| 明日に向かって煌めけ!
 
 
 
 
 休憩時間に木陰で座ってファンタを飲みながらコート内で行われている練習試合を見ていたらいつの間にか隣に菊丸先輩が居るのに気が付いた。「おちびー、なんて顔してんだよ」
 余程俺は驚いた顔をしていたのだろうか。
 「だって隣に座る気配全然感じなかったし・・・」
 気配殺せるなんてアンタ忍者ですか?じゃあ菊丸印のステップてのはどこぞの忍者が使っている影分身とかいう技ですか?なんて言うツッコミが喉元まで出てきたけどそれを黙って飲み込んだのはこの人が纏っている柔らかな雰囲気に俺が飲み込まれたからだろう。
 「一応座る前に声掛けたぞ、でもおちびったら不二の試合に夢中になってんだもん」
 口を尖らせて拗ねたように言う姿が年上なのに可愛いと思ってしまう。
 「だって不二先輩のゲームメイクって色々と勉強になるし・・・」
 「おおっいいこと言うねー」
 そう言いながらガシガシと帽子の上から頭を撫で回される。馴れ合うのは好きじゃないけどこの人に触れられるのは嫌じゃない。寧ろ心地よい感じがする。他人と馴れ合うことが極端に苦手だった俺がここに来てだんだんと人とのふれ合いもいーじゃんなんて思えるようになったのはきっとこの先輩のお陰だろう。
 
 そんな時遠くで俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
 「ほら、菊丸先輩。大石部長代理が呼んでるから行きましょうよ」
 「むー。大石のばかー、不二の試合を見ている最中なのに!」
 ぷんすかとむくれてその場を動こうとしない先輩。
 まったく呆れた先輩だ。
 ちょっと派手目に吐息を零してから、どかっと座り込んだ先輩を正面に見据え、取り敢えず駄目元で説得を試みようと言葉を発した。
 「あのですね、菊丸先輩と不二先輩はプライベートでも結構頻繁に会ってるでしょ。休みの日はコートで打ち合ってたりもしてるんでしょ。何でこんな時まで不二先輩を見ないといけないんですか」
 「教えなーい」
 「・・・・・・つかぬ事をお伺いしますが、どちらが彼氏なんですか?」
 「それも教えなーい」
 ああ、もうこの人は。仕様がない、どうしたものかと策を考えても後輩の俺には色々と不利なことばかりでがっくりと項垂れていると何を思ったのか目の前の先輩はおもむろにすくっと立ち上がった。
 「あ、あれ?」
 「俺が行かなきゃおちびまでグラウンド走らされるだろ」
 そういってぽんぽんと頭を軽く叩かれた。なんだ状況を解ってるじゃん、ってかひょっとして俺の為に動いてくれた?
 やっぱりこの先輩は解らない。
 
 
 
 
 **********
 
 
 
 帰宅途中部室に忘れ物をしたことを思い出して一緒に帰っていた堀尾達に簡単に別れを告げて学校へ戻った。
 夕暮れの部室は電気が付けられていてきっと大石部長代理がまだ居残ってあの意味不明な心理テストだの練習メニューだのを考えているのだろう。
 コンコン、と軽いノックの音を立ててから扉を開き、…視野に飛び込んできた光景に知らずその場で固まって、あんぐりと口を開けた。ぱちぱちと二、三度瞬きを繰り返して目をごしごしと擦り、漸く音声を取り戻した声帯を動かして悲鳴を上げた。
 「せせせ、先輩達! 何やってるんスか!?」
 「何ってストレッチだよ。これが何に見えるんだい?」
 首だけをこちらに向けてにっこりと微笑む不二先輩からはあからさまに『邪魔なんだよ』というオーラが剥き出しで不覚にも足が竦んでしまった。
 ストレッチって…それ、全然ストレッチじゃないでしょうが! つーか、どう理屈を捏ね回しても(捏ね回さなくても)押し倒してるようにしか見えませんよ! しかも事後としか見えないのは、俺の目の錯覚だとでも?
 「…だから鍵ぐらいかけろって言ったのに」
 「ゴメン。つい忘れたんだよ」
 「あー、はいはい。本当に、不二は若いよねえ。まだ3歳だし。」
 「もう一回鳴かそうか?」
 「泣きませんよーだ」
 あちこちにキスマークと思しき跡が残る、真っ白な裸体を惜しげもなく晒した菊丸先輩が、不二先輩の腕からするりと抜け出して足元に散らばった制服を拾って、慣れた動作で身に付けていく。…えーと。凄く目のやり場に困るんですが。目の毒ってわけじゃなくて、寧ろ目の保養みたいな…いやいや、そんな恐ろしい感想は口が裂けたって云えない(不二先輩に殺される!)。それに俺、そういう趣味持ってないし。持ってないはずなのに、何か菊丸先輩ってエロいような気が凄くする。事後だから?
 「不二、ちょっとじっとしてて」
 「え? ああ」
 しかも菊丸先輩は、着衣の途中でふと気になったらしく、不二先輩の真正面に佇んでシャツの釦を留めてあげてるし。何かこの仕草って彼女と云うより新妻っぽいような。うーん、事態はそこまで進んでたのか…。
 さっきは物の見事にはぐらかしてくれたけど、やっぱ菊丸先輩が彼女なんだ。いや、別に積極的に知りたいわけじゃなくて、何となく。
 何が出来るわけでもないけど、後輩の俺にはせめて見守るぐらいは出来るかな、と思ったりして。本当に、そんな事ぐらいしか出来ないけど。それにこの2人の先輩のことを何だかんだ言っても慕っている自分だし。
 「…お願いですから、もう少し場所ってものを考えてくれませんか?」
 「ほら見ろー!おチビもああ言ってるじゃん」
 「大石が用があるから先に帰ったのをいいことに誘ったのは英二じゃない」
 「んー、まあそうだけどさあ。だって嫌だったんでしょ、やっぱ」
 「何が」
 「不二ったら今日の練習試合が終わった後、俺とおチビと大石をずっと睨んでいたじゃん。菊丸様の動体視力を舐めんなっての!まあ3人で仲良くしてたけどあれって結局トレーニングメニューを練ってただけだし」
 途端不二先輩の糸目が完全に開く。
 …あーあ。不二先輩ったら完全に手玉に取られてるよ。
 何だかなあ。結局ラブラブなのかな。
 「あ、今のマジドキした? しただろ?」
 「・・・英二、自分の恋人をからかって楽しい?」
 「えー、やだなあ。からかってるんじゃないもん」
 「だったら何なのさ」
 年少の小さな子供が、悪戯に成功した時に垣間見せるような天真爛漫な笑顔をのせて菊丸先輩が訊ねるものだから、うっかり引っ掛かった天才不二先輩は決まりが悪いのかすっかり開眼状態で目の前の可愛い恋人に詰め寄った。疾うに痴話喧嘩の段階を通り越して、夫婦喧嘩っぽい雰囲気になってるような。
 「さーて、何でしょう。そういやおチビはどうしてここへ?」
 「へ?」
 いきなり矛先を向けられてうっかり声が裏返る。
 「あ、忘れ物を取りに・・・」
 「じゃあさっさと取って帰れば」
 「じゃあ俺のロッカーの前でいちゃいちゃするのを一旦やめて下さいよ」
 完全に俺を邪魔者扱いにしている不二先輩の険を含んだ台詞も今なら笑って流せられる。こんな余裕のない不二先輩を見られるのは新鮮だ。
 
 
 「じゃあ先輩達、明日の練習に差し障らない様程々に馴れ合って、じゃなかった、仲良くして下さい」
 
 
 
 
 
 
 終
 
 
 
 
 
 
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