・』
『あらそうだったわね。あんたがもっともっと頭が良けりゃ制服指定のないN中学校に行けたかも〜。なのにね』
『あんな日本一頭のイイ学校、俺には逆立ちしても無理にゃ』



う〜ん、やっぱ寒くなってきた。
ここ最近気温の変化が激しすぎていきなり暑くなったり寒くなったりで困ってしまう。


いけない、いけない、この問題を解いてしまわなければ。
俺は教科書をめくり二次方程式の定義の説明文を読む。
あ〜、アタマ痛くなってきた。
土地の面積なんて不動産屋に任せりゃいいじゃないか。
そんなこと言ってる場合じゃないって!





ax2+bx+c=0(aは0以外の定数。b,cは定数。)


でいいのかにゃ・・・?

x2+2x−63=0
x=

xは・・・二次方程式は、一般的に解を2つ持つと書いてるって何で2つも解答があるんだよっ!どっち選べばいいか迷うじゃないか。

x=7,−9




ええと・・・この問題で求める答えは、土地の縦の長さだから、正の数でなく てはならない。
よって、求める長さは、7m。




出来た・・・。

なんとか解けたぞ・・・

あ〜頭痛ぇ・・・

ずきずきする。

数学教師が竜崎のバアチャンじゃなかったらこんなに真剣に解いてないって!



「そろそろ解けた頃だな。よし、黒板に回答を書いてもらうぞ。え〜、今日は7日だから・・・菊丸!書いてもらうぞ」
竜崎のバアチャンは出席簿を見ながら言った。ほらやっぱり来たよ。真剣に解いた甲斐あったよ。
俺はノートを持って前へ出た。









自分の席から黒板までたかだか3mくらいの距離。
なんだか頭がぼうっとする。
この感覚って・・・たしか・・・・・・

やべ・・・

やばいかも



俺はチョークを持ってノートに書いてある事を黒板に書き写した。
書き写しているのだが・・・頭がガンガンしはじめてあんまし自分が何書いているのかよくわからない。とにかくノートを写しちゃえって感じ。


「ほお、菊丸。正解だよ」
竜崎のバアチャンが言った。
俺はホッとして自分の席に戻ろうとした時目の前の景色が一回転した。
肩と頭に衝撃が走る。
そして遠くに聞こえる女子の悲鳴。
目を開けると天井の蛍光灯が見えていてぼんやりした頭で「ああ俺倒れてしまったんだな」と思った。

「英二、大丈夫?」

俺の視界に不二の顔が映った。















* * * * * * * * * *




不二は黒板に二次方程式の解答を書いている菊丸の背中をじっと見ていた。
何か様子がおかしい
不二はそう感じた。
それは親友として、恋人として、時にはダブルスのパートナーとして常に菊丸の近くにいる不二だからこそ判った菊丸の僅かな違和感。
「ほお、菊丸。正解だよ」
菊丸がホッとしたように自分の席に戻ろうとしたその時、不二の視界から菊丸の姿が消えていた。
がたんっ
同時に床に何かがぶつかるような音。
「英二っ!」
体の方が先に反応していた。
「英二、大丈夫?」
不二は素早く倒れた菊丸の側に駆け寄り顔を覗き込んだ。目が潤んでいて顔がいつもより少し腫れぼったい。不二は右手を菊丸の額にあててみた。
「すごい熱だよ!」
竜崎教師も菊丸の額に手をあてた。
「こりゃイカン!具合が悪いなら何故言わなかった」
「さっきまでどうもなかったんだよ。急に寒気がして今日は気温が低いって聞いたからそうかなと思って。頭が痛くなったから数学の問題を解いているから痛くなったと思った。センセー、問題難しすぎ、頑張って解いたら熱出ちゃったよ」
「馬鹿なこと言っとらんとさっさと保健室へ行け。不二、菊丸を連れて行け」
「立てる?」
不二は菊丸の背に手をあてて上体を起こさせた。
そのまま不二の肩を借りて立ち上がろうとした菊丸だったが両膝がかくんと折れてその場に崩れるように倒れた。
「英二っ」
菊丸はとろんとした目を薄く開き不二を見上げた。
「ごめん、不二…俺、ダメみたい……」
菊丸はそのまま目を閉じた。
「ちょっと、英二っ!英二っ!」
不二は菊丸の頬を気付けの為に軽く叩いた。何度も。
「不二、お止め。菊丸はおそらく高熱で目も開けていられないんだろう。立てなさそうだから保健室へ行って担架を借りてきな」
不二は竜崎教師を見上げた。
「先生、教室のドア開けて下さい」
不二は自分の腕を菊丸の背中と両膝の下に入れてそのまま立ちあがった。
急に菊丸をお姫様抱っこした不二を見てクラスの女子達が溜息を漏らす。
「不二君カッコイイ・・・抱えているのが菊丸君てのが何だけど」
「バーカ、菊丸だから別にいいのよ。あれが女子だったら後で絶対嫌がらせの対象になるわよ」
「嫌がらせされても私も一度でいいから不二君にお姫様抱っこされてみたいな」
「私も不二君の目の前で倒れてみよっかな」
「確信犯ね〜。あれ?不二君の席って一番後ろじゃなかったっけ?」
「あらホントだ」
「……菊丸君の為に一番後ろからすっ飛んで来たの?」

一方クラスの男子たちはいつも元気な菊丸の意外な一面を見て
「おい菊丸、鬼の霍乱か?」
等と言っていた。





身体が宙に浮いた感じがして菊丸は少しだけ意識が覚醒した。
「不二・・・?」
「英二、今から保健室に連れて行くから。ちょっと揺れるかもしれないけど我慢してね」
「ごめん、不二」
菊丸は熱に浮かされてとろんとした目で腕を不二の首に絡ませ顔を不二の肩口に埋めた。菊丸はただ単に振り落とされないように不二にしがみ付いただけだったのだが熱がある所為でその行動はとても艶があり、いつも菊丸の身体を好き放題している不二でさえもドキリとした。
「じゃあ行って来ます」
不二は菊丸を抱えて廊下に出た。








保健室で菊丸は体温を測るとなんと38度7分もあった。
帰るにも病院へ行くにも立つとふらつくので結局授業終了まで保健室で寝た後、担任の車で自宅まで送ってもらうハメになった。
幸いにも菊丸家には急に午後の講義が休講になって帰宅していた短大生の姉がいたので自宅に着くや否や薬を飲まされすぐに寝かされることになったのであった。




















* * * * * * * * * *




次の日の昼休みに乾は3年2組の教室に入り室内を見渡した。すぐに探していた人物が見つかり近付く。
「やあ乾、何か用か?」
声を掛けた大石はまだ食事をしていて机の上にはサンドイッチと牛乳パックが置かれている。
乾は大石の前の席が空いていたことをいいことにどかっと椅子に座って
「大石はもう聞いたか・・・」
と小声で言った。
「何の話だ?」
「知らないのか?朝から学年中に広まっているぞ」
「何が?」
「6組の話だ」
「6組・・・?いや何も聞いていないが何かあったのか?」
「朝から不二と英二がデキてるという噂で持ちきりだ」

ぶ、ぶ――――――― っ っ !!!

「ごほっ、ごほっ、ごほっっっ・・・・」
「大丈夫か、大石」
乾は牛乳を吹き出し咽込んでいる大石の背中を慌てて擦った。
教室内にいた殆どの生徒が大石達の方を見た。
その殆どが普段お目にかかることの出来ない大石の失態に目を点にしていた。

「・・・それは、どういうことだ?」
「どうもこうも。昨日英二が発熱で授業中に倒れたのだろ」
「ああ、部活に顔を出さなかったので何があったのかと思ったが、竜崎先生から聞いた時にはびっくりした。39度近く熱があったのに二次方程式の問題解いていたらしいじゃないか」
「それでだな、6組の連中が言うには・・・・・・」
乾は先日菊丸が黒板の前で倒れた時一番後ろの席の不二が真っ先に駆けつけた事。高熱で立てなくなった菊丸を不二がお姫様抱っこしたこと。その時菊丸が縋るように不二の首に腕を絡めた事。不二の肩に顔を埋めた菊丸がやけに色っぽかった事。その時の二人がまるでどこからみても恋人同士に見えた事。が朝から学年中の噂になっていると言うことを大石に説明した。


「あの二人が恋人同士の関係にあることは大石は知っているのだろう?」
大石は黙って頷いた。
「あの二人は別に公言もしていないし隠そうともしていない。ありのままでいる。俺は英二から不二のことで相談されたことがあるから知っていたけど。乾はその洞察力で見抜いていたんだろ?」
「ああ、あまりにも幸せそうな奴らだからそっと見守ってやりたくなった」
「そうか・・・」
「だからこそこんな事になってどうしたものかと考えている」






その頃不二は屋上で昼食を済ませて薄曇りの空をぼんやりと眺めていた。
もちろん菊丸は昨日の今日で学校を休んでいる。
そんな不二のもとにそっと近付く人物がいた。
「・・・不二君、ちょっといい?」
「鈴木さん?」
ポニーテールに清楚な白いリボンをした女生徒は同じ6組の鈴木ケイだった。クラス内でも活発な部類でも大人しい部類にも入らないごく普通の少女は菊丸の近所に住んでいて菊丸とは物心ついた時からの幼馴染みだった。
「菊丸君のことなんだけど・・・・・・・・・」
ケイは不二の横に腰を降ろした。
「無理しなくてもいいんじゃない」
「え?」
「鈴木さんって英二のこと『英ちゃん』って呼んでいるんだろ」
「え・・・あ、うん」

3年になって初めて菊丸と同じクラスになったケイは『菊丸君』と呼ぶようになった。菊丸が
「ケイちゃん、なんか気持ち悪いよ」
と言ったのだがケイは
「だって英ちゃんもぐ〜んと背が伸びて男らしくなったし天下の青学最強のダブルス黄金ペアの片割れに『英ちゃん』はないと思うの」
と言った。それ以来学校では『菊丸君』と呼ぶようになっていた。

「私が今まで『英ちゃん』って呼んでいた事、英ちゃんから聞いたの?」
「ああ、英二が言ってたよ急に『菊丸君』だなんて余所余所しくなっちゃってなんか娘を嫁に出した父親の気分だってね」
「ぷっ・・・・英ちゃんったら」
ケイは堪らずに噴き出した。
「鈴木さんは英二の事『英ちゃん』って呼ぶのが自然体なんだろ。だったら何に遠慮してるのか知らないけど別に『英ちゃん』でもいいんじゃない」
「んー、そうだけど、もう中学3年だし・・・」
「それがどうしたのさ。年齢とか青学最強のダブルスとか関係ないじゃない。英二は英二だよ」
ケイはハッとして不二を見たが不二は空をぼんやりと眺めているだけであった。
「・・・・・・ありがとう。不二君」

「ところで英二の話って何?」
「えっ!・・・あ、あの・・・その・・・・・・」
ケイは口篭もった。
「朝から噂になっている僕と英二の事が気になったんじゃないの」
「・・・・・・・・・・・・」
「鈴木さんも英二に近い存在だもんね。他のクラスの連中みたいにゴシップ記事のような興味本位じゃなくて真剣に気になって気になってしょうがないんでしょ」
「え、いや・・・ううん。あ、そうなの」
ケイは何でもお見通しのような不二の口調にはっきりしない返答をした。
瞬間的に感じる。"不二には誤魔化しが通用しない"と。そしてスカートの裾をぎゅっと握って顔を上げ不二の顔を見ながら今度ははっきりと言った。
「不二君は英ちゃんの何なの?」
「さあ・・・何なんだろう。鈴木さんには僕達はどう見える?」
逆に質問を返されるとは思ってもみなかった。再びスカートの裾をぎゅっと握る"逃げちゃいけない"と。
「私にはとても良い感じの『親友』に見えていた」
「過去形なんだ」
「昨日の数学の時間まではね。でも倒れた英ちゃんを抱きかかえる不二君と不二君に縋る英ちゃんを見て考えが変わった」
「へえ、そうなんだ」
「英ちゃんの不二君を見る顔がとても・・・その・・・あの・・・・・・何て言ったらいいのかな・・・」
ケイは真っ赤になって俯いた。
「色っぽかったでしょ。英二の顔。鈴木さんは一番前の席だから良く見えたでしょ」
ケイは黙って頷いた。
「それに不二君の顔だって・・・・・・・・・」
「僕がどうしたの?」
「・・・・・・・・・キレイだった。男の子にこんなこというの変かな」
「別に。ありがとう」
「それで私も不二君と英ちゃんはただの友達関係じゃないなあなんて・・・・・・」
「英二は僕にとってとても大事な大切にしたい存在なんだ。英二がつらい時は僕もつらい。楽しみも苦しみも一緒に分かち合いたいんだ。そして僕は英二を信頼している」
「"恋人同士"なの?」
「鈴木さん、その"恋人"って何だろ?お互いが好きなら恋人?」
「その・・・・・・両思いで・・・デートとかして・・・・・・・・・あの・・・その・・・・・・」
「キスしたら恋人なの?セックスしたら恋人なの?」
「セ・・・不二君!不潔よそんなこと言うなんてっ!」
ケイは真っ赤になって怒鳴った。
「これをしたから恋人だなんて考え方馬鹿馬鹿しくない?」
「えっ・・・・・・」
ケイは言葉に詰まった。不二のペースに完全に飲み込まれている。
不二が空に向けていた顔をゆっくりとケイに向けた。
いつも教室で見せる穏やかな笑顔ではなく真剣な眼差しをしている。
ケイは開眼状態の不二を初めて見た。
背中にぞくりと言いようのない感覚が走る。
「好きな相手の事は全てを知りたくなるものじゃない。その行為は人によってそれぞれ違うかもしれないけど好きという気持ちの一連の動作じゃないかな」
ケイは頭を鈍器で殴られたような感じがした。
昨日の情景が脳裏に甦る。
まるで壊れ物を扱うかのような不二の菊丸に向ける優しい眼差し。
総てを不二に預けるかのような不二の腕の中の菊丸。
お互いを信頼し合い、まるでお互いの総てを知り尽くしたような・・・・・・。
――― キスをしたら恋人なの?セックスしたら恋人なの?
不二君と英ちゃんはそういう関係なの?
「で、でも理論的にはそうかもしれないけど・・・・・・」
「けど?」
「けど・・・英ちゃんは不二君と同じ男の子なのよ!不二君おかしいよ!」
思わず捲し立てるように言ってしまったケイだが不二は涼しげな顔をしてケイをじっと見ていた。
「フッ・・・・・・」
「何が可笑しいの!」
「いや、ただおかしいとかおかしくないとか何を基準に言ってるのかななんて」
「!!!!」
ケイは頭に血が上る感覚が自分でも分かった。
不二の言っていることは確かにそうかもしれないがいわば逆切れとも開き直りともとれる。
何て返したらよいか分からずケイのスカートを握っている手が僅かに震える。
そんな体温の上昇したケイを沈めるかのように頭に水滴が落ちてきた。
「雨・・・・・・」
曇っていた空からぽつりぽつりと細かい雨が降ってきた。
「降ってきちゃったね。教室に戻った方がいいよ」
「・・・・・・そうね」
ケイはこれ以上不二と一緒に居たくなかった。不二のペースに飲み込まれ軌道が狂わされ、次第にいたたまれない気持ちになり早くこの場から去りたかった。雨が降ってきたのは不幸中の幸いというものだ。
ケイは立ちあがってぱんぱんとスカートについた埃を払った。
「じゃあね、不二君」
ケイは校舎の中へ戻ろうと身を翻した。
「あ、鈴木さん。人の気持ちなんて数学みたく答えが 決まっていたり定義のようにこうでなくちゃダメなんてものないんだよ」
不二はケイの背中に向ってとどめの小爆弾を落とした。
ケイは一瞬振り返ったが何も言わずそのまま走り去った。

細かい雨粒がだんだんと大粒になり屋上の床に次々と染みを作っていく。
「僕も中に入らないとやばいかな」
不二も立ちあがって校舎と屋上を繋ぐ階段の扉へ向ってゆっくりと歩き出した。
「女の子相手にあんなにムキになってしまうなんて僕もどうかしているな」
不二は自嘲気味に笑った。
「不二っ、ここにいたのか」
扉から大石が屋上に飛び出してきた。後ろには乾もいる。
「大石、乾、二人ともどうしたの?」
「ちょといいか?」
「いいけど雨降ってきたよ」









結局、屋上への階段の途中で立ち話となった。
「大変なことになったな、不二」
「何が?」
「何がって学年中に広まっている英二との噂だよ」
「ああ、あれね。凄いね」
「当事者なのに呑気なもんだな」
「だって噂じゃないもの。噂って確実じゃない話のことだろ。僕達のことは事実だもの」
「不二はいいかもしれないが英二はどうだろう」
「英二はああみえて射手座のA型で繊細なんだ、自分が噂の渦中にいるとなるとかなり恥かしがるだろう」
「二人とも心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。英二は僕が護るから」









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