| 2人の英二 (1)
 
 
 
 
 「また預かったよ」そう言って菊丸が不二に差し出したのは空色の清楚なデザインの洋型封筒。一目見てそれがラブレターだと分かる。
 「また君を使わせるようなことになってすまないね」
 不二は謝罪の言葉を述べながら面白くなさそうにそれを鞄の中にしまい込んだ。
 「いや、もう慣れたことだし・・・けど今日の子は清楚でお嬢様タイプで不二には似合うと思うんだけどな〜。でもまた振っちゃうんだろ?」
 「そうだけど。どんな子であれ今の僕は誰とも付き合う気はないからね」
 
 「モテるくせに誰とも付き合わないって変な奴〜!お前ひょっとして最近流行のハードゲイって奴じゃね〜だろ〜な」
 げらげらと笑いながら言った菊丸の冗談はダイレクトに不二を貫いた。
 
 「だったらどうする?」
 不二に真正面から射抜くように見詰められて菊丸の体が一瞬硬直状態に陥る。
 「英二は僕が気持ち悪い?」
 ゆっくりとじわじわと菊丸に詰め寄る。
 「・・・う、うそだろ?」
 その声音に僅かに含まれた震えを察知した不二は直ぐににっこりと微笑んだ。表面上だけの微笑みで。
 
 「う・そ」
 
 途端一気に体の力が抜けてその場にへなへなと崩れる菊丸の腕を不二は咄嗟に支えた。
 「腰抜かすほど怖がらないでくれる?」
 「今のお前、超怖かったぞ。マジかと思った」
 「僕、将来は舞台俳優を目指してるからね」
 「何だよそれ」
 「う・そ」
 「お前ねー!!!」
 
 ケタケタと二人の笑い声が校舎裏に響き渡る。
 「ほら、英二ったら早く部活行かないと手塚に走らされるよ」
 「そだね」
 
 
 前を歩く菊丸の背中に向かって不二は聞こえない程度に呟いた。
 
 「うそじゃないよ……」
 
 
 
 
 
 *********
 
 
 
 
 不二は菊丸から預かった手紙に一応目を通すと面白くなさそうにゴミ箱に放り投げた。
 「明日断りに行かなきゃ…」
 そしてベッドに仰向けにダイブする。
 「ふう…」
 ぼすんとスプリングを背に感じながら天井に向かって溜息を吐き出す。
 そして右手で左胸を押さえた。
 「英二…」
 思い出す夕方の光景。菊丸はあからさまに男同士の恋愛を嫌悪した。
 「つっ…」
 チクリと胸が痛む。まるで何かが突き刺さっているように鈍痛を感じ、胸が痞えるように息苦しくなる。
 
 いつからだろう。
 いつの間にか親友だった菊丸に友情以上の感情を抱くようになってしまった。
 もうきっかけなんか思い出せない。
 
 でも今日の出来事で菊丸は男を受け入れないと確定した。
 
 「絶対手に入らない高嶺の花だったんだなあ……」
 
 不二は諦めたように呟くとそのまま目を閉じた。
 
 
 
 
 
 *********
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 好きになった気持ちを消し去ろうとしても想いが強い分、なかなか消え去ってくれそうにない。
 むしろ想いは強まり自分の中で相反する想いがぶつかり合い、そして混乱する。
 
 
 
 「不二、どうしたんだよ?」
 部活の休憩時間に水飲み場で顔を洗っていると横から声を掛けられた。
 「どうしたって何が?」
 顔を上げずに問い返してみれば
 「調子悪いじゃん」
 とさらりと返された。
 
 (表に出てくるのを抑えていた筈なのにな)
 どうやら抑えきれずに表に出てしまっていた不二の混乱を素早くキャッチした菊丸はさらに言う。
 「具合悪いなら無理すんなって」
 「無理してないって」
 瞬間見上げた不二は目の前の菊丸の姿に一瞬息が止まる思いがした。
 背に太陽を浴びて逆光になったその顔にはいつもの屈託のない笑顔ではなく妖艶な微笑が浮かんでいる。そして光に当たった髪の毛先が光の加減の所為か赤く反射しているように見えた。
 
 「英二…?」
 思わず声を掛けてしまった瞬間前髪の水滴が滴って目に入る。
 咄嗟に目を瞑ってタオルで顔の水滴をしっかりと拭き取ってから改めて顔を上げたときには怒った様な表情の菊丸がいた。
 「お前が無理して怪我でもしたらどーすんだよ。手塚に大石にタカさんに・・・俺はこれ以上怪我人が増えるの嫌だかんな!」
 菊丸の優しさが身に染みる。
 「ありがとう英二。でも今は大丈夫だから。本当に具合が悪くなったらちゃんと言うから」
 菊丸が自分に向ける優しさは特別なものではなく単に仲間思い故の行動だと自分に言い聞かせる。
 そして同時に菊丸への想いを更に深く閉じ込める。
 
 だが先程一瞬見た菊丸は一体何だったのかと不思議に感じたがその後そのような表情をする菊丸を見ることはなかったのであれは光の加減だったのだと不二は自分に言い聞かせることにした。
 
 
 
 
 
 
 
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