#4 黙秘



「菊丸先輩、ずっと前から先輩に憧れていました。好きです」


放課後の校舎裏、見知らぬ2年生の女の子に呼び出された。
「ごめん・・・君の気持ちは有難いけど・・・・・・・・・俺、他に好きな人いるんだ。だからごめんね」
「・・・・・・・・・いいえ、そうやってはっきり言って貰える方がすっきりします」
女の子は泣きそうな顔になりながらも無理に笑顔を作って俺に微笑んで言った。
いざと言うと女の子の方が精神力が強いんだなーなんて思ってしまう。


「どんな人か聞いてもいいですか?」
「えっ?」
「あ、いやならいいんですけど。菊丸先輩の彼女ってどんな人かなーなんて」
「彼女じゃないよ。俺の一方的な片思いだよ」
「・・・・・・・・・」
「その人はね、とってもキレイな人なんだ。キレイな顔立ちで髪の毛もサラサラでキレイし、何をやらせても絵になって、今は普通に友達関係なんだけどとても優しいんだ。でも怒ると怖い」
「美人を怒らせると怖いっていいますからね」
「ついでに性格も悪いんだ。で、よく苛められる。けどそんなのが楽しかったりするんだ。俺ってマゾの気があるかも」
女の子はぷっと笑った。
今にも雨が降り出しそうだった女の子の表情が明るくなった。









とりあえず後腐れのないように女の子に謝罪をして部活へ行こうと身を翻した時、数メートル先にゴミバケツを持った不二がいて俺は吃驚して一瞬身体が固まってしまった。
そういやここから焼却炉は遠くない。ひょっとして今の聞かれてた!?

「掃除当番が済んだら早く部活に来ないとまた走らされるよ」
俺はそう言って不二の横を通り過ぎようとした。

「英二、好きな人いたんだ」

すれ違いざま、不二は静かに言った。

俺の足が止まる。

「・・・・・・・・・」
「知らなかった」
「・・・・・・・・・」
「僕は英二とは何でも話せる”親友”だと思っていたんだけどな・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
俺は黙るしかなかった。
だって、だって・・・言えるかよ!
その俺の好きなキレイな人が不二の事だなんて!

「いつまで黙っているつもり?」

「ごめん、これだけは不二でも言えない・・・・・・」


「ふうん、そうなんだ」

俺の背中に悪寒が走る。
けど、負けるもんか
俺は黙秘権を続行した。






「黙ってれば黙っている程、前に進めなくなるよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「僕は英二のことを大事に思ってる。クラスメートでありチームメイトであり時にはダブルスのパートナーでありとても大事な親友だと思ってる。だから英二が辛いと・・・僕も辛い」

不二が一瞬悲しそうな表情をして言った。こんな表情の不二を見たのは初めてかもしれない。
でも俺は静かに首を横に振った。
「ありがとう不二。けどやっぱり言えない。この気持ちが一杯一杯になって溢れ出そうになったらきっと不二に言えると思うから・・・・・・だから今はごめん。そのうちきっと言えると思うから待ってて・・・」
そう俺が言うや否や不二の目がカッと見開いた。やべぇ、なんかむちゃくちゃ怒ってるよ!
不二は俺に近付いて左腕をつかみねじ上げた。
「いでででででっ!不二っ、何すんだよっ!」
「僕がこれ以上待てるとでも思ってるの?」
そして不二の顔が俺に近付いてきて・・・・・・・・・
「!!!!!!!!」
俺は自由な右手で不二を思いっきり突き飛ばした。
今の感触・・・・・・。
俺は右手をそっと唇に当てる。


不二にキスされちゃった!!


「ふ、不二っ!いきなり何すんだよ!」
「何ってキスだけど」
不二はいけしゃあしゃあと答える。その飄々とした態度に俺の方が真っ赤になって心臓がバクバクする。
何で不二が俺にキスすんだよっ!

「こーゆー事は好きな人とやれよっ」
「だからしたじゃないか」
「・・・・・・え?」
「僕の好きな人は英二だよ。だから英二とキスしたの」

えっ、何て言ったの不二・・・不二の好きな人って・・・・・・
俺は全身から力が抜ける感じがしてへなへなとその場に座り込んだ。



「英二がさっきの女の子に言ってたキレイな人って僕も良く知っている人だよね。いや僕が一番良く知ってるというべきかな」
不二が俺の顔を覗き込むようにして言う。
「気付かれていたんだ・・・・・・」
「そりゃ英二のことは僕には何だって解るよ。でも酷いなあ“性格が悪い”はないんじゃないの。それに僕がいつ英二のこと苛めたの?」
「今だって苛めてる」
「可愛がってるつもりだけど」
「つもりかいっ!」
俺は真っ赤になって不二を見上げた。するとまた不二がゆっくりと顔を近づけてきた。俺は心臓がバクバクしてたけど黙って目を閉じた。
「英二、好きだよ・・・・・・」
唇に感じる不二の体温。やわらかい感触。
「・・・返事は?」
軽く唇が離れて不二が悪戯っぽく囁いた。俺は閉じていた目を開いた。
至近距離の不二の顔、とてもキレイで・・・・・・・・・


「どうして黙ってるの?」










「ごめん、目の前のキレイな人に見惚れてた」











fin







36のお題へ