R35−LOVE 08





「馬鹿かお前は・・・・・・」

目の前ではめずらしく蓮二が頭を抱えている。

「だから酔った上でつい・・・」

「弦一郎は婚約者に結婚するまでキスすらしなかった男だぞ。そんな時代錯誤な男になんてことしたんだ。『妻子ある身で男色者といかがわしい行為をしてしまった』と切腹でもしたらどうするんだ」

「真田がお互い酔っていたとチャラにしてくれたんだよ。でも昨日の真田すごかったよ、あの顔で艶っぽい喘ぎ声出すし締まり具合も・・・」
「あ゛ー!!!!!止めろ止めろ!俺は友達同士の濡れ場など聞きたくない!」


蓮二は狭い研究室の中を耳を塞ぎながら歩き回った。
俺の衝撃告白にいつもの冷静さはどこかへ行ってしまっている。

そんな蓮二を尻目に俺はソファにどっかり座って差し出されていたコーヒーを黙ってすすった。
出されてから時間の経つそれはすっかり冷めていて心なしかとても苦く感じた。
「・・・苦いな」

「それはお前の心が苦くなっているからだ」
蓮二が俺の隣に座る。
「・・・・・・それで、弦一郎は口をきいてくれなくなったのか?」
「きいてくれないってわけじゃない。風呂の用意をすると俺に先に入らせて、あがったら朝食の用意が出来ていた。俺が食べている間に真田が風呂に入って・・・必要最小限の会話だな。なんか居た堪れなくなって俺は真田が風呂から上がると同時に帰らせてもらったよ」
「そうか・・・・・・」
蓮二の声があんまりとしんみり過ぎてだんだん悲しくなってきた。
俺は自分を押し殺して、無理をしてでも真田とは“ごくふつうの友人”を演じていた方がよかったのかもしれない。

「俺はもう真田と普通の友達には戻れないのかな」
自分でも驚くくらい弱々しい声になっていた。
途端細い体に抱きしめられた。
「精市、無理はするな。泣きたい時は思いっきり泣け。泣いて、泣いて、全部涙とともに流すのだ」
俺は急に蓮二に抱きしめられて戸惑ったけど蓮二の体温が徐々に伝わってくるにつれて俺の心もだんだん落ち着いてきた。
ああ、人の体温ってこんなに落ち着くものだったのか。
だから人は触れ合いを求めるものなのか。
「・・・ありがとう。蓮二」


蓮二は泣けと言ったけど、不思議と涙は出なかった。
真田に拒否されてショックだったのは事実だけど、心のどこかではこうなることをあらかじめ想定しているところがあったからかもしれない。いや、拒否されても真田と関係を持ってしまえた達成感があったのかもしれない。
自分の気持ちは複雑すぎて分からないが、これだけは言える。
蓮二が俺を救ってくれた。
蓮二がいなければ俺は堕ちてしまっていたかもしれない。





自宅に帰ってぼんやりと考える。
あの状況では俺が蓮二を押し倒す可能性があったかもしれない。
蓮二もそれに気付いていてあえて胸を貸してくれたのかもしれない。
あのまま流されて俺が蓮二を押し倒したとして、あの状況では蓮二はおそらく黙って俺にされるがままになっただろう。蓮二はそういうやつだ。
だが、俺は蓮二を押し倒さなかった。
俺は蓮二が大好きだ。
蓮二がいないと生きてはいけないかもしれないくらいだ。
だからこそ潔い関係でいなければならないと本能で感じ、彼を押し倒さなかったのかもしれない。

人への想いというものは改めて複雑かつデリケートなものだと考えさせられた。






* * * * * * * * * *





ある日の昼下がり、俺は都内でボイストレーニングを終えた後、時間があったので皇居の周囲を散歩してみることにした。

桜田門の近くのTVでよく見かける建物を見上げてつい溜息をついてしまう。
「あそこに真田がいるんだな〜」

これではまるで女子高生だ。
別の学校に通う憧れの男子生徒に想いをめぐらせて男子生徒の通う学校を見て溜息ついているのと一緒だ。

あれから真田とはメールすらもしていない。
特に連絡しなくちゃいけない用事も無い。
真田は酔った上での行き過ぎた行為だったと俺を責めるではなくチャラにしたいのだ。
これからも以前と同じかつてのテニス仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない。

蓮二に言わせると「一度きりでも真田を抱く事ができてよかったのではないか」ということだ。
あの夜の出来事を胸に俺は真田への想いを封印しなくてはいけない。

今度こそきっと時間が解決してくれる。
いや、解決しなければならないのだ。

そう思いふけっている時だった。

俺の目の前を俺と歳も変わらぬ男が通り過ぎて行った。
俺とほぼ同じ身長、白衣を着ているが体はやせ気味、そして見覚えのある銀髪。

「仁王!」

その銀髪が振り返った。
間違いなく仁王だ!
仁王は瞬間驚いた顔をして白衣を翻して走り去った。

「おい待てよ、仁王だろっ!」

俺も走った。
追い掛けた。
あいつを追い掛けるくらいの脚力なら十分に自信がある。

ほら直ぐに目の前に銀髪が

「捕まえた!」
「うげっ!」
思わず後ろから羽交い絞めにしてしまった。


「・・・場所を考えて行動しんしゃい」

周囲を見回すと何事かとこちらを見ている人々の視線とぶつかった。
よくよく考えたらここは警視庁の前だ。警視庁前で捕り物をやっていると誤解されても仕方がない。
俺は直ぐに彼を解放した。

久々に会う仁王も昔とあまり変わっていなかった。顔立ちは・・・
しかしこの白衣姿は一体何なんだ。
まるでマッドサイエンティストみたいだ。

「お前、遂に怪しい薬の研究でも始めたのか?」
「久々に会った旧友に何言うんじゃい!」
「お前がいきなり逃げるからだろ」

すると仁王は観念したように頭をポリポリと掻いた。

「うっかり白衣のまま出てきてしまったからじゃ」
「脱いで手に持てばいいだろう」
「どうせ直ぐに職場に戻るからまあいいやって思ったんじゃ、そしたら何故かこんなところに幸村が歩いちょる」

職場?この近くには製薬会社か化学会社の研究所でもあっただろうか。
柳生と同じ医学部を出ているのだから理系のはずだがどう考えても病院勤務とは思えない。
というかこいつが医者をやっている病院なんて行きたくもない。

「そういやお前今何やってんの?柳生に聞いても真田に聞いてもはぐらされた」

「仲間内の集まりで披露して皆を驚かせちゃろと思ってたんじゃ・・・・・・でも幸村は怖いから嘘がつけんわ。ホレ、あそこに勤めとる」

そう言って仁王が指差した先は・・・


「警視庁???」


「そうじゃ」

「お前やっぱり変な薬でも開発して捕まったのか?」

「違うぜよ!正式に言えば警視庁科学捜査研究所って言うんじゃ」

何だそりゃ、その長ったらしいネーミングの研究所は

え、今何て言った

科学捜査研究所



「科捜研!!!!!!!」


俺は堪らなくなって近くの植え込みの端に腰をかけた。

「あ、俺は急ぐけん、これで失礼するわ。皆にはナイショ、って言いたいけど幸村は柳生や真田みたく黙っていられるタイプじゃないわな。これも運の尽きか・・・都内うろちょろしてんなら今度飲みにいこうや」

そう言って白衣を翻して去って行った。
何だったんだ今のは。
本当に仁王か?
俺は騙されたのか?

真田が仁王の職業を知っていたのは同じ警視庁だったからなのか?
そういや科捜研って刑事部の機関だって聞いた事がある。
警視庁刑事部捜査一課管理官の真田なら知っていてもおかしくはない。

真田に連絡する事項ができてしまった。
それと柳生にも。







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