| 2人の英二 (3)
 
 
 
 
 次の日、普通に登校してきた菊丸を見て不二は少々複雑な気分になった。
 
 
 昨日の出来事が脳内にフラッシュバックする。
 僕はじっと自分の右手の手の平を見詰める。
 確かに昨日僕は英二をこの手で抱いた。
 英二の吐息と喘ぎ声がまだ耳に残っている。
 手にはまだ英二の躰のラインや体温が残っている。
 でも…
 終わった後、英二は僕に言った。
 「周囲にバレたら色々面倒だから学校では今まで通りな。あとそれとやられる方は結構辛いんだから俺が誘わなきゃエッチはダメだかんな」
 一方的に言って英二は妖艶な笑みを浮かべた。
 
 
 「おっはよー不二!」
 言われてハッと顔を上げる。
 「どしたの?」
 「え、いやゴメン。ボーっとしてた」
 その笑顔はいつもの太陽の笑顔。
 昨日の妖艶な笑みと同一人物とはとても思えない。
 僕がぼんやりしていると英二は言った。
 「不二、じ〜っと右手見てたけど怪我でもしたの?」
 「え、いいや。別に何もないよ」
 「ふ〜ん、それならいいけど。そーいや俺も朝起きたら何故か腰が痛くってさ。どっかで打った覚えもないし、変だにゃ…」
 
 その途端僕の中でガラスが割れるような音がした。
 「腰が痛いの?」
 念を押すように英二に問う。
 「あ、ああ…」
 「本当に何も覚えていないの?」
 「不二、変だよどうしたんだよ。たかが腰が痛いだけじゃん」
 「英二、知らない間に宇宙人にさらわれて改造されたんじゃない?」
 「ええー!やだよっそんなの!」
 「クスッ、冗談だよ」
 
 咄嗟に誤魔化したけど、英二の様子では本当に何も覚えていないみたいだ。
 では昨日の英二は一体何者だったのだろう?
 英二のそっくりさん?
 否、以前部活中にいつもの英二から“あの英二”になったことがある。
 いつもの英二より髪が赤く、妖艶な笑みを浮かべている英二。
 彼は一体何者なんだろう…
 確かめるには“彼”が現れるのを待たなくてはいけない。
 
 
 
 そして3日後、僕は“彼”に遭遇した。
 
 たまたま校内セキュリティメンテナンスの為、放課後の部活が急遽休みになったので、僕は英二を学校帰りに家に来るように誘ってみた。
 あの“彼”が都合よく現れてくれるとは思ってもいないけど、“彼”は僕と2人っきりの時にしか現れないからこれは一か八かの賭けだ。
 
 そして賭けに勝った僕は“彼”に出会えた。
 
 最初は他愛もなく外国のギャグ映画のDVDを見て英二と笑っていたけど、ふと笑うのをやめた英二が僕の首に腕を絡めてきた。
 間近で見る英二はあの妖艶な笑みを浮かべている。
 「…不二、キスして」
 僕は英二の後頭部をしっかりと抱えて逃げないようにキスをする。最初は軽く、そして深く…英二の唇はふっくらしていて舌先で舐めてやると躰がぶるりと震えた。
 「あっ……」
 英二がキスの合間に洩らす吐息が僕の神経を昂ぶらせるが、僕はかろうじて押さえ込んだ。この英二に流されてはいけないと。
 
 そして長く深いキスが終わると僕は真っ直ぐに英二の目を見て言ってやった。
 
 「君は一体誰なの?」
 
 
 
 
 
 「俺は英二だよ。何言ってんだよ」
 英二は妖艶な笑みを浮かべてクスクスと笑っている。
 
 「君は英二であって英二でない。一体誰なんだ?」
 「だから英二だって」
 「誤魔化すな!」
 
 僕が大声で怒鳴ると“この英二”はビクッとして一瞬に大人しくなった。
 「さすが天才、不二周助だね」
 「英二はどこ?」
 「俺が英二だよ。ただしもう1人の英二の人格と言った方が君には理解し易いだろうけど」
 「もう1人の英二?」
 「そう、英二の深層心理の奥底でずっと眠っていたけど最近目覚めたんだ、君のお陰でね」
 そう言って彼はまた妖艶な微笑を浮かべて僕の首に腕をからませて軽くキスをした。
 「君は英二にずっとこうしたかったんだろう?でも英二は君のそんな気持ちを知らない。けど今まで英二の奥底に眠っていた俺が君のいやらしい気持ちに応えようと目覚めたんだ。だから俺も英二なんだ。でも英二ではない。区別つける為にあえて今の俺に名前をつけるというなら“エイジア”ってのはどう?」
 「ああ、その方がややこしくなくていいかもね」
 
 表面上、平静を取り繕っているつもりだが実のところ胸が気持ち悪くなって気分が悪くなっていた。
 エイジアだって!ふざけるな。
 何がもう1人の英二だよ。
 お前はただの淫乱男じゃないか。
 
 僕は首に絡んでいたエイジアの腕を振り解いて思いっきり睨みつけてやった。
 
 「英二を出せ」
 
 
 「おー怖い怖い」
 エイジアはわざとらしく両手を挙げて観念したポーズを取った。
 「そんじゃ、俺は引っ込むよ。でも覚えときな、英二は君とはキスもエッチもしない。一度俺の躰を味わった君に耐えられるかな?」
 
 その言葉は僕の心臓を真っ直ぐに貫いた。
 人はナイフやピストルで人を傷つけたりしなければ
 自分は人を傷つけていないと言うけれど
 目に見えない心で人を傷つけることの方が傷が深い
 心で傷つけると、病人でもこれは大病でとても助からない。
 
 
 エイジアは僕の逃げ道をいとも容易く塞いでしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 続く
 
 
 
 
 
 
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