#15 出会い
確か小学校3年くらいの頃、通っていた近所のテニススクールにものすごく情報通な奴がいて(今で言えば乾みたいな奴だ)隣町のスクールに千葉から引っ越してきた奴が入ってそいつがべらぼうに強いのだという。
次の地域の大会でそいつが絶対出てくるだろうから頑張るぞー!なんてその情報通達は言ってたけど俺はじーちゃん達と同居する為に引越しなくちゃいけなくて、引越先の近所にはテニススクールがなかったからテニスを辞めなくちゃいけなかったので結局俺はそいつの姿を見ることはできなかった。
その千葉からやってきたべらぼうに強いテニス少年ってのは聞くところによると俺と同い年のくせに巨漢の大男で鬼のような形相をしていて戦った相手を再起不能にするまで叩きのめすというとんでもない奴だという。
そしてそいつの名前は不二周助だと聞いた。
だから青学テニス部に入って新入生名簿を見た時には正直「しまった!」と後悔した。
おまけに俺は何部に入るかさんざん迷って他の新入生より少し遅れて入部届けを出したので大和部長に部室やら倉庫とかを案内されてから「今日の片付け当番は不二君だから不二君に詳しいことを教えてもらうように」なんて言われたもんだから体が固まって逃げたくても逃げられないまるで生贄にでもされた気分になった。
日頃は神頼みなんてしないけどこの時ばかりは「神様助けて!」なんて祈ってたよ。
「君が菊丸君?」
掛けられた言葉に恐る恐る振り返ると栗色のサラサラヘアの綺麗な男の子が立っていた。
あまりにも綺麗な顔だから思わず見惚れていたらもう一度「菊丸君」と呼ばれた。
「ほ、ほいっ!!!!」
声が裏返っていた。
俺の目の前にいるコイツは一体誰なんだ???
「当番の事教えるように言われたんだけど…」
ああそうか、コイツはあの不二に当番を押し付けられた可哀想な新入部員だ。見た目弱そうだもんな・・・・・・きっと不二に「当番代わらなきゃ殴るぞ」なんて脅されたんだ。お気の毒サマだよ。
「んじゃ、よろしくお願いするにゃ」
俺達は倉庫の中に入った。
ソイツは俺に親切にかつ分かり易く説明してくれた。
おかげでテキパキと片付けることができる。
「後はボール籠を運ぶんだよね。ええと・・・」
「何?」
「そういや君の名前聞いていない」
「あれ?部長から聞いていなかったの。不二周助って言うんだ。よろしくね」
俺の体が氷の如く固まった。
「どうしたの?菊丸君」
「あ、いや、何でもないにゃ・・・」
こいつが不二周助ですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!
嘘だ!嘘だ!
俺が昔聞いた話と全然違うじゃないか!
何が大男だ、何がバケモノだ!
俺の目の前にいる不二周助はまるで天使じゃないか!
「じゃあボール籠を運ぼうか」
「うん・・・」
ああそうか、こいつは不二周助と同姓同名の奴なんだ。
俺は一人で無理矢理自分を納得させることにした。
しかし気になるものはやはり気になる。
そこで俺は一緒にボール籠を運んでいる時にストレートに訊ねてみた。
「不二君ってひょっとして小学3年くらいに千葉から越してきてAAAテニススクールに入った?」
俺としては「違うよ」という返事が欲しかった。同姓同名の赤の他人であってほしかった。だが俺の願いもままならず返ってきた返答は
「そうだよ」
一気にがっくり来て思わずその場にへなへなとへたれこんでしまう。すると重力に従って運んでいたボール籠が傾き中のボールがバラバラとその場にこぼれ落ちた。
「ちょ、ちょっと菊丸君どうしたの?具合悪い?」
すぐさま自分のボール籠を地面に下ろして俺の方へ駆け寄ってくれる。
「…俺のことはいいから散らばったボールをなんとかしなくちゃ」
周囲に転がるボールを見ながら言うと不二は怒ったようにきっぱりと言った。
「そういうわけにはいかないよ。ボールは後でも片付けられる。それより大丈夫?先輩呼んで来ようか?」
(こいつすっげーいい奴じゃん)
昔の噂なんかもうどうでも良かった。俺がこの目で見ているのが真実だ。
「立たせて」と言わんばかりに手を伸ばしてみたら俺の言いたいことを理解したのかその手を引き上げて立たせてくれた。
「もう大丈夫だから。サンキュ」
握った手は綺麗な顔と裏腹にがっしりとしっかりした男の手だった。
* * * * *
「ほう、不二に関してそんなデータがあったとはな…」
乾が面白そうにノートに俺の話をせっせと書き込んでいる。
「データじゃないよ。ガセネタだよ」
休憩時間に手洗い場で顔を洗っていたら横を通りかかったボール籠を持った一年生が何かの拍子にずっこけてボールを散らばせてしまったのでたまたま近くにいた乾とボールを拾うのを手伝ってやっていたらふと自分が一年生の時を思い出してしまった。
すべてのボールを拾い終えて俺と乾に深々と頭を下げて礼をする一年生を見ていたらその初々しさに思わず笑顔が込み上げ温かい気持ちになってつい昔話を乾に喋ってしまった。
「しかし菊丸がいたスクールのその男はデータマンとしては失格だな。不確定な情報は自分の目できっちりと見て確証を得てから他人に話すものだ」
「お陰で俺はあの時余計な神経すり減らしてしまったよ」
「お前、幽霊とか妖怪とか信じるタイプだろう?」
「まあね」
俺はコート内でラリーを続けている不二を見る。
俺の視線に気付いたのか乾も倣ってコートを見た。
「今は楽しんで練習してるけど観月とか切原相手の試合の時ってめちゃくちゃ恐かったよな…」
「そうだったな。だから一部を誇示された噂が流れたのかもしれないな」
乾の言うとおりだ。テニスが強いという情報に尾ひれ背ひれがついて噂だけが一人歩きした不二。
でも今の俺はちゃんと知っている。
テニスが強いだけではない。家族や仲間に対して優しい不二。楽しい時に意外とバカ笑いしてしまう不二。ジャズが好きだと言いながらカラオケで演歌を歌っちゃう不二。サボテンに水をやりながらサボテンと会話を試みる不二。
そして、俺と二人っきりでいる時間にだけ見せる顔の不二。
出会いから2年の歳月は俺に色々な不二を教えてくれた。
fin
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