〜 ten years after 〜 10年後の日常(番外編)

† はじめての不二誕生日 †  





「ゴメン…」
俺は目の前で朝のニュースを見ながらトーストをかじっている不二に少し頭を下げた。
「いきなりどうしたの英二?」
不二がゆっくりとこちらを向いた。その顔は"何が起こったかわかりません"そのものだった。
不二は普段何を考えているのか判らないけど俺の前だけで見せてくれる素の表情。
「不二、明日誕生日だろ?」
「僕の誕生日は29日だから閏年じゃない今年はないよ」
「っっじゃなくてっ!!!!」
不二のお約束のようなボケに俺は思わず大きな声を出してしまう。
「明日の28日は月末で年度末だし仕事が忙しくて早く帰れないんだ。って今日も遅くなるけど」
「構わないよ。"社会人は働いてこそ美徳がある"だからね」
「何それ」
「何か知らないけど裕太が言っていた。滅多に実家に寄らない言い訳なのかもしれないけどね」
「そりゃ、京都からじゃ遠いよ」
「あ、でも今度の週末は俺、豪華な料理作るからな。不二の好きなものばっか作るから」
「僕の好きなものは英二には辛すぎて食べられないんじゃ…」
「お前の誕生日なんだからそれくらい合わせるよ」
「無理しなくていいよ、英二」
カチャリと持っていたティーカップを置いて不二は少し身を乗り出して俺の顔をじっと見つめてきた。朝の光に反射した元来色素の薄い髪がキラキラと黄金色に輝いてまるで西洋の貴族の肖像画のような姿にしばし見惚れてしまう。
「僕はね、こうやって英二と一緒にいられるだけで十分なんだ」

ドクン

心臓が高鳴る。
不二からこんな歯の浮くような台詞を言われるのは初めてじゃないけどそれでもドキドキしてしまう。
「僕達が通じ合って3ヶ月目。本当に幸せだよ」
不二が本当に整った笑顔で言った。
色々な事があって俺と不二が通じ合った直後に迎えた俺の誕生日は週末だったことも重なって不二が由美子さんお勧めだという代官山のケーキ屋のショートケーキとプリンを買ってきてくれてそして朝までずっとお互いを求め合って優しく愛された。
だから不二の誕生日は俺が…と思ったけど現実はそう上手くはいかなかった。
「無理じゃないって」
俺も負けじと不二の顔を見つめ返す。
「本当に祝いたいから…だけど時間なくて手抜きなんてやりたくないから。だから週末に時間かけてお祝いさせて」
「25歳か、四捨五入したら30だよね」
持ちかけたティーカップをうっかり滑らせそうになってしまった。
「お前も早くこっちの世界に来いって」
「そういやこの前英二はお姉さんに注意されてたよね。英二の好物ばかり食べてたら成人病一直線だって」
「美香姉ったら脅すんだもん、参ったよな」
「英二のこと心配してるからだよ。でも本当に高カロリーで炭水化物ばっかりだったら本当に50過ぎたら糖尿病で定年したら合併症で目が見えなくなって70過ぎたら手足の末端神経の感覚がなくなって下手したら両足切断ってこともあるかもね。僕やだな、そんな英二の介護することになるなんて」
「って勝手に俺の老後設定するなよ!!!」
いつまでこんな生活が続けられるか判らない。でもできることならずっと不二と一緒にいたいと思うのは俺の単なるエゴなんだろうか。
不二だってきっと心の奥底では同じことを考えているのかもしれない。判っていて、それでもずっと一緒にいたいという気持ちから冗談めいた表現で先のことを言うのかもしれない。









でもって28日の夜。
遅く帰った俺は不二が用意してくれていた食事を簡単に済ませて風呂に入ってすぐに寝ることにした。不二も俺に気を使ってか消化の良いものばかり用意してくれていた。
誕生日なのに(正確には29日だけど)家事を押し付けて申し訳ないと思ってる。でも俺もクタクタで……
そんなことをぼんやり考えながらウトウトしていた時だった。そっと俺の部屋のドアが開く気配がしてベッドに寝たままぼんやりと振り返ると傍に不二が立っていた。
「どうしたの不二?」
「ここで寝ていい?」
「俺疲れてる、もう今日は無理」
「クスッ。何もしないよ。ただ英二と添い寝がしたいだけ」
不二が俺と添い寝をして何もしてこない訳ないじゃんと文句を言おうとしたけど言う前に布団を少しめくったかと思うとスルリと入ってきやがった。そのまま後ろから抱き締められ胸元に手を絡ませてくる。
「お、おいっ!何もしないって言ったじゃん!」
「だから何もしてないじゃない」
耳元で囁かれる声。
背中越しに伝わる体温。
不二の使っているシャンプーの香りが鼻孔を擽りそれだけで眠りかけた脳が反応して活性化してきた。

コチコチコチ……
ベッドのヘッドボードの棚に置いてある目覚まし時計の秒針の音がやたらと耳につく。
不二がここへ来てからどれくらい経つのだろうか、いや時間的にはそんなに経っていない筈、けど俺の周囲だけ時空がねじれた様に時の流れが判らなくなっていた。
「不二…寝てるの?」
「…ん」
不二の奴、本当に何もして来ない。地震でも起きなきゃいいんだけど。
「英二の体温を感じて、英二の匂いを嗅ぎながら寝るのって最高」
オヤジかこいつは……
「僕が何もしないのってそんなに変?」
「変」
「そんな速攻で答えないでよ」
「自分の胸に聞いてみろ」
とは言ったものの本当に不二は俺にくっついているだけで何もしてこない。俺はつい3ヶ月程前になる"革命"を思い出した。
"革命"それは俺が不二の愛を受け入れたこと。
最初は怖くてなかなか不二を受け入れることが出来なかった。そして怖くて怯える俺を不二はやさしく見守ってくれた『僕は英二の嫌がることはしたくないんだ。だから英二がソノ気になるまでいくらでも待つ』と。
今背中に感じる不二は優しく温かく大母神のように俺を包んでくれている。俺の腰の辺りに当たる不二の前も柔らかいままで欲情はしておらず本当に不二がやましい気持ちで俺のベッドに入ってきていないことを証明している。
いつもは俺が泣こうが喚こうが無理矢理組み敷くのに…
俺が疲れているから本当に何もしないんだ。
不二の意思の強さに胸が熱くなる。
本当に不二が俺のことを愛してくれているのが身に染みる。
「不二……ありがと」
「だてに君を10年も我慢してなかったからね」
俺は体を反転させて不二に覆いかぶさってちゅっと軽くキスをした。何度も何度も軽く啄ばむように唇を重ねて…そして不二の薄い唇をぺろりと舐めて深いものを要求すると不二も舌を出してきた。
絡んでくる熱い舌の感触に背筋に電流が走る。
不二の手が伸びてきて俺の首筋に回ってきた。
「どうしたの?今日はやけに積極的だね」
唇が僅かに離れた瞬間。クスクスと笑いながら不二が言ってきた。
「好き……」
自然と言葉が出てきて赤面してしまう。
胸の中に湧き上がる想い。口に出すのは恥かしくてあの"革命"以来自分から言った事はなかった。
「シたいの?」
不二の意地悪そうな瞳に見つめられたけど振り払うように頭をぶんぶんと横に振る。
「ただの誕生日祝いのキスだよ」
「でもそんなに激しくされちゃあ…僕、勃っちゃうよ」
「そんなもの抑えてろっ!」
恥かしさも手伝って俺は不二から離れると背中を向けて枕に顔を埋めた。
「うん、今日は抑えてあげるから週末は覚悟しといてね。あー楽しみだな♪英二にあんな体位やこんな体位をさせてっと」
しまった。煽るんじゃなかった。猫に鰹節。不二に俺。と訳の分からない格言が脳裏を横切った。でも不二の誕生日なんだからまあいっかと思う。
「あ、そうだ」
俺は徐に起き上がってベッドから飛び出して鞄の中からあるものを取り出した。
「これ…」
「T急ハンズ?」
「今日渋谷支店に用事があって行ってたからついでに寄ったんだ」
俺は小さな紙袋の中からそれを取り出して不二の前へ差し出した。
「これ…携帯のストラップ」
「そう」
それは微妙に大きさの違う二つのクロス(十字架)をモチーフにした携帯ストラップ。
「二つもいらないけど」
「馬鹿っよく見ろって!ペアなんだよ!」
「ふふっ分かってるよ。言ってみただけ」
「お前時々天然にボケるから本気で言ってるのかと思った」
社用で使う携帯に首から掛けるタイプのストラップが必要だったので何気に寄った携帯コーナーで偶然見つけて一目ぼれしてしまったペアのストラップ。
2つのクロスの大きさが微妙に違うのは大きいクロスに小さいクロスを重ねて1つにできる仕組みになってるから。
いつも一緒にいるけどそれを何らかの形にしたいから、つい買ってしまったペアの携帯ストラップ。
「不二はペアの持ち物とかって好きじゃなさそうだからあからさまにペアに見えない無難なクロス型にしたんだけど…でもやっぱ嫌なら無理して付けなくてもいいから」
「んー、確かにペアルックなんて…と僕は思う方だけどこれなら一見わからないからいいよね。それに僕は英二となら何だって構わないよ。ありがとう、早速明日から付けるよ」
不二はストラップをヘッドボードの棚に置くと腕を伸ばしてきた。
伸ばした腕は俺の首へと回り、そして引き寄せられる。
再び重なる唇。
「今まで生きてきた中で最高の誕生日だよ」
そして俺達は軽く抱き合ったまま眠りに落ちた。













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