SAKURA drops
新学期早々の実力テストと新学期早々の掃除当番を終えて僕は英二の待つ公園へ急いだ。
どうせ学校帰りに僕の家に来るのなら学校で待てばいいのに――――――
「不二の家の近くのあの公園、桜並木がキレイだから、さ」
英二はそう言った。
朝はあんなに晴れていたのに雲行きがだんだん妖しくなってきた。
そういや朝の天気予報で一部の地域で雨が降るかもなんて言ってたな。
ポツリ・・・
ポツリ・・・
やべ・・・雨が降ってきた。僕は慌てて鞄から傘を取り出す。
ザアァ・・・・・・
正面から強い風が顔面を叩きつける。
英二は・・・?
英二は傘を持っているのだろうか。
僕は桜並木のある公園へ足を踏み入れた。
* * * * * * * * * *
強い風が吹き桜の花弁が渦を描くように宙を舞う。
しかし空中舞踏の花弁も水分を含みやがて天から降りつける雨と供に地に落下していく。
周囲に誰も人はいない。
英二はそんな桜色の幻想世界にただ一人で立っていた。
「英二、どうしたの?」
「・・・・・・やあ、不二。早かったね」
「傘、持ってなかったの?」
「持ってるよ。でも桜がキレイだから・・・」
「ずぶ濡れじゃないの」
「みたいだね。でも傘をさすと飛んでいく花弁がよく見えないから・・・」
そう言って僕に微笑んだ英二は濡れている所為もあって妖艶な色を含んでいた。
身体の所々に花弁が張りつき雨で濡れた所為で髪の毛はいつもの外ハネはなくなりストレートになっていて今の英二はおそらく僕以外の人が見たら"別人"になっているのだろう。
こんな濡れた髪の英二を見れるのも恋人である僕の特権。
でも・・・今日の英二は違う
「行こう、英二」
「待って・・・きっとこの雨で桜は最後になるから見納めさせて」
「こんなに濡れてるのに風邪ひいちゃうよ」
「桜も濡れているからお互い様だよ」
僕の隣に君がいる。
腕を伸ばせばすぐに捕まえられる位置。
けど、今の君はここには居ない。
君の心はここに在らず。
桜の世界に惹き込まれ彷徨っている君。
僕はこんなにも近くにいるのに。
そっと腕を伸ばす。
「捕まえたっ」
「どしたの?」
結局僕が捕まえたのは桜に魅入られ抜け殻になった君の身体。
* * * * * * * * * *
頭から熱いシャワーを浴びて覚醒した。
あれ?何で俺シャワーなんか浴びているんだ
俺ん家じゃない浴室・・・・・・たしかこれは不二の家の浴室だ。
そういや俺、桜を見ていて・・・・・・・・・・・・・・・・・・そこからの記憶がはっきりしない。
途中で雨が降ってきてそこへ不二がやってきて何か言っていた気がする。
俺、傘さしていなかったんで濡れてしまったから不二に「シャワー浴びてこい」とここに放り込まれたんだっけ。
冷えてしまった身体に熱めのシャワーは心地が良くて、湯を浴びながら俺は目を閉じる。
不二の家の浴室のタイルは薄紅色でまるでさっきの公園に居た時を思い出させる。
風に舞う花弁達。周囲はすべて桜色になっていて気が付けば俺は薄紅色の世界に居た。
俺の身体を囲むかのように花弁が舞い風に乗って上昇していく様を見ていると桜の最期の勇姿の想いがひしひしと伝わってきて人知れず散っていく桜の最期を俺に見届け欲しいと言われているような気分になった。
「!!!!!!」
突然腕を掴まれ壁に身体を押し付けられた。
自分の身に何が起こったのか考える間もなく俺は唇を塞がれ息が出来なくなる。
息苦しさにぼうっとした頭で目を開くと自分の目の前に近付き過ぎて焦点も合わない位置に不二がいて俺の唇を貪っていた。
「ん、んんーーーーーーっっっっ!(ふ、不二ぃーーーーーーっ!)」
苦しさに声を出したが俺の言葉は不二の口内に吸収されて言葉にならない。
「不二っっっ!何やってんだよっ」
俺は力任せに不二を突き飛ばし、慌ててシャワーの栓を閉めた。
制服姿のままの不二は頭から湯を被ってずぶ濡れになっていて ――――― その表情は今までに見たこともない悲しげで濡れている所為か泣いているようにも見えた。
俺はそんな悲しげな顔をした不二を見て鼓動が早くなる。
* * * * * * * * * *
「ほらっ、こんなに冷え切ってしまって・・・早くシャワー浴びなよ」
僕はあの公園から英二を引き摺るように帰って来て、早速浴室に英二を放り込む。
英二の瞳はまるで放心したように虚ろだったので一人で大丈夫だろうかと思ったけど中からシャワーの水音が聞こえてきたのでホッとした。
2年前の入学式の日、周りの新入生達がそれぞれ校門前で記念写真を撮っていたのに対し僕は桜の木の下で写真を撮りたくなって校内で一番見事に咲いている桜を探し周った。お約束で校門の横にも桜が植えられているがその咲きっぷりは見事とは言えなくて・・・・・・
知らない間に校舎の横手に来ていた。そこは人があまり踏み入れないらしく誰もいなかった。それなのにそこに咲いている桜は大きく花の色も良くひとめ見た時に溜息が出るくらい見事だった。
「こんなところに咲いているの勿体無い・・・」
僕はその桜の木に近付いた。
「!!!」
僕は吃驚した。誰も居ないと思っていたのに僕と反対側の木の下に人が居たのだ。おそらく今日入学式を終えた新入生。僕と変わらない身長でふんわりした髪の毛はサイドがくるりんと外にハネていてまだあどけない顔に大きな瞳で桜の木を見上げていた。
彼は僕が近付いたことにも気付かないらしくずっと桜の木を見上げていた。はらはらと舞う桜の花弁が彼を包むかのように降っていて何故か僕はその姿を食い入る様に見つめていた。
パキッ・・・
僕が踏んでしまった小枝の折れる音で初めて彼は僕の方を見た。
「この桜、綺麗だね」
何か言わなきゃいけないような気がして僕は彼に声を掛けた。
彼は人懐っこい笑顔で微笑んで
「だろ?この桜が中等部の中で一番綺麗なんだって。でも校舎脇だからほとんど人が通らなくて勿体無いけどいわゆる"穴場"な桜だってさ」
と言った。
「よく知ってるんだね」
彼が何かを言いかけて口を開いた時、僕の後ろから誰かが近付いてきた気配を感じた。咄嗟に振り返ると上級生らしき男子がこちらに向って歩いてきた。
「英二、やっぱりここにいたんだ」
「だってここの桜が一番だって言ったの兄ちゃんじゃないか」
お兄さん――――?。 よく見るとその上級生は彼にそっくりで詰襟の襟章は3年生のものだった。
「なんだ、友達と写真を撮ってたのか。折角だから二人揃って撮ってやるよ。カメラ貸して」
上級生は僕の手に持っていたカメラを見て言った。
「兄ちゃんこの人、今会ったばかりなの。まだ名前も知らなくて・・・・・・」
英二と呼ばれた彼は兄に向って弁解し始めた。その光景がなんだかとっても微笑ましくて僕はクスッと笑ってしまう。
「じゃあ今から友達になろうよ。僕は不二周助、よろしく」
「俺は菊丸英二」
「じゃあお兄さん、写真撮って下さい」
僕はカメラを彼の兄に手渡した。
「・・・じっ、不二ってば!」
僕は英二の声で我に返った。
「どうしたんだよ不二。服も着たままで・・・」
英二が僕の頬を両手で包み、僕の顔を覗き込んでくる。
ああそうか ――――― 僕は英二が大丈夫かどうか浴室の扉をそっと開けて中を覗いて見たら案の定、焦点の定まっていない英二がお湯にうたれながらシャワーヘッドをぼ〜っと見ていて・・・・・・・・・
気が付いたら僕は英二を壁に押し付けて唇を自分の唇で塞いでいた。
僕を見て欲しい
僕は英二の頬を両手で包み返した。
「英二、僕がここにいるのわかる?」
「僕はこんなにも近くにいるんだよ」
「英二の目には僕がちゃんと映ってるの?」
僕は英二が返事をする前に質問責めにした。
「桜に惑わされないでっ!」
僕が大きな声で怒鳴った所為で声が浴室内に響き渡った。
英二は吃驚したような顔で僕の顔をじっと見た。
「ごめん、怒鳴ったりして ――― 制服が濡れちゃった。着替えてくるよ」
僕は浴室から出てタオルを頭から被ったまま2階の自室に駆け上がった。
* * * * * * * * * *
「桜に惑わされないでっ!」
正直、俺は吃驚した。
確かに俺は桜に惑わされて心がここに在らずだったのかもしれない。
去年の今頃はまだ俺達は普通の"友達"ってやつだったけどそういや授業が終わって部室に行くまでに桜の木に見とれていて不二に「遅刻してグラウンド走らされるよ」と引き摺って行かれた記憶がある。
その前の年は ――――― 入学式。兄に教えてもらった校内一だと言われる桜の木の下で俺達は出会った。
毎年のことだけど桜を見るとなんだか気が遠くなる。まるで別の世界に吸い込まれて行くかのように。
何故だろう。
たかが桜。
ただの桜。
日本人が酒を飲む口実に"花見"と称して使われる花だって親父が言ってたぞ。
でも不思議 ――――― 何故か桜の花を見るとまるで吸い込まれるかのように、食い入る様に眺めてしまう。
「桜に惑わされないでっ!」
あんな不二は初めて見た。
俺が不二のこと無視したから。
違う ――――――― 無視したわけじゃない。
不二のことまで考えられなかった。
桜で心が一杯一杯になってしまっていて。
* * * * * * * * * *
自室に入って濡れた制服から部屋着に着替えた。
タオルで濡れてしまった髪の毛をわしゃわしゃと拭きながら窓の外を眺めるとさっきより雨風がひどくなっていた。
この雨風で今年の桜はほぼ全部散ってしまうだろう。
そうすればもう英二は桜に惑わされることもないだろう。
「フッ・・・」
僕は自嘲気味に笑った。
桜のおかげで出会えた僕等なのに僕はその桜に今、感謝ではなく嫉妬をしている。
なのに僕は桜の木の下で花弁に包まれた英二に見惚れていた。
きっと初めて会ったあの日から僕は英二が好きだった。
そう思いながらも僕は英二が桜に包まれていることを望んでいない。
好きなのに。
桜が好きな英二が好きなのに。
僕の気持ちは反比例をして桜を疎ましく思う。
イラつく・・・・・・
こんな気持ち初めてだ。
桜に振りまわされ、惑わされているのはこの僕―――――?
終
白不二・・・を目指したつもりですが、なんだか別人になってしまいました。
タイトルはもちろん某歌手様の曲のタイトルを拝借させていただいたのですが、内容は全然違います。この二人は終わっていません。
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