〜 ten years after 〜 10年後の日常(番外編)

† 卒業 †   





「ファッションショー?」
俺たちの前に座る佐伯はファッションショー帰りだと言った。
「佐伯はモデルもやってるのか?」
「違う違う!観客として行ってきたんだよ。朝霧の通うファッション専門学校の卒業ファッションショーだよ。だから観客は生徒の父兄や知人ばっかだ」
朝霧とは佐伯と愛人関係にある専門学校生だ。今年卒業するらしい。
朝霧君の友達が潮也君で以前不二がその場限りの愛人として関わっていた子。
俺はそっと不二の様子を伺ったけど不二は相変らずのポーカーフェイスだった。
俺が不二を受け入れてから1年3ヶ月が経つ。その間俺達の間で潮也君の話題はしなかった。俺が軽々しく彼の名前を出すのもいけないような気がしたし第一俺は潮也君の自殺未遂事件を表向き知らない事になっている。

「その専門学校なんだけどさ、俺あんまり詳しくないんだけど学長が都内のファッション業界では結構有名な人みたいなんだよね。舞台挨拶してたけど結構なばーさんなのに上品なスーツを着て髪は白髪だから薄く紫を入れて嫌味のないお洒落染めをしているんだ」
「へえ〜、歳とってもお洒落なのっていいことだね」
「だからそのファッションショーもファッション業界の人達が沢山見に来ているわけ、関係者席に座っている連中、やっぱファッション業界だけあって皆お洒落であか抜けているんだ。やっぱ東京モンは違うな」
佐伯は高校を卒業してからずっと都内にいるのに都合のいいときだけ千葉県民に戻る。
「で、ここからが本題なんだけどさ」
佐伯は不二の出したコーヒーを一口飲んでから言った。
佐伯なりに気合を入れたのだろう。 きっと彼の事を話すつもりだ・・・・・・
「卒業ファッションショーで学年最優秀賞を取った学生なんだけどさ、実は潮也君なんだ」
来たっ・・・この1年3ヶ月の間俺達の間で暗黙の了解で禁句になっていた名前。
「実は菊丸は潮也君がガス自殺図った件を知っているんだ。俺んちで不二が眠っている間に俺が菊丸に電話した。そして菊丸には知らなかったフリをしてもらってたんだ」
不二が俺の方を見た。一瞬だけ目を見開いたが直ぐにいつもの表情に戻った。驚いたんだろう、俺が潮也君のガス自殺未遂を知ってるなんて。
一緒に住むようになってから、いや、俺が不二を受け入れるようになってからポーカーフェイスだと思ってた不二にも良く観ると表情があることが分かってきた。その大半が目の表情で分かる。不二は糸目だけど微妙な変化がある。面白い話題の時は本当に目も笑っている。口は笑っているのに目が笑っていない時もある(こういうときはちょっと怖い) 『目は口ほどに物を言う』というけれど本当だ。
不二は何も言わずにテーブルの上に置いていた自分のコーヒーカップを取って飲み始めた。黙って佐伯の話を聞くつもりなのだろうか。


「退院した後2,3ヶ月はめちゃくちゃボロボロで自虐行為をしたこともあったらしい。けど朝霧が付いていたからまた自殺なんてことはしなかったけどな。朝霧は見ているだけで辛かったそうだ。それが進級試験前に急に何かに取り付かれたみたいに勉強し始めたらしい。まあファッション学科だからある種特殊な学科だから区立図書館で一日中専門誌を読みふけったりカラーコーディネートや色彩検定の資格を取ると頑張り始めたり・・・。きっと潮也君は勉強する事で不二の事を忘れようとしたんだ。寝る間も惜しんでバイトと勉学に励んでいたんだ。傍から見たら勉学に励む学生なんだけど本当は暇する間を無くす為だったんだ。凹んだ人間は暇になると余計な事ばかり考えてしまう。だから余計な事を考える暇をわざと無くしたんだ。一度底辺を見たら後は這い上がるしかないからな。彼にとって這い上がる手段がファッションの勉強だったんだ。元々センスあるやつだったしな」
俺達は黙って佐伯の話を聞くことにした。
「ファッションに没頭した潮也君は学年でもトップクラスの成績を修めた。あの学校って定期的にコンテストとかやっているらしいんだ。それで以前からコンテストで潮也君に目をつけていたのがJグループのデザイナーで卒業後にJグループへで働かないかと勧誘したらしい。そんでもって自信をつけた潮也君はますますセンスに磨きがかかって卒業制作の衣装が大賞に選ばれたらしい」
「Jグループって大手のアパレル会社じゃない!○○とか△△とかってJグループのブランドじゃんか!すげーじゃん!」
俺は思わず佐伯の話に口出ししてしまった。だって会社側から引き抜きだなんて凄いことだ。
「卒業したらJグループに就職してデザイナーの卵として着々と道を進んで行くらしい。まあ入社当初はアシスタントや雑用や自社ブランドの店舗での店員として流通の現場を見たりだとかだろうけどな」
「朝霧君はどうなの?」
今まで黙っていた不二がようや口を開いた。
「朝霧の方はさっぱり・・・就職も見つからなくてとりあえずバイトして食いつないでいくらしい」
「じゃあ君の勤め先の店でずっとバイトするんだね」
「いや、それが先月うちの店を辞めたんだ。卒業って名目でね。朝霧もやっぱファッションに関わりたいという希望があって、だからバイトもワイン専門店じゃなくてファッション関係がいいと言って渋谷のメンズショップで働いているんだ。潮也君とは大違いだよ」
「へえ、でも夢があるんだからいいじゃない」
「なあ不二、潮也君はもう完全に立ち直ったと言ってもいいだろう。俺が確認した。舞台上で最優秀賞を獲得して笑う姿はとてもイキイキしていて目も輝いていた。以前の潮也君とはまるで別人だ。だからお前も安心してこれからは菊丸のことだけ考えたらいいから」

「安心?何を勘違いしてるの?僕は潮也君のことは全然頭になかったし心配もしてなかったよ。僕はずっと英二の事しか見てないしこれからも英二の事しか見るつもりないから」
「不二!でも少しは心配してたんだろ?」
「潮也君がデザイナーになろうがフリーターになろうが僕には関係ないことだ」
不二の言葉はどこまでも冷たかった。


「ちょっとは素直になれよな不二。まあいいや、この件は良い方向に向かったということで終わらせよう。ところで全米オープン見たか?昨日衛星放送でやってたやつ」
「もっち見たよん!なんてったって越前の試合だったじゃんか!見ないわけないっての!」
「最初は押され気味だったから冷や冷やしたけどさすが越前だよな。1ゲームでもう相手の球種を見破ってやんの」
佐伯が上手く別の話に変えてくれたので冷えかけた空気が再び温まった。その後は潮也君の話には触れることなく他の話題で盛り上がり氷の刃のような表情を一瞬見せた不二も今まで通りの不二に戻っていた。

でも俺にはひっかかる事があった。



明日から週の初めなので早目に寝ようと思って風呂から上がってから髪を乾かして直ぐに電気を消してベッドに入った。
うとうとしていたらそっと部屋のドアが開く音がして不二が部屋を覗いている気配を感じた。
「英二、もう寝てるの?」
「ん〜?不二、どうしたの?」
半分寝惚け眼で返事したら不二が部屋の中に入ってきてそのまますっと俺の布団に潜り込んだ。
「不二・・・駄目だって今日は。明日月曜日だし・・・・・・」
「ん、分かってる。だから今日はヤらない。でも一緒に寝てもいい?」
「いいけど・・・」
暗がりでも不二の様子が変なのが分かった。
不二は本当に何もせずただ俺の体を抱きしめているだけだ。それはまるで何かに縋っているようにさえ感じられる。 俺は身を捩って腕を不二の背中に絡ませた。するとお互いの胸が密着してとくとくと不二の鼓動が伝わってくる。
こうしていると不思議と落ち着いて穏やかな気持ちになる。
なんだかこういうのって久しぶり。不二はいつも激しく求めてくるからたまにはこういうのも悪くない。
「不二・・・何かあった?」
「どうして?」
「だって何もしないし・・・」
「僕が何もしないとそんなに変?」
「うん」
「速攻で返事しないでよ」
「だって本当のことじゃん。不二って万年発情期だし」
「まっ、万年発情期だなんて失礼だなあ。英二だってしたくなったら僕に構って攻撃してくるじゃない」
「だって不二は上手いし・・・情熱的だし・・・・・・だから潮也君だって本気になってしまったんだと思うよ」
「・・・・・・・・・」
彼の名前を出した途端に不二の躰がほんの少しだけど一瞬強張ったのが分かった。
やはり不二は―――――
「不二、黙っていても俺には分かる。不二がずっと潮也君のこと気にしていた事。平静を装っていても俺とシテいる時にふっと罪悪めいた表情を見せる時がある」
「―――――そんなことないよ」
「不二、佐伯の言う通りだよ。素直になれよ」
俺は不二の躰を抱いている腕に力を込めた。
「潮也君はデザイナーへの道を進み出して結果的に良い方向へ向かったんだ。俺がこんなこと言える立場じゃないけど不二も潮也君への罪の意識で潮也君に縛られないで。潮也君のことは忘れろなんて言うのは軽率だと思う。だから忘れないで不二も同じ過ちを二度と繰り返さないと誓って不二も潮也君と同じように一歩前へ踏み出そうよ。それぞれ別の道だけどお互いの前進の為に」
「・・・・・・・・・」
不二は何も言わなかった。けど何も言わない代わりに僕の背に廻している腕に力を込めた。 ぎゅう〜っと抱きしめられて不二の鼓動がより近く伝わってきた。 俺を抱きしめているというよりも俺に縋り付いていると表現した方がいいのかもしれない。
不二は何も言わない。何も語らないけど今の俺なら解る。不二はずっと潮也君のことを心のどこかで気にしていたんだ。
でも俺には何もしてやれることができなかった。
だから佐伯の報告はとてもありがたいものだった。
潮也君はデザイナーの道に進むということで立ち直った。
今度は不二の番。
俺は軽く不二の唇に重ねるだけのキスをした。
「えい・・・じ?」

「以前、俺と不二がこうなる前に女のことで辛い目に遭って凹んでいる俺を朝までずっと一緒にいてくれたことあっただろ」
「うん」
「あの時ずっと女の事は隠していたのに何で不二には分かったんだろうって不思議に思ったんだよ。」
「分かったよ、何となく」
「不二はずっと俺のことが好きでずっと俺のことを見ていてくれたから分かったんだと思ったんだ。今の俺なら解る。俺も今は不二の事が好きで愛しているから不二が何を考えて何に傷付いているのかが解るんだ」
「英二・・・」
「不二、好きだよ。愛してる」
「僕も英二の事を愛してるよ」
俺達は再びぎゅうっと強く抱きしめ合った。
「不二に愛されて人に愛されるのがこんなに素敵な事だったなんて初めて知ったよ。不二との事は今の世間には言えない関係だけどそれでも俺はいいと思ってる」
「ありがとう英二」
「俺は不二が過去に劇場で色々な男を捕まえていたことや潮也君のこと、そして大学時代の土山さんのことを気にしているわけでもないし怒っているわけでもない。俺はそんなことがあった今の不二が好きだから」
「英二、確かに潮也君のことを気にしていなかったと言えば嘘になるね。彼は英二と似た表情をする時があったから英二を抱いている時にふと思い出すことがあったんだ。でも・・・ごめん・・・この件に関してはあまり喋りたくないんだ」
「無理して喋らなくてもいいから・・・」
「けどね、佐伯の報告で安心した自分もいることは確かだよ」
「佐伯の言うとおり素直になれよ、不二」
「僕は性根が曲がってるからなかなか英二のようには真っ直ぐになれないんだよな。だから英二に惹かれたんだよ」
そう言って不二は俺の胸に顔を埋めた。
「ごめん、英二。今夜だけ、今夜だけこうさせて・・・明日から元気になるから」

かつて傷ついた俺を一晩中抱きしめてくれて癒してくれた不二。今度は俺が不二を癒す番。
不二が俺で癒されるのならいくらでも胸を貸してやる。

今夜俺達はひとつの事件から卒業する。









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