| 君の笑顔に花束を
 
 
 
 
 
 玄関から姉の悲鳴が聞こえた。そういや呼び鈴の音がさっきしていた。
 
 強盗?
 
 いや、姉の悲鳴は恐怖に満ちたものではなくて驚きの悲鳴だった。
 いや、驚きというより、いわゆる「黄色い声」ってやつ
 何があったのだ?
 突撃隣の晩ご飯とかいうTV番組のレポーターでもやってきたのか!?
 
 兎に角俺は階下へ向かった。
 
 
 「え、英二、ちょっと!ちょっと!!!」
 驚く顔の姉、そして姉の肩越しに見えた玄関に立つ人物を見て俺は息を飲んだ。
 
 
 「……お前、馬鹿だろ」
 
 
 アクアスキュータムのスーツにバーバリーのカシミアマフラーを巻いてでっかい花束を抱えていきなり人ん家の玄関に立っていた不二に俺は以外にも冷静だった。
 
 
 「ちょっと英二っ!不二君帰国するの2年ぶりでしょ!あんた何てこと言うの!」
 姉の罵声が玄関に響いた。
 
 
 
 
 
 ********
 
 
 「不二君ごめんね〜。今紅茶でも持ってくるから」
 とりあえず不二をリビングにあげてソファに座らせると姉が機嫌良く台所へ向かった。
 
 「ごめんね英二、何も言わず突然来ちゃって」
 「俺が居なかったらどーするつもりだったんだよ」
 「この前のメールで今日はやらなきゃいけないレポートがあるから“引き篭もりバースディ”になるって書いてあったからきっと居ると思ったよ」
 俺は溜息をついた。
 「そりゃどーも。しかし何だよその格好!どこの王子だよっ!!!」
 「イングランド風」
 そう言うと不二は「HAPPY BIRTHDAY」と言って花束を俺に差し出してきた。
 「あ、ありがとう…」
 あまりの豪華な花束に面食らう。
 「姉ちゃんに花瓶に生けてもらう」
 立ち上がりかけた俺の腕を不二の手が掴む、そしてじっと見詰められる。
 
 
 「僕が今日ここに来た理由覚えてる?」
 
 
 
 
 
 ********
 
 
 
 
 台所へ花束を持っていって姉に生けてもらうように頼むと姉は大変喜んだ。
 テーブルに来客用の紅茶がセットできているのを見て俺は言った。
 「あ、あのさ。色々と積もる話があるから2階に上がるわ。だからこれ持って行く。淹れてくれてサンキュー」
 
 
 俺が2階の自室へ上がると先に入るように言っていた不二が部屋の真ん中に立ってぐるりと部屋を見回していた。
 「随分とこの部屋も変わったもんだね」
 「兄ちゃんがつくばの会社に就職したから出て行ったんだよ。だから今は俺1人」
 テーブルに紅茶を置くと不二は俺のデスクを見て言った。
 「レポートまだ途中なんだ。ごめんね邪魔して」
 正座をして優雅に紅茶を飲む姿を見て俺は瞬時に思った。
 
 この部屋に似合わねーーーーー!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 手塚が中等部3年の秋にプロになる為にドイツへテニス留学したのを追う様に不二も高等部2年の途中でイギリスにテニス留学した。
 もちろん俺は大賛成!
 だって不二は俺とは次元が違う。
 中学最後の全国大会決勝であの立海大付属の仁王を逆にペテンにかけたのを見て俺は瞬時に不二の底知れぬ強さを感じた。
 
 だから不二は俺と同じ道を進んじゃいけない。
 不二の前には光り輝く道があるんだ。
 
 不二とは親友だから不二の留学には自分の様に喜んだけど、不二は華やかな未来が目の前に広がる割に淋しげな表情をしていた。
 今まで一緒に進んだ仲間や家族と離れて遠い異国へ行くのだから淋しくて当たり前。
 だから俺は言ってやった。
 「日本とイギリスと遠く離れるけど俺はずっと不二とは親友だよ。向こうへ行ったら色々と大変な思いもするだろうから、どんどん愚痴メールでも送ってこいよ」
 すると不二は今にも泣き出しそうな顔をしていきなり俺に抱き付いてきた。
 いつもは俺が不二に飛びつく方なのに不二からだったのでよほど淋しいんだなあと思って、抱きしめながらよしよしと頭を撫でてやったらいきなり頬にちゅーされた。
 
 「英二のことずっとこんな風に好きだったんだ」
 
 当然俺は面食らった。
 どうしたらよいのか分からなくてとりあえずその場を逃れたくて咄嗟に出た台詞がこれだった。
 
 「俺のハタチの誕生日にでっかい花束でももって現れでもしたら考えてやるよ」
 
 
 俺は青学高等部卒業後、都内の体育大学へ進学した。
 やっぱ得意分野を伸ばしたいし、てか俺にはそれしかまともにできそうなのってないじゃん。
 大石は都内の医大に進学して、タカさんは本格的に板前になる為に大学へは進学しなかったし乾に至っては東大に進学しやがった。
 そしてドイツの手塚、イギリスの不二とかつての仲間達はバラバラになってしまった。
 皆がそれぞれの道へと進んで行く直前、つまり高等部卒業して大学に入学する前の春休みに手塚と不二が申し合わせて同時帰国してパーティーをしたんだ。
 皆がそれぞれの道で成功しますようにって。
 
 
 体育大学に進んだものの俺は頭を抱えている。
 インストラクターや指導員や教育免許を持っていた方がいいからと思ってそういう授業を選択したものの、そういう授業ってやたらとレポートが多い。
 テニスもやめずに続けているし、それに合間を見てバイトだってしている。
 
 多忙な日々を送るうちに俺は昔不二に言ったことをすっかり忘れていた。
 
 そして不二はあれよあれよという間にタイトルを取って有名になっていった。外見の格好良さもあって「コート上の貴公子」なんて言われてたりする。
 日本のTVでも結構取り上げられたりして女性ファンも増えて、まるで韓流スター並だ。
 さっきうちの姉ちゃんが玄関で黄色い声を出してたのも有名人になったイケメン不二がいきなりうちに来たから歓喜の叫びだったんだ。
 
 
 不二も忙しいのに結構メールをくれる。
 日常の他愛無い話だけど不二の送ってくれる異国の話は面白かった。
 ごく普通の親友同士のメールのやりとり。
 だから先日も不二が送ってくれたメールを特に気に留めることもなかった。
 
 「そういやもうすぐ英二の誕生日だよね。やっぱり誕生日は彼女とお祝い?」
 
 「今は彼女いなよ。最近レポートに追われていてさあ、多分レポート漬けの引き篭もりバースディだよ」
 
 
 
 
 
 
 ********
 
 
 
 「ごめん、俺…昔お前に言ったあのことすっかり忘れてた」
 「僕はずっと覚えていたよ」
 紅茶のカップをソーサーに置いて優雅に微笑む不二。
 「ホントにでっかい花束持って現れるとは思わなかった」
 「僕は英二の為なら何だってやるよ」
 俺は溜息をついた。
 「あのさあ、気持ちは嬉しいけど、俺の為じゃなくて自分の為に行動しようよ」
 「自分の為でもあるよ」
 「………」
 「英二はあの時言ってくれた。『ハタチの誕生日にでっかい花束を持って現れでもしたら考えてやるよ』って」
 こいつ、ずっと覚えていたのかっっ!!!
 「あれは口からの出まかせでした。俺が悪うございました」
 俺は観念して土下座をした。
 
 「だろうと思ったよ……」
 顔を上げると開眼状態の不二。
 俺はこれから起こる恐怖に後ずさりとした。
 「逃げることないじゃん」
 腕を掴まれた。
 
 「英二は“考える”って言ったんだよ。これからじっくりと考えればいいじゃない」
 「ほえっ?」
 俺の腕を掴んだままにっこりと微笑む不二。
 意味がわからずキョトンとしていると爆弾を落とされた。
 
 「僕、帰国することに決めたんだ」
 
 「帰国ぅぅぅぅぅーーーーー!!!!」
 「そんなに驚かないでよ」
 「なんで?あんなに順調にタイトル取っているのに」
 「順調だからだよ。イギリスでなくても日本でも十分やっていけると確信したよ。その為にイギリスにコーチの勉強に来ていた日本人を確保したし、日本での練習環境も整えることができた。それにテニスの選手生命も長くは続かないだろうからこっちの大学に編入することも決まった。スポーツ科学を勉強するために都内の体育大学に通うことにしたから青春台の実家に戻るんだ」
 「お、お前、それって…」
 「選手を続けながら実家に戻って大学生もやるんだ」
 不二はとても嬉しそうにニコニコしている。
 俺は嫌な予感がしたが念のために聞いてみる事にした。
 「お前が編入する体育大って…」
 「英二が通っている大学に決まってるじゃない」
 言うや否や飛びつかれて抱きしめられた。
 俺は呆れて全身の力が抜けたが、そんな俺をしっかりと不二は支えてくれた。
 「そこまでするか、普通…?」
 「愛故のなせる業、だから英二もゆっくりと僕のこと考えてくれたらいいよ」
 俺は観念することにした。
 
 「これからゆっくりと不二のこと前向きに考えさせていただきます」
 
 
 
 
 
 
 
 終
 
 
 
 
 
 
 
 小説部屋へ
 
 
 |