| 2人の英二 (2)
 
 
 
 
 「あのさー、俺、真面目に苦手な数学に取り組もうと思ってちゃんと宿題やってるんだ。でもわからないところがいっぱいある。だから教えて欲しいんだ」
 そう言って休日にやってきた菊丸を自室に通して不二は複雑な心境をどうしたらよいものかと考える。
 久々の菊丸の私服姿に心踊り、変に意識をしそうになるのを数学の公式を考えることで頭の中で無理矢理押さえつけることにする。
 だが、不二も数学は苦手ではないけれど得意というわけでもない。
 「ここはこの公式に当てはめて・・・それから、あれ?竜崎先生、何て言ってたっけ?」
 不二が授業の内容を思い返す為に考え込むと目の前の菊丸が不思議そうな顔をした。
 「不二でも解らなくて考え込む時があるんだ」
 「当たり前じゃない」
 
 「僕じゃなくて大石とか乾に聞く方がいいんじゃないの?」
 「6組の宿題を他のクラスの奴に聞いてどうするのさ。それに俺は不二がいい」
 
 「え・・・?」
 菊丸の言葉に一瞬ドキリとする。
 本人にとっては何気ない言葉でも今の不二には影響を与える言葉。
 (僕を惑わせるような言葉は使わないでほしい)
 菊丸の言葉はなかったことにして参考書を食い入るように眺める不二はフフッと笑う菊丸の声を聞いた。
 「あ・・・!?」
 咄嗟に顔を上げて菊丸を見た不二は絶句する。
 目の前で不二に笑い掛ける菊丸の表情は妖艶で、髪が僅かにいつもより赤みが入っているように見えた。
 (あの時と同じだ!?)
 いつかの水飲み場で見た妖艶に微笑む菊丸を思い出す。
 「大石や乾はだめだよ。俺は不二でなきゃだめなんだ」
 形の良い唇が開いて思わせぶりな台詞を吐く。
 何故か不二は金縛りにあった感覚がして動くことができなくなった。
 「英二・・・」
 「不二、俺は知ってるよ。不二がずっと俺を見ていたこと」
 「違うんだ、英二」
 「何が違うの?」
 菊丸が立ち上がり、不二にゆっくり近付き、そして顔を近づけてきた。
 「英・・・」
 名前を呼べなかった。
 開いた口を菊丸の唇で塞がれたからだ。
 
 コチコチと目覚まし時計の針の音がやけに不二の耳に響いていた。
 不二の自室だけ、まるで時間が止まったかのように静かでまるで別世界にいる感覚に陥る。
 
 (英二が僕にキスをしている!)
 
 不二の空白になった思考回路がようやく回復をした時には菊丸は既に唇を離して妖しく微笑んでいた。
 「・・・・・・え、英二・・・君は男同士でこういうこと、嫌だって・・・・・・」
 心臓がドキドキして言葉が直ぐに出なかった。
 不二は人を愛して心臓が高鳴る感覚というものが今まさにこれなのだと自己分析をしながらも菊丸からの突然のキスという動揺は抑えられなかった。
 菊丸はそんな不二を知ってか知らないのか判断の付けようの無い極上の笑顔でケラケラと笑った。
 「表向きはね。ほら、世間体とかやっぱ気にするし。だから二人だけでいる時は不二に甘えさせて」
 言うや否や飛びついてきた。
 「ちょ・・・英二っ!」
 しっかりと抱き止めて支えてやると不二の耳元で菊丸が囁いた。
 
 「俺を抱いて…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 (これは現実なのだろうか?)
 不二は何度も自分に問いかけた。
 
 だが自分も菊丸も全裸になり、ベッドで抱き合っているという現実は目を開けば目の前に飛び込んでくる。
 そして触れたところから伝わる菊丸の体温、不二に触れられる度に淫らに躰をうねらせ艶を含んだ菊丸の吐息が耳に入ってきて、不二も五感全てで菊丸を感じていた。
 
 「英二、好きだよ。ずっとこうしたかった」
 「俺もだよ、不二」
 
 菊丸が腕を伸ばして不二の首筋に絡めて自分の方に引き寄せる。
 ねだるように口付けをすると不二も負けじと舌を差し入れ、より深いものにしていった。
 
 (英二にこんな一面があっただなんて・・・)
 
 菊丸は満足げに微笑んでいる。
 その表情はとても妖しく淫らで、テニスをしている時の菊丸からはとても想像がつかないものだった。
 
 
 不二はそんな菊丸に完全に飲み込まれていた。
 
 
 
 
 
 
 
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