#29 ダブルス組んでみました



「・・・・・・何なんだよ不二、今日のあの練習は」
「・・・・・・・・・・・・」





テニス部の部室。本日の練習はとっくに終わっていて居残り練習をしていた不二と菊丸だけが着替えている。
「何とか言ったらどう?」
「なんとか」
「何だよそれ!」
「言えって言ったの英二だよ」
「ふざけるなって!」
「・・・・・・・・・」



大石負傷の為菊丸とダブルスを組むことになった不二なのだが不二は元がシングルスプレーヤーで公式戦ではダブルスで勝ったためしがない為、六角中戦のために菊丸とダブルスのフォーメーションの猛特訓が始まったのだが二人のコンビネーションは全く駄目、特に不二が菊丸の足を引っ張る形となってしまったのだ。
「おチビと桃のペアより駄目駄目じゃん俺達」
「・・・・・・・・・」
「聞いてるの?不二」
「聞いてるよ」
「じゃあ何で黙ってるの?」
「煩いなあ、着替えてるんだから黙っててよ」
「桃と初めて組んだときに正直言ってちょっと心配だったんだけど今はお前の方が心配だわ。不二は"天才"だから凄くうまくいくだろうと思ってた俺が馬鹿だったよ」
「・・・・・・・・・」
「六角の副部長、お前の幼馴染なんだろ?びっくりして腰抜かすかもなお前のあんな姿見て。毎回こっそりと試合を見に来てくれてる裕太君にも示しがつかないじゃん。大石も大石だよ、なんでこんな奴と組ませるかな。何考えてるんだよあいつ。だいたい『同じクラスなんだから気も合うだろう』なんて考え方が単純なんだよな」



ぷちっ・・・

その時不二の中で何かが切れる音がした。




「英二・・・」
「にゃに?」
「黙れって言っただろっ」
不二の台詞と同時に菊丸の目の前の空気が掠った。
「へへん、青学一の動体視力を誇る俺にそんなゆっくりな平手打ちは効かないよん」
咄嗟に一歩後ろに下がった菊丸は鼻で笑った。その途端菊丸は胸倉を掴まれ自分の置かれた状況の変化に気付く前に左の頬を張り飛ばされた。
「いっで〜!!!」
「そりゃ痛いよ、痛くしてるんだからね」
菊丸は口の端を手の甲で拭った。手の甲に朱が走る。
「この野郎・・・」
菊丸も血を拭った手を拳に変えて不二に襲い掛かる。
殴られては殴り返しがしばらく続き、部室内はデュエリストの戦いの場となった。



しばらくして菊丸の腕の動きが鈍くなったのを不二は見逃さなかった。その手首を簡単に捕らえ反対の手で親指の付け根辺りを掴んだかと思うと素早く手首をそり返らせるような形をとる。
「・・・くっ」
「こうすると動きを封じられるよね。合気道の型なんだ・・・」
「うがっ・・・」
不二の台詞が言い終わらないうちに菊丸の腹を膝蹴りにする。
菊丸はその場に腹を抱えて蹲る様に倒れた。












* * * * * * * * * *





「不二ぃ〜、お前ってホント手加減なしじゃん」
「手加減したら英二怒るでしょ」
「・・・そうだけどさぁ〜」
菊丸は床に寝転がったまま隣に座っている不二を見上げた。
不二は座ったままにっこり笑ってそんな菊丸を見下ろした。
「で、何で僕を怒らせたの?わざとでしょ?」
「なんか不二らしくなくってさ・・・。たしかに練習中コンビネーションがうまくいかなくてイライラしてたみたいだけどさ。日頃の不二だったら全然顔に出さずに涼しい顔をしてるけど何か今日は違ってた」
「僕だって"完璧"な人間じゃないんだからそういう時もあるよ」
「だから溜まっている鬱憤を出させてみたくなったんだ。あと怒った不二周助ってのを見てみたかったという興味本位も少しあったんだけどね・・・でもその代償は大きすぎたよ。お前とは二度やりたくねー。まさか合気道できるなんて知らなかったよ」
「小さい頃住んでいたところの近所に道場があってね。通っていたんだ」
「そうだったんだ。でも素の不二が見れてよかったよ。大事なパートナーのことは何でも知りたいじゃん」
「・・・英二」
「別に"ダブルス"にこだわらなくてもいいじゃん。今日の不二ってやたらと"ダブルスのフォーメーション"にこだわりすぎてたぞ。そりゃフォーメーションは大切だけどさ。不二ってそーゆーの苦手だろ?だったらべつにフォーメーションにこだわらなくたってもいいじゃんか」
「・・・・・・・・・」
「お前ひょっとして俺と桃が初めて組んだのにオーストラリアンフォーメーションとかやってのけたのを気にしてない?別に俺と組んだらオーストラリアンフォーメーションをやらなくっちゃいけないなんて決まりはないんだからさ不二は不二のやりやすい形でやろうよ」
「・・・・・・有難う英二。確かに僕はシングルスでは負ける気しないけど今度はダブルスだからね。ダブルスになると英二の方が専門になるからいつもよりも気が張りすぎていたよ。それに・・・・・・」
不二は菊丸の切れた唇の端をちょんとつついた。
「痛っ・・・」
菊丸も負けじと手を伸ばして腫れ上がった不二の頬を指の腹で押した。
「イテッ・・・」
「お返しvv」
「腹に溜まっていたモヤモヤを吐き出させてくれて有難う」
不二は菊丸の鼻の先をピンッと指の先で弾いた。
「それが『有難う』と言いながらする態度かっ!」
「あははははは」
「・・・・・ぷっ・・・はははははははは」
二人の笑い声が狭い部室内に響き渡った。












* * * * * * * * * *





次の日の朝練に揃って腫れ上がった顔で参加した二人を見た部員達は驚き「何があったんだ」と問いただす大石には「ふざけていて二人揃って土手を転げ落ちた」と適当に誤魔化した。「大会前に怪我でもしたらどうするんだ」という大石の小言を他所に河村と桃城相手にダブルスの練習をする不二と菊丸の姿は昨日とはうってかわっていきいきとした姿だった。



「変則ダブルス」
二人のダブルスの形は後にそう呼ばれるようになる。
一見バラバラに好き勝手に動いてフォローなしのように見えるが守るべきところでは守りフォローしなければいけないところでフォローをする。
お互いに相手の技量を知り尽くしているからこそできる形。
お互いが信頼し合っているからこそできる形。
テニススタイルが違っていても相手を"信じる心"は一致する。



信じる心が力となる。










fin







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